第20話 真実を明かしてもらえた
「それじゃ」
アリスはそう言うと、人差し指を顔の前で天井に向けて、くるりと輪を描いくように回した。
すると、部屋のがほのかな光で包まれたかと思うと、すぐまた元に戻った。
「これは……」
部屋を見回しながらアリナが呟いた。
「ええ、今、この部屋に結界を張ったわ。しばらくは誰も入って来れないし、外から中の様子を聞いたりもできないわ」
魔術師であるアリナにはそれが分かったようで、驚きで目を見開いている。
「この姿でも私は妖精の女王だし……」
そう言いながらアリスはオオベを見て
「彼は私の執事だから」
「大魔王が何か仕掛けてくる、ということなのでしょうか?」
俺が聞くと、
「それはないと思うけれど、念の為に、ね」
そう言ってアリスは俺に微笑みかけ、みんなの顔を見回した。
「それじゃ、まずはノッシュとテシリアに何が起こったのかからね」
と言ってアリスは話を始めた。
「ノッシュとテシリアの体はこの部屋で三日間眠り続けていたのだけど、その間ふたりの魂は体から分離していたの」
「魂が……」
「分離ですか?」
テシリアと俺が呟くように言った。
「ええ、特殊な魔術結界の中に閉じ込められていた、と言えばいいかしらね」
「特殊な魔術結界……」
分かるようでよく分からない言葉に、俺はオウム返しするしかできなかった。
「そしてその結界は大魔王を名乗るドークルールという男が作ったものなの」
「その大魔王は魔王城にいた魔王とは違うのですか?」
テシリアが聞いた。
「別人よ。あの魔王はドークルールの部下でドカールという男よ」
アリスの言葉を聞いて、俺は魔王を思い出そうとした。
「魔王を封印するときに見たのですが、彼は耳が長くて、その、肌の色が……」
「ええ、ドカールはダークエルフなの、ドークルールもね」
「ダークエルフ……!」
マリルが驚いて言った。
「ええ、彼らも元々は私達と同じ妖精族、エルフだったのだけど、色々あってダークエルフになってしまったのよ」
アリスの話ではこうだ。
伝説では、妖精族(エルフ族)は
人族が現れてからも、妖精族は人族と直接関わることは控え、自然を通して人々を見守るという事に徹していた。
妖精族は強い魔力を持ち、人々が神と呼ぶ【世界の意志】を感じることができ、ある程度未来を予測する力も持っている。
なので古代には、自然災害への備えなどを警告するために、人々と交流することもあった。
そうしているうちに、やがて人々は妖精を通して神の存在を意識するようになり、教会を設立して妖精を神の代理人として敬うようになった。
「私達神官は月に一度、妖精の女王様の御姿の聖画が描かれている聖堂で祈りを捧げるのだ」
マリルが言った。
「私達貴族も年一度の建国祭の時に当主夫婦でお祈りを捧げさせていただくのよ」
アリナが言った。
(聖画に描かれた妖精の女王を見ているからあんなに驚いてたのか)
こうして妖精族は人族を陰から支え、人族はそんな妖精族を神のごとく敬ってきた。
たが、そんな静かな調和に異議を唱えるものが妖精族の中に出てきた。
『人族よりも種族的に優れている妖精族が人族を支配管理すべきだ』と言う者が現れたのだ。
そうすることによりこの世界がより高度に洗練され、【世界の意思】の望む進化が果たせるという考えだ。
「それがドークルールとドカールだったの」
そう言うアリスは悲しそうだった。
「でもそれは【世界の意志】が望むところではなかったのです」
オオベがアリスの言葉を継いで言った。
「それなのにドークルール達は考えを改めることができず、自ら妖精の国から去りました」
「そして闇に堕ちた妖精、ダークエルフになって魔王国などというものを作ったの」
悲しげな顔に悔しさを滲ませてアリスが言った。
「それが約五十年前かしらね」
「というと……」
「ええ、ここにいるあなたのお母様達が生まれる少し前ね」
「「「!」」」
アリスの言葉に母達三人が息を飲んだ。
「ということは……?」
マリルがか恐る恐ると言った様子で聞いた。
「その時点でドークルールが何をするつもりなのかは定かではなかったのだけど、いずれ高い魔力を持つ人間が必要になるだろうって思ったの」
と、アリスは言った。
「そういえば……」
アリナが思い出すように言った。
「子供の頃、両親によく言われたわ、私達は神の祝福を受けた子だって、そうよね、メリア?」
「そうね……小さい頃からよく一緒に魔法ごっことかしてたものね」
可笑しそうに笑って母が言った。
「するとマリル様もですか?」
俺が聞くと、
「そうだな……私は何やら不思議なことばかりする子だったらしくてな、心配した両親が私が七歳になった時に教会に預けたらしい」
マリルも昔を思い出すようにして言った。
「私はある程度は将来を予測できるから、近いうちに才能がある子が生まれるのを感じて、その子達に力を授けようと思ったの。それがあなた達よ」
アリスは母とアリナ、マリルを順に見て微笑んだ。
三人は嬉しそうに、そしてやや照れくさそうに微笑み返した。
「すると、父さん達もそうなんですか?」
俺が聞くと、
「そうねぇ……彼らも才能を持って生まれてきたことは間違いないわね。といっても特に私から何かを与えてはいないけど」
「「「え?」」」
母達三人が驚いて声を上げた。
「彼ら四人はあなた達女性三人の役に立とうと努力して力を身に着けたのよ」
「「四人?」」
俺とテシリアが疑問の声を上げた。
(もう一人誰かいるのか……?)
「あ……」
アリナが小さな声を上げた。
「そういえば……」
母も何かを思い出したようだ。
「あら、このことは秘密だったのかしら?」
アリスがきょとんとして言った。
「いえ、そういうわけではないのですけど……」
アリナが彼女にしては珍しく歯切れが悪い。
「お母様……?」
テシリアが答えを求めるように聞いた。
すると、小さな声でアリナが言った。
「もう一人はモリス=グッシーノだと思うわ……」
「「モリス=グッシーノ!?」」
俺とテシリアの声がシンクロする。
「ええ、最初に国王陛下から魔王討伐隊として呼ばれたのが、今では六勇者と呼ばれている私達六人とモリスの七人だったの」
母が言った。
「ああ見えても、モリスの剣の腕は抜群でね、当時は誰も敵わなかったわ」
「うむ、オルダでもスタミナ勝負で時間切れ引き分けに持っていくのが精一杯だったな」
アリナとマリルが言葉を継いだ。
(あのボーロの剣技は父親譲りだったのか……)
今思い出しても体中が痛むようだ。
「それと……」
母が控えめに言いながらアリナを見ると、彼女は小さく頷いた。
母はチラリとテシリアを見てから話を続けた。
「モリスはね、アリナに求婚をしていたの」
「ええっ!?」
あまりにも予想外の事にテシリアが
とんでもなく大きな声で驚いた。
「もちろん私にはこれっぽっちもそんな気持ちはなかったわよ。マルクとの婚約も決まっていたし」
アリナが早口で言った。
「私もそんなことはやめてってモリスに抗議したのよ!」
母は思い出し怒りモードだ。
「でも、ほら、ボーロを見ればわかると思うけど、モリスも若い頃はあんなだったのよ。自信過剰で自分が負けるなんて思ってもいないの」
アリナは小さくため息をついた。
「まあ、さすがに最近は少し大人になったみたいだけどね」
「そうみたいね」
アリナの言葉に笑いながら答えると、母は俺を見た。
「あなたとの決闘の話ね、モリスは闘いの次の日に聞いたらしいんだけど、何も言わずにボーロを殴り飛ばしたらしいわよ」
そう言う母は嬉しそうだ。
「話が逸れているぞ」
マリルが
「あ、申し訳ありません、妖精の女王様!」
「申し訳ありません!」
アリナと母がかしこまってアリスに謝った。
「全然構わないわ、むしろそういうお話もたくさん聞きたいくらい」
アリスが明るく微笑んで言った。
「それとね、今は私のことはアリスって呼んでほしいの」
「「はい、アリス様」」
アリナと母が答えた。
(昔の勇者パーティのことは俺も詳しく聞いてみたい……)
などと思いながらテシリアを見ると、彼女は心持ちうつむき加減で、顔色も冴えないように見えた。
「テシリア……?」
俺は大きな声にならないように気をつけてテシリアに声をかけた。
「疲れてるのではないですか?」
「え、ええ……少し」
俺の問いに小さく答えるテシリア。
彼女は気が強く負けず嫌いな性格のため、頑張りすぎてしまうことがある。
そんな彼女が素直に疲労を認めるということは相当に疲れているということだ。
「テシリア?」
アリナが心配そうにテシリアの肩に腕を回して呼びかけた。
「うむ、少し休ませよう。よろしいでしょうか、アリス様?」
マリルがアリスに聞いた。
「もちろんよ!」
そう言いながらアリスはテシリアのベッドに歩み寄った。
「無理をさせてしまったみたいね、ごめんなさい」
「い、いえ、そんなことは……」
そう答えるテシリアの両頬にアリス
は優しく手を添えた。
そしてテシリアの額に自らの額をそっと押し当てた。
テシリアの額がほんのりと金色に輝いたように見えた。
心待ち頬を上気させたテシリアが憧れと畏敬が混ざった表情でアリスを見ている。
「ゆっくり休みなさい」
アリスの言葉にテシリアは幸福そうにそっと目を閉じた。
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