第10話 もうひとつの秘め事にそわそわ
「
生徒会役員四人で街に行った翌日の朝、アリスが俺に聞いてきた。
「ええと……時間はよく覚えてなくて……」
(なんとかして
リアから、アリスとオオベには内緒にしておくようにと強く言われているのだ。
「門限には間に合ったの?」
「え?ま、まあ……なんとか」
「あら、おかしいわねぇー、私とオオベくんで門限まで待ってたのよ?」
「門限まで?」
「そう、寮の門限は九時でしょ?」
「はあ……」
「だから私達、九時まで寮の前で待ってたの」
「そ、そうなんですか?」
「変ねぇ、ノシオくんにもリアさんにも会わなかったと思うんだけど」
「えっと、それは……」
少しずつ俺がアリスに問い詰められてしどろもどろになっていると、
「門限には間に合わなかったわ」
俺を挟んでアリスの反対側の席からリアが言った。
「リア……」
俺はリアに目配せをしたが、
「だから正面の入口からは入れなかったの」
リアは自信満々に言った。
「やっぱりねー」
したり顔のアリス。
「でも裏口が開いてたから、私達はそこから入れたの。そうよね、ノシオ?」
リアが明るい声で俺に同意を求めてきた。
リアの笑顔は太陽のように晴れやかだ。間違いなく晴れやかだったのだが、その目は全く笑っていない。
(リアは明らかに嘘をついていて俺にも嘘をつけと美しく輝く目で強烈に訴えている次に俺が発する言葉に今後の俺の人生の全てがかかっているのは間違いないリアの言う通りにするんだ俺!)
とマッハで思考をまとめて俺は言った。
「はい門限は過ぎてましたがリアの言う通り俺とリアは開いていた裏口から入りました」
(棒読み早口ぃーーーー!)
そんな俺をアリスはじっと見て言った。
「ねえ、ノシオくん、もう一度言ってくれる?」
「も、もう一度……?」
「そう、今度は私の目をしっかりと見て、ゆっくりとね」
アリスは体を横に向けて俺の肩に手をかけ、グッと顔を近づけてきた。
「えっと……」
俺は後ろにいるであろうリアを見ようとしたが、直ぐ目の前アリスの視線で動きを封じられてしまっているのか、顔を動かすことができなかった。
(アリスさんは金縛りの術とか使えるのか!?そういえば母さんはそんなスキルを使えるって言ってた……いやいや今は母さんのことは関係無いだろ!)
もうだめかと思った時、
「もういいでしょ」
と言って、後ろからリアが俺の両腕を掴み正面を向かせようとした。
「もう、リアさんは邪魔をしないで」
「一回言えば十分じゃない」
アリスの言葉にリアが食ってかかったその時、教室のドアが開いて担任教師が入ってきた。
「はーい、みんな席についてー」
アリスはリアを見ていた目を教壇に向けると、小さくため息を付いて俺の肩から手を離した。
(助かったぁーー……)
横目でリアを見ると、リアも俺を横目で見て小さく微笑んでくれた。俺もぎこちなくリアに笑みを返した。
そして、聞くともなしに担任教師の話を聞きながら、俺は昨夜から今朝のことをぼんやりと思い出していた……
学園の外のベンチで一夜を過ごした俺達は夜が明けると、あたかも日課の早朝散歩をしているだけですよという
(早朝の散歩って気持ちいいもんだよなぁ)
通りを渡り学園に沿ってランニングをする学園生を装ってばらく走り、
(前に朝練なんてやったのはいつだったかな……)
正門はまだ閉まっていたが裏門は既に開いていたので、誰にも見られていないことを確認して素早く学園内に入り、無事寮にたどり着いた。
(多分誰にも見られなかった思うけど)
さっきのアリスの反応からすると、昨夜から今朝の俺達の行動を彼女は知っているのではないかと思えてしまう。
隣の席のアリスを横目で見ると、彼女は正面を向いて教師の話を聞いている。
アリスになら本当のことを話してもいいのではと俺は思うのだが、リアにはそうしたくない理由があるようだ。
(難しいな……)
そう思いつつ、俺も教師の話に気持ちを向けた。
その日の授業が終わると、俺とリア、アリスの三人は生徒会室に向かった。音楽祭開催の打ち合わせをするためだ。
生徒会室に入ると、オオベは既に来ており机の上にはA4サイズの資料がおいてあった。
「それでは始めましょう」
全員が席につくのを見てリアが言った。
「昨日見て回ったことを参考に資料を作ってみました」
オオベがにこやかにさらっと言った。
(仕事はぇええーーイケメンなうえにデキる男って反則だろ!)
と、無能ブサメンの嫉妬という醜悪な感情に毒されそうになる心を、俺は必死に抑えて手元の資料に目を通した。
「今回の音楽祭は音楽部門と飲食部門に分けて運営していこうと考えています」
オオベが説明を始めた。
「音楽部門は合唱部やフォークソング同好会に」
(おお!フォークソング同好会なんてのがあるのか!)
「飲食部門は料理研究部やスイーツ同好会にそれぞれ運営をお任せしようと思います」
「いわゆる、丸投げってことね」
リアの言葉に、
「適材適所ですよ」
と、オオベは悪びれた様子もなく爽やかな笑顔で答えた。
こうして音楽祭開催に向けての動きが始まった。
運営を任された部や同好会は最初のうちは難色を示したようだったが、
「予算はたっぷり用意しますよ」
というオオベの一言でころっと手のひらを返したようにノリノリになったようだ。
「オオベくんに任せておけば大丈夫ね」
「もちろんよ、決まってるじゃない!」
リアの言葉にアリスがドヤ顔をする。
「なんでアリスさんが自慢げなの?」
「え?だ、だって彼は私の……幼馴染みだからよ!」
(ん?珍しいな)
アリスが言葉に詰まるところを見るなんて初めてのことだ。
「ふーん、そう」
リアはそれ以上は言わなかった。
音楽祭の準備も順調に動き始めて二、三日たったある日、俺はリアから小さなメモを渡された。
(きたっ……!)
街に行ったあの日にリアと交わしたもうひとつの秘め事だ。
授業が終わり、生徒会室で音楽祭準備の
夕食後、自室に戻った俺はリアから手渡されたメモと時計を交互に睨んでソワソワと立ったり座ったりして時間を潰した。
やがて約束の五分前になり、俺は寮の自室から出た。
胸に秘め事があるとどうしても挙動不審になりやすい。
(俺はジュースを買いに行くんだ、一階の自販機ルームに行くだけだ)
と自らに暗示をかけた。
途中で二人の寮生とすれ違ったが何事もない様子ですれ違えた。
(頼むからオオベはいないでくれ!)
他の寮生ならなんとか誤魔化すこともできるだろうが、オオベはそうはいかない。
たが、俺の心配も杞憂だったようで、何事もなく寮の表玄関に着いた。
玄関脇の談話室兼自販機ルームは素通りして、俺は速やかに靴に履き替えて寮を出た。
誰かに見られていないか周囲に気を配りながら、俺は中庭へと向かった。
向かう先は、放課後にリアとよく会っていたベンチだ。
リアと交わしたもうひとつの秘め事、それは、
「夜にふたりで中庭で会いましょう」
ということだった。
(アリスが来てからは中々二人で会えなくなったしなぁ)
そんなことを思いながら、お決まりのベンチに行くと、すでにリアが来ていた。
「遅くなってすみません」
俺が慌てて近づくと、
「ううん、私が早く来すぎちゃったの」
リアは少し照れくさそうに答えた。
(か、か、かわいすぎるーー!)
月明かりに照らされたほんのり頬を染めたリアの笑顔は、そのまま永久保存したくなるようなかわいさだった。
「もう、そんなにジロジロ見ないでよ」
リアが頬を染めたままプンスカ顔を作って言った。
「ごめんなさいっ!」
俺はすかさず謝った。電光石火の謝罪はノッシュの頃からの俺の得意技だ。
「まあ、別にいいけど……でもね、こうやって会うのは真面目な話をするためなんだからね」
持ち前の委員長キャラに戻ってリアが言った。
「はい!」
そうだ、これはいわゆる「逢引き」ではない。
この学園や街の不可思議なことをふたりで話し合って検証しよう、というのが目的なのだ。
(そうだ『あははうふふ』してはダメなのだ!)
俺は緩んてしまいそうな心を鬼にしてリアの横に座った。
「でも、あまり固くなりすぎないでね」
そう言いながらリアは俺にそっと寄り添ってくれた。
「はい」
リアのほのかな花の香りに心を癒されながら俺は答えた。
「それじゃ、外に出られない街のことからね。あれは……」
真剣な表情になってリアが話し始めた。
こうして、俺とリアの夜の密会の日々が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます