第22話 ニルにはいつも教えられる
ボーロが帰るのを見届けた後、俺はテシリアが休んでいる部屋に向かった。
彼女が休んでいるのは元は俺の部屋だったところだ。俺は昨日から空いている客室を使っている。
軽くノックをするとドアが少し開いてマリルが顔を出した。
「テシリアはどうですか……?」
声を
「ぐっすりと眠っている、心配ない」
マリルが静かに言った。彼女の肩越しに部屋の中を見ると、ベッド脇にアリナが腰掛けているのが見える。
「わかりました、今日はこれで」
「うむ」
俺はマリルに軽く頭を下げてテシリアが休む部屋の前を
時間はまだ昼前だ。
(ダンジョンに行ってみるか)
俺は
ダンジョンに行くのはもちろん、馬に乗るのも数ヶ月ぶりに感じる。
(肉体的には数日しか経ってないんだよな……)
ダンジョン広場に着くと、
「ノッシュ様!」
と俺を呼ぶ声が聞こえた。
見ると休憩所の方からニルが全速力で駆けてくるのが見えた。
(おおーー俺に会えて喜んでくれてるのか!)
「よう、ニル」
そんなニルを見て俺も顔がほころんだ。
ニルは馬から降りた俺の腕をガシッと掴むと、
「テシリア様は?」
と聞いてきた。
(はは……やっぱそうだよな)
俺は心の中で
「テシリアはまだ休んでるよ」
「大丈夫……?」
「ああ、マリル様が
俺がそう請け負うと、ニルは嬉しそうにニコッと晴れやかに笑った。
「でもノッシュ様が元気になってよかった」
そう言ってニルは俺の腕を両腕で抱えて寄り添ってきた。
「ありがとう、ニル」
(お
俺はそう思いながらニルに笑顔を返した。
「今日はダンジョンに誰か入ってるのか?」
俺が聞くと、
「さっきまでは入ってたけど、強い人の付き添いがないからもう出てきちゃった」
ニルが答えた。
「そうか」
ダンジョンは奥に行くほどゴーレムも強くなるように調整してある。
入口近くのゼンマイ式ゴーレムは、基礎的な訓練を受けた者なら経験者の同行があれば対応はできるだろう。
だが、その先の水晶式ゴーレムはゼンマイ式の軽量化タイプなので動きが速い。ある程度の熟練が必要だ。
そのまた奥の自律式ゴーレムともなると、相当な訓練を積んだ剣士でも油断すると怪我をすることがある。
「でも昨日はね、ノッシュ様と決闘した
ニルが顔をしかめながら言った。
「え、ボーロさんが来たのか?」
俺は少なからず驚いた。
「私、あの人大嫌い」
「そうか」
「うん」
(まあ、仕方ないよな)
ニルが憧れるテシリアを侮辱するようなことを言った男だ。
「でもね、昨日は少し変だったの」
「変だった?」
「うん、すごく気持ち悪かった」
「気持ち悪かった?」
ボーロに対する評価として「気持ち悪かった」という表現が俺には不似合いに思えた。
「『俺が一緒にダンジョンに入ってやる』って親切なフリをして言うから、すごく気持ち悪かった」
「なるほど」
(親切なフリか)
俺は思わずニヤけてしまいそうになるのを必死で
(まあ、さっきの事がなければ俺もそう思っただろうけどな)
そもそも、ボーロにしてみればダンジョンに興味があったからこそ、施設開業のあの日も来たのだろう。
なんと言っても剣技は王国一の腕前の持ち主だ。
「ボーロさんは強かっただろ?」
俺が言うと、
「強くても
と、結構な剣幕でニルが言った。
(それはかなり効きそうだな)
これでまたボーロがテシリアと揉め事を起こそうものなら、ヘタをすればグッシーノ公爵家を勘当されてしまうだろう。
(まあ、その心配はないとは思うが)
既に俺の中でのボーロの評価は大きく変わっていた。
心から信頼できる人物とまではいかないものの、全く信用できない男ではなくなっている。
「これからもボーロさんは来ると思うぞ」
「ええーーーー!?」
俺の言葉にニルは思いっきりしかめっ面をした。
「その時は俺も一緒に入るから」
俺がなだめるように言うと、
「テシリア様は許してくれないと思う」
「あ、そうか……」
ニルのもっともな指摘に俺は考え込んでしまった。
「ノッシュ様」
「ん……?」
「テシリア様とノッシュ様は一緒に寝てたの?」
「ああ……」
ニルの問いかけに、考え込み中の俺は生返事で答えた。
(やっぱり、いきなり一緒は厳しいか……ん?)
「ふうーーん……もう一緒に寝てるんだぁーー」
「て、ちょっと待てニル!今なんて言った?」
「ええーー別にーー?」
ニルはニコニコと楽しそうに微笑んでいる。
「俺とテシリアは治療の都合上同じ部屋で寝ていただけだからなそのほうがマリル様が仕事をしやすいからで決して同じベッドに寝ていたわけではないぞ」
「ノッシュ様、すごい早口ーー」
ケラケラ笑うニルに俺はアワアワするしかなかった。
(ニルはどういうつもりで言ってるんだ?)
ニルは十三歳だが小柄で容姿も幼いのでつい子供扱いしてしまう。
油断をしていると足元をすくわれてしまうかもしれない。
「テシリア様が元気になったら聞いてみようかなぁ」
ニルは後ろ手に組んで踊るように体を揺らしている。
「な、何を聞くんだ?」
「んとねえぇーー色々ーー」
「そんなことを聞いてどうする」
「ファロン様に教えてあげるの」
「ファロン君に?」
(なぜここでファロン君が出てくるんだ?)
「うん、ノッシュ様はこういう愛の言葉をテシリア様に言ったんだよって」
「ああ、愛の言葉ぁーー!?」
「そうすればファロン様も参考にできるから」
ニルは完全に幸福な未来を夢見る恋する乙女になっている。
「いや、でもなニル……」
「ノッシュ様が教えてくれてもいいんだけど」
「そもそも俺はそんなことは……」
「え?」
「そんなことは言ってない」
「ええーー……?」
ゆらゆらとしていたニルがピタッと動きを止めた。
「言ってないの……?」
「あ、ああ……」
「ふーーん……」
そう言うとニルはくるっと回って休憩施設の方へ歩いて行った。
そして何歩か歩いてから俺を振り返り、
「ふーーん」
と言いながら、もの問いたげな顔で俺を見ている。
「ニル……?」
「テシリア様が……」
「テシリアが?」
「ううん、なんでもない」
そう言ってニルは、くるりと回ってスタスタと駆けて行ってしまった。
「ちょ、ニル、待ってくれ……」
そう言いながら俺はニルに向かって手を伸ばした。
ニルは施設の中に入ってしまった。
(追いかけるのも変だよな……)
それにしてもニルは何を言おうとしたのだろうか。
俺が手綱を手に突っ立っていると、足元に何かが触れた。
見るとそれは白い子犬だった。
「モフか?」
俺の言葉に反応したかのようにモフは俺の脛のあたりに顔を擦り寄せてきた。
モフはニルが作った狼型のゴーレムだ。
基本形態では大きな牛かそれ以上の大きさだが、このように子犬程度の大きさにもなれる。
「なあモフ、聞いてくれよーー」
俺はかがみ込んでモフを抱き上げようとしながらそう言った。
すると、モフは俺の手をするりと抜けて、ニルが駆けていった方へと、てくてく歩いていった。
そして、ちょっと行ったところで立ち止まり、こちらを振り返った。
だが、すぐに向こうを向いて走って行ってしまった。
(ゴーレムのモフにまで愛想を尽かされるとは……)
俺はがっくりと肩を落とした。
「今日は帰るか……」
俺は口に出してそう言って馬に
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