第17話 前世の末期の願いをなぜ知っている

(今のこの状況は……)


 デルクがてのひらを突き出し魔術をはなつかと思われた瞬間、俺はリアをかばい、その直後にまばゆい光に包まれた。

 死をも覚悟したが、今こうしてリアも俺も無事にしている。


(あの女性が守ってくれたのか?)


 立っている位置からして一瞬アリスだと思ったが、姿形がまったく違う。


「貴様、一体どうやってここに!」

 見るからに悔しそうな顔でエルフの女性に向かってデルクが言った。

「そんなこと簡単だわ」

「簡単だと!?」

「というより、私たちが入ってきたことにあなたが気づかないことのほうが不思議だと思うのだけれど」


(何を話してるのか分からない……)


「あの……」

 状況がわからないのはリアも同じようで、そばにいるオベロンと呼ばれた男に声をかけた。

「あなたは……オオベくんは……?」

「はい、僕がオオベです」

 と、前にいるエルフの女性とよく似たその男はまさしくオオベの声で答えた。


「でも……」

「話すと長くなりますので、とりあえず今はオオベ=ロンタがこういう姿になったと思ってください」

「はい……」

 心許こころもとない様子でリアが答えた。

「てことは……」

 そう言いながら俺がエルフの女性を見ると、

「私がチタニ=アリスよ♡」

 と、エルフの女性は振り返って、思いっきりアリスの声で答えた。


「チタニ=アリスにオオベ=ロンタ……作った覚えがない変なのがいると思ったら、人を小馬鹿にしたような名をつけおって……」

 デルクがブツブツ言っている。

「変なのとは失礼ね!」

 ムッとした様子でエルフの女性がアリスの声で返した。


「作った?」

 デルクの不可解な言葉を聞いて、俺は思わず声に出して言った。

「ええ、この世界は彼が作ったものなのです。ここにいる私達四人を除いてですが」

 オベロンが教えてくれた。


(てことは、ここは【魔術結界】なのか?)

 だとすると、あの理事長はとんでもない魔力を持っているということになる。

 それこそアリナ以上の、いや、アリナと俺の母メリア二人の魔力を合わせたよりもはるかに膨大な魔力を。

 そんなことを考えていたら背筋がゾッとして、思わず体が震えてしまった。

「ノシオ……大丈夫?」

 リアが俺の顔を心配そうに覗き込みながら小さな声で呟いた。

「あ……大丈夫です、はい」

 そう言って俺は無理に笑顔を作った。


「オベロン、ふたりのメダルを」

「はい」

 エルフの女性の言葉にオベロンが答えると、俺とリアの首にかかっていたメダルがゆっくりと浮き上がっていく。

 そして、首から外れるとふわふわとオベロンの元へとただよっていった。


「メダルにかけてあった変なまじないは解除してあるけれど、念の為にね」

「いつの間に……!」

 理事長が悔しそうに言った。


(あの時か……)

 リアと俺の首にメダルが掛けられた時に、いつの間にかアリスとオオベがそばに来ていた。

 きっと、その時にメダルを検分するふりをして何かをしたのだろう。


「思いのほか効力が消しきれてませんでしたしね」

 オベロンが手にしているメダルを見ながら言った。

「そうね、そのへんは一応さすがだと言っておいてあげましょうかデルク理事長」

 そこでエルフの女性は一呼吸おいて、

「いいえ、大魔王ドークルール、のほうがお好みかしら?」

 静かな重い声で言った。

「く……!」

「それにしても『大魔王』なんて恥ずかしい名乗りがよくできるものだわね」

「黙れ!貴様こそ『妖精の女王』などと上から目線の大仰おおぎょうな呼ばれ方をして、ドヤ顔でえつってるだけだろう、ティタニア!」


(妖精の女王!?)

 子供の頃に読んだおとぎ話で目にしたことがある呼び名だ。だが、ティタニアという名を聞くのは初めてだった。


「ドヤ顔ぉ……?悦に入ってるぅーー……?」

 静かで低く重みのある声が妖精の女王ティタニアから聞こえてきた。

「どうやら痛い目に遭わないと分からないらしいわね?」


(あ……すっごく怒ってる、女王様が激怒してる!)


 魔王戦の時のアリナがそうだった。それを言えばマリルや母のメリルもそうだ。

(女王様も絶対に怒らせてはいけない人だ!)

 当たり前といえば当たり前だが。


「ふ、ふん、そそそんな脅しは効かないぞ!」

 というドークルールに、

(いや、かなりヒビってね?)

 と、とりあえず心の中でツッコミを入れておいた。

「元の世界ならともかく、この世界は私の世界だ。私の攻撃を防ぐくらいが関の山だろう!」

 ビビりながらも、ドークルールは強気の姿勢を崩さない。

「まあ、そうね。それは否定しないわ」

 ティタニアが落ち着いた声で答えた。


 その時、

「妖精の女王……さま?」

 とリアが言うのが聞こえた。

 横を見るとリアがオベロンを見ている。

「それも後でご説明します」

 とオベロンは爽やかイケメン笑顔でリアに微笑みかけた。

 そんなオベロンを見てリアは恥ずかしそうに頬を染めた。


(むむっ!)

 と思った時には既に俺はリアの腕を引いて、自分の方に引き寄せてしまっていた。

 そんな俺をリアは、

「もう……」

 と、ほのかに赤く染めた頬を膨らませながら睨んだ。

(あ……やってしまったぁーー!)

「ははは」

 そんな俺たちを見てオベロンがおおらかに笑っている。


「お前たち、自分が置かれている状況が分かっているのか!」

 苛立ちも限界といった様子でドークルールが俺とリアを見て叫ぶように言った。

「今すぐにでもお前たちを滅ぼすこともできるのだぞ!」

 俺はリアを庇うべく咄嗟に身構えた。

「自分の命と引き換えにしても、かしら?」

 余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった調子でティタニアが言った。


「く……知っていたのか」

「当たり前でしょう?」

「だとしても、一人だけでも滅ぼせば私の目的の半分は果たせる」

「そんなことはさせません」

 オベロンが前に出て言った。

「もうあきらめなさい、ドークルール」

 ティタニアが最後通牒さいごつうちょうを言い渡した。

「あなたが自らこの世界を閉じるのであれば、かろうじて生き残れるだけの魔力は残るでしょう」


 この世界を閉じる?

 ここを閉じるとどうなるのだ?

 元の世界に戻れるのか?


 ドークルールは何も言わずにうつむいている。

 何かを考えているのか、あるいは、何か策をめぐらせているのか、見ただけでは分からなかった。


 その時――――


『……いいのか?』

(……!?)

『このままでいいのか?』

(たれだ?)

 まるで、俺の頭の中に何者かが直接話しかけてきているようだ。


『あと少しで君の願いが叶うのだぞ?』

(俺の願い?)

『そうだ、君の前世の末期まつごの願いだよ』

(なんでそれを……!)


 俺の前世の末期の願いが鮮明によみがえった。


 次に生まれてくる時は

 十代で彼女ができて

 二十代で結婚ができる

 そんな人生を歩みたい


『そうだ、君が魂の底から願ったことが、今すぐにでも叶うのだよ』

(今……すぐに?)

『そうだ、今ここで君の横にいるアルハ=リアくんに口づけをすればいいのだ』

 耳元でささやく声は圧倒的な引力で、俺の心を甘い誘惑に引き込もうとし、とてもあらがえるとは思えなかった。


(リアに……口づけ……)


 ――――ピシッ


 遠くから何か聴こえる。

 何かにひびが入ったような音が。


 姉上、ここはもう――――

 ノシオくん!――――


 遠くからオオベとアリスの声が聞こえる。

(いや……オベロンさんとティタニアさまか……)


『さあ、すぐ横に君が愛するアルハ=リアがいるよ』

 耳元の声が、俺の脳を溶かすかのような甘ったるさで囁きかけてくる。


(リアが……)


 横を見るとリアが俺の手を取って見つめている。


(リア……俺は……)


――――ピシッ


 また、ひびが入るような音が聴こえた。

視界の端に見える礼拝堂の壁が、床が、窓が、あらゆるものが少しずつひび割れて、姿形すがたかたちが薄れていくように見える。


『さあ、口づけを!』


 俺はリアに向かい合い彼女の肩に手を載せた。

 そして俺は、前世も含めて人生で初めての口づけをしようとリアに顔を近づけていった。


 その時、


「ノッシュ!」

 目の前のリアが鋭く言うのが聞こえた。

「……!?」

 俺はビクリとして動きを止めた。


 リアを見ると、鋭く射抜くような目で俺を見つめて、いなにらんでいた。

 そして、俺を睨んだまま最後通牒を突き付けてきた。


「ノッシュなんて大嫌いっ!」

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