第9話 二人きりで過ごす夜
「なんで……!?」
リアは学園の門を掴んで
俺は振り返って街路の向こう側に立っている時計を見た。針は八時半を過ぎたあたりを指している。
「リア、もしかして門限が九時というのは……」
「ええ、寮の門限だったみたい……」
リアはがっくりと肩を落としている。
「ごめんなさい、私の勘違いで」
「大丈夫ですよ」
そう言いながら俺は周囲を見回した。
学園の前の通りの反対側は遊歩道のようになっていて、植えられている木々の間にベンチが見えた。
「リア、あそこにベンチがあります。とりあえず休みましょう」
「そうね……」
街路樹に挟まれたベンチにリアと腰を下ろすと、どっと疲れが襲ってきた。
「さすがに疲れたわね」
リアにしては珍しく背もたれにぐったりともたれながら言った。
(今日は一日歩き通しだったもんなぁ……)
「それにしても、あの森には驚いたわ」
しばらくの間体を休めてからリアが言った。
「何度やっても同じでしたしね」
さっきあの場を立ち去る前に俺たちはもう一度森に入ってみた。今度はふたりで、肩を寄せ合い手を取り合って。
(むふふふ……)
その時のことを思い出すと頬が緩んでしまいそうになる。
「なに、ニヤニヤしてるの?」
(ヤバい、気づかれた……!)
だらしなくニヤついている俺にリアは目ざとく気づいた。
「あ、いえ、その……」
毎度のごとく言葉に詰まってしまう俺。
「何考えてたの?言いなさい」
そう言いながらリアは俺にくっつくように座る位置をずらして、肘で俺の脇腹をつついた。
「あの、さっきふたりで森に一緒に入って行った時のことを思い出して、つい……」
「ふーん」
またリアを怒らせてしまうのではないかと俺はビクビクしていたが、彼女の反応は思っていたよりも素っ気なかった。
そして、
「ちょっとドキドキして面白かったわよね」
と言いながらリアは俺の方に体を寄せてきた。
(そ、そんなに体をピッタリとくっつけられたら……!)
「はははい、お、面白かったですね」
アワアワしながら俺が答えると、
「そういえば私達って……」
リアは頭を俺の肩に載せて、
「こんなふうに話をしたことって無かったわよね」
と静かに言った。
「な、無かったですね、はい……!」
俺が答えると、俺の腕にリアが腕を絡めてくる。
「王国では婚約者同士だったのにね、私達」
「婚約者といっても暫定ですから」
「暫定?」
「ええ、リアに……というかテシリアには暫定婚約者だと言われました」
「そうだったかしら?」
「はい、友達以上恋人未満の存在だと」
「そういえば……そんな話をしたかもしれないわね」
リアは思い出すような表情でそう言うと、
リアのぬくもりと花のような香り、そして小さくて可愛らしい笑い声。
この幸福感がいつまでも続いてほしいと俺は願った。
「なんだかいい気分よね、ちょっと疲れたけど」
俺に寄り添ったままでリアが言った。
「はい」
と俺は答えはしたが、街の外に出ようとしても元に戻ってしまうあの現象を、もっと検証しなければと思い、
「リア、さっきアリナ様から聞いたという……」
と、すぐ横にあるリアの頭を見て話しかけたが、
「…………」
既にリアは静かな寝息を立てて眠っていた。
(寝ちゃったか……)
俺はリアを起こさないように気をつけながら上着を脱ぎ、眠っている彼女にそっと掛けた。
今夜は取り立てて寒くはなかったが、明け方になれば冷え込むかもしれない。
(そういえば今って何月だ?)
改めて考えると、この世界では曜日はあるものの、日々その日が何月何日なのか全く知らずに過ごしていたことに気がついた。
(また考えなくちゃいけないことが増えたな)
夜空を見上げると、
星に詳しければ今の季節がわかったりするのだろうかとも思った。
(とりあえずリアが目覚めるまでは寝ずの番をしないと)
俺はリアの肩に腕を回して彼女を引き寄せた。
俺は、腕にリアの温もりを感じながらぼんやりと考えにふけった。
外に出ようとしても出られずに、元に戻ってしまう街。
季節も何もなく曜日だけが過ぎていく日々。
この世界に当然いるはずの家族の記憶も幼少の頃の記憶も全く無いということ。
そんな様々な疑問が湧き上がってくる。
ただそんな疑問も、あの日リアと鉢合わせしなかったら起こらなかっただろうとも思う。
今日は帰りが門限に間に合わなかったというトラブルを起こしてしまった。
だが、こうして静かに寝息を立てるリアと二人でいられることに大きな幸福感を感じる。
そして今日に限らずこの世界では穏やかで楽しい日々を送ることができている。
アリスやオオベの存在に心を乱されることはあるが。
そして例の、
『生徒会長と副会長に選ばれた男女は将来結ばれる』
というジンクスだ。
そんな事があるものか、と思いはするものの前会長と副会長の事を聞くと、あながちただの迷信や都市伝説の
(考えなきゃならないことがたくさんあるな……)
時計を見ると、あと少しで十二時だ。
(夜明けまでは頑張って見張りをしよう……そしたらリアと交代……)
まあ、こんなところで――――――
仕方ないですね―――――
(ん……誰だ……?)
風邪を引いたら大変――――
大丈夫ですよ――――
(この声どこかで……)
ふたりとも幸せそうね――――
そうですね――――
この子達が本当の幸せをみつけられるように――――
ええ、僕達がしっかり支えなければ――――
(何を言ってるんだ……?)
ノッシュ!――――
テシリア!――――
(誰だ……誰が呼んでるんだ……?)
(……!)
俺はハッとして目を覚まし、
「夢か……」
と、思わず声に出して言った。
「……んん」
俺の声が聞こえたのかリアが目を覚ましそうになった。
時計を見るとまだ夜中の三時を回ったところだ。
「まだ寝ててください……」
俺が囁くように言うと、
「ん……」
リアはもぞもぞしながら、また眠りについた。
(いつの間にか眠っちまったか……)
寝ずの番をしようと意気込んでおいてこれか、と我ながら情けなくなる。
(それにしても今の夢はリアルだったな)
どこか聞き覚えがある女性と男性の声。
そして、その二人とは別の聞き覚えがある二人の、俺達の名を、リガ王国での俺達の名を呼ぶ声。
不可思議なことが立て続けに起こって、頭が混乱してしまう。
横で眠るリアはいつの間にか俺の腰にすがるように腕を回してくれている。それだけで俺は十分以上の幸福を感じる。
だが、
『この子達が本当の幸せをみつけられるように――――』
という、夢の中の女性の言葉が脳裏から離れない。
(てことは……)
今感じているこの幸福は本当の幸福ではないということなのだろうか。
リアの穏やかな寝顔を見ていると、これ以上の幸福があるのか、と疑ってしまう。
俺たちにとっての本当の幸せというものを見つけるために、今のこの幸福を否定しなければいけないのだとしたら。
(俺にそれができるのか……?)
夜明けまでまだ間がある空を見上げながら、俺は静かに寝息を立てるリアをそっと抱き寄せた。
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