第18話 偽物の世界と偽物の幸福
(大嫌い……!)
俺はリアの言葉に打ちのめされ、そのまま固まってしまった。
リアが燃えるような瞳で俺を睨みつけている。
(あぁ……やってしまったのか俺は……)
リアを見れば、俺がやってはいけないことをしてしまったのは明らかだ。
『どうしたのだ?早く口づけをするのだ!』
頭の中にまた声が聞こえてきた。
祭壇を見るとドークルールが邪悪そのものの笑みを浮かべて俺を見ている。
(やっぱりあいつか……!)
『彼女の言う事など気にするな!』
(……できない!)
リアは厳しい視線を俺に向けている。
「あなたが今何をやろうとしたか分かってるの?」
リアの言葉に俺は何も返せなかった。
「この世界が作られたものだって教えてもらったでしょ?」
(……オベロンがそう教えてくれた)
「それはアルハ=リアもノルタ=ノシオも作られた世界の作られた人格とういことになるんじゃない?」
(そのとおりだ、なのに俺は変な声に……ドークルールの声に惑わされて)
「そんな作られた
(そうだ……この世界は大魔王ドークルールに作られた偽物の世界……!)
「そんな偽物の世界で偽物の幸福を願うあなたなんて嫌いよ、大嫌いっ!」
『そんなのはデタラメだ!』
(違う!)
『何をためらう!前世からの君の切なる願いが叶うのだぞ!』
(違う!違う!!)
「本当のあなたはノルタ=ノシオではないはずよ」
「俺は……」
(そうだ俺は……)
「そして本当の私もアルハ=リアではないわ」
(そうだ、彼女は……!)
「見て」
リアが礼拝堂をぐるりと見回すような仕草をした。
視線の端に見えてはいたが、改めて見ると礼拝堂の内部が、というよりは今いるこの空間自体がひび割れて、細かい光の粒子へと崩れていくようだった。
「ね?こんな世界で幸福なんてありえないでしょう?」
「はい」
答えながらコハナ達を見ると、コハナとロウタは幸せそうな笑顔で手を繋いだまま、ベンチの生徒たちも嬉しそうな笑顔のまま、凍りついてしまったかのように固まっている。
そして彼らも細かい粒子へと崩れ始めている。
祭壇に目を戻すと、ドークルールが悔しそうに歯ぎしりをしている。
『もう一度言うぞ、これが最後のチャンスだ。今すぐアルハ=リアと口づけを……』
「黙れっ!!」
俺はあらん限りの声で叫んだ。
頭の中の声が止まり、ドークルールがビクリとした。
「俺はお前の言うことなんて絶対に聞かない!」
畳み掛けるように俺は言った。
「よかった、ちょっと心配しちゃったわ」
「ですね、決断するのはおふたりですからね」
ティタニアとオベロンは心底ホッとしているようだ。
「こうなってしまったら、もうあなたは何もできないでしょう」
ドークルールを見ながら、冷たく落ち着いた声でティタニアが言った。
「くそ……!」
ドークルールが悔しそうに呟き、睨みつけるように俺を見た。
(また来るのか……!)
俺は身構えたが、今度は何も聞こえては来なかった。
「悪あがきはやめなさい、ドークルール」
そう言うとティタニアは俺達を見て手招きをした。
そして、オベロンに付き添われるようにしてドークルールの前に出ると、
「さあ、あなたたちの意志を示すのよ」
とティタニアに促された。
(俺達の意志……)
俺達はあらかじめ何も教えられてはいない。
なのに何故か言うべきことは分かっていた。
「俺達はこの世界での幸福は望まない!」
「私達が望む幸福は生まれ育ったリガの国に!」
俺とリアはドークルールをまっすぐ見据えてはっきりと宣言した。
「俺はノッシュ=ノール!」
「私はテシリア=アルヴァ!」
その言葉とともに、一瞬俺達は
光りが収まり隣を見ると金髪碧眼のテシリアの姿があった。
テシリアも俺を見ている。
俺達は小さく頷きあって正面のドークルールに視線を移した。
「「あなたの思い通りにはならない!」」
俺とテシリアは声を合わせてドークルールにふたりの意思を突き付けた。
「ぐぐぐ…………!」
ドークルールは苦しげに唸りながら俺達の方へ一步踏み出した。
「姉上!」
オベロンが警戒の声を上げる。
「分かってるわ。あなたはふたりをお願い」
「はい」
オベロンはそう答えて、俺とテシリアを庇うようにドークルールとの間に立った。
「くそ……そのふたりを……そのふたりは……」
ドークルールは最後の力を絞り出すように言った。
「ええ、このふたりは私達が守るわ。そしてふたりの未来はふたりが決めるの」
そう言うティタニアの声は静かで、先程までの厳しさは薄れているように聞こえた。
その間にも、俺たちがいる礼拝堂の空間は、輝く星が
笑顔で固まっているコハナとロウタも目に見えて崩れ始めている。
ドークルールの姿も崩れ始め、その間も彼は何かを言おうとして口を動かしている。
だが、声は聞こえず、俺の頭の中にも何も響いてはこなかった。
「これで終わりよ、ドークルール」
ティタニア重々しく言いながら手をまっすぐ上に上げて手のひらを開いた。
その掌から緑がかった金の光が立ち登り、数メートル上で半円形に広がりドームを形成した。
光のドームはティタニアとオベロン、テシリアと俺の四人を保護するように覆いかぶさった。
ほとんど輝く霧のようになったドークルールはおぼつかない足取りながらも、決然とした樣子でティタニアに向かって行った。
「ティタニア……」
ドークルールはティタニアに手を伸ばしながらくぐもった声で彼女の名を呼んだ。
「「あ!」」
テシリアと俺が警戒の声を上げて足を踏み出そうとした。
「大丈夫です」
俺たちの動きを察したオベロンが両腕を広げて制した。
「ティタニ……」
なおもティタニアの名を呼ぼうとするドークルール。
「さようなら、ドークルール」
そんな彼にティタニアは静かに、そして俺の気のせいかもしれないが、心なしか哀しそうに言った。
空間の崩壊が加速する。
礼拝堂は床を残してほぼ消え去り、その床に残っているのはドークルールの膝から下の脚だけだった。
残された脚はなおもティタニアに向かって進もうとしている。
そしてその脚が、ティタニアが作り出した光るドームに触れた。
その途端、脚は蒸発するように輝く霧となって消え、同時に床も光りながら消えていった。
今俺たちは薄い灰色の空間に、光るドームに囲まれて浮いているかのように立っている。
ティタニアはドークルールと彼が作った世界が完全に消えてなくなるのを見届けると、ゆっくりと振り返った。
「さあ、帰りましょう」
美しく凛とした笑顔でティタニアが言った。
薄灰色だった空間が白く輝き出した。
俺はテシリアを見た。
彼女も俺を見てくれている。
俺は恐る恐る手を差し伸べた。
彼女はすぐには手を取ってはくれなかった。
(やっぱり……)
俺はテシリアを失望させてしまったのか。
テシリアは俺の目をじっと見つめている。
やがて彼女は、そっと俺の手を握ってくれた。
(あ……!)
その瞬間俺は自分が嬉しさのあまり顔全体で笑ったのを感じとった。
テシリアも眩しい笑顔を返してくれた。
そして世界が光りに包まれていった。
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