第8話 この街はどうなってる 謎を探る探索

 それは女性ボーカルとアコースティックギターを弾く男性の二人組ユニットで、どこかで聴いたことがあるような懐かしさを感じる、そんな曲を演奏している。

「素敵な曲ね」

「そうですね」

 曲に聴き入って静かに言うリアに俺が答えた。


 アリスとオオベと別れた俺達は、噴水広場を時計回りと反対方向へと様々な楽団の演奏を聴きながら歩いていた。

 アリス達が追って来るのではと何度か後ろを気にして振り返ったが、アリスもオオベも追ってくる様子はなかった。


 そして今、俺達は比較的人が少なくて静かな場所で一旦足を止め、ゆったりとした気分で男女二人組ユニットの演奏を聴いている。

 やがて演奏が終わり、二人組は少ないながらも熱烈な拍手を受けて、嬉しそうに満面の笑みで応えている。

「それじゃ、行きましょう」

「はい」

 噴水に向かって右回りの方向を指し示すリアに俺は答えた。


 さっきリアが俺にささやいたことの一つは、

「二人で街の外に出てみよう」

 ということだった。

 俺とリアが売店で鉢合わせしたあの日以降、様々な疑問が湧き上がってきた。

 街がどういうところか、そしてその外がどうなっているのか、ということもそのうちのひとつだ。

 俺も気にはなっていたものの、日々の学園生活に流されて今に至っている。

 その点はリアも同じだったかもしれないが、ここぞという時の行動力はさすが元々がテシリアなだけあるようだ。


「アリスさんとオオベくんには話さないでね」

 ともリアは言った。

 アリスに知られたくないというのはなんとなく分かる。

(でも、オオベはリアが連れてきたんだよな……)

 と俺は思ったが、どうやら彼がアリスと幼馴染みだと知らされてからは、リアも多少彼と距離を置くようにしているようだ。


 アリスもオオベも怪しいところがあるとは言え、一見したところでは俺とリアに何かしらの害をなすようには見えない。歩きながらリアにそのことを話した。

「理事長と何か繋がりがあるんじゃないかと思うの」

「理事長と、ですか?」

「私ね、理事長っていう人が怪しいと思うのよね」

 リアはそう言うと、話すのをやめて自分の考えの中に没入している表情になった。


(確かにそうだよな……)

 前任の生徒会長の話では、リアを生徒会長、俺を副会長にと推薦したのが理事長だということだ。

 何故理事長は俺達を推薦したのか。

 そして、生徒会長選挙の直前に転入してきたアリスが、いきなり生徒会長に立候補できたのも理事長の差し金なのか。


(生徒会長と副会長のジンクスのことも気になるしな……)


 リアと俺は広場中央の噴水を回り込むように歩き、少しずつ中心から離れていった。

 広場の周りは様々な店や三階建て程度の建物が並んでいた。

 ところどころ建物と建物の間に細い路地があり、入口から奥を覗いてみたが十メートル程で行き止まりになっているようだった。

 各路地を突き当りまで行ってみたが、建物があったり高い塀があったりでその先には進むことはできなかった。


「どの路地も行き止まりってちょっと変よね」

「ですね……」

 何度目かの行き止まりの後にそう言うリアに俺は答えた。

 そろそろ日も傾く頃になり、空がオレンジ色に染まり始めた。

「今日のところはもう帰りますか?」

 俺は夕日に染まる空をみながら言った。

「いいえ、できるだけ調べましょう。大丈夫、門限は九時だから」

「わかりました」


 こうしてなんとか街の外に出られないものかと調べて廻ったが、どこも同じように建物や塀で閉ざされていた。

 陽も沈んで広場は暗さを増していき、あちこちに出ていた屋台も減り始めた。

 そんな時、広場を回り始めて半分を過ぎてしばらく行ったところの路地を見ると、今までと違う様相だった。


「リア」

 俺はそう言いながら路地の奥を指さした。リアは俺が指差す先を素早く見た。

「あれは、塀ではないわよね?」

 リアは俺が指差す先を見ながら言った。

 路地の中は日が差さずほとんど夜と言っていい程に暗かった。

「よく見えないけど、植込みのように見えます」

「あ、そうかもね」

 そう言いながら既にリアは路地に入っていった。


 そこは、腰の高さほどの低木がびっしりと植えられていて、その先には進めないようになっている。低木の向こう側は見たところでは森のようだ

「多少無理すれば行けそうね」

 そう言ってリアは早くも低木を乗り越えようとしている。


「待ってください、リア」

 俺はリアの腕を取ってリアを引き止めた。

「なんで止めるの?」

 暗くて表情はハッキリと見えなかったが、声からするとイラついているようだ。

「俺が先に行きます」

 俺が言うと、リアは何か言い返そうと息を吸い込んだようだが、一呼吸置いたあとで後ろに下がった。


「そこで見ていてください」

 俺は何よりも、危険なことがあるかもしれない所にリアを行かせたくなかった。

 それに、何が起こるのかをリアに客観的に見ていてほしいとも思ったのだ。


 俺は低木をまたぐようにして乗り越え、鬱蒼とした森の縁に立った。

 木々の間は人が一人か、せいぜいが二人通れるかどうかという程しかなかった。

 俺は目の前の木の間から森の奥をじっと見た。だが、一、二メートル先くらいまでしか見通せず、見た限りでは道らしきものは無さそうだった。


「行きます」

 俺は肩越しに振り返ってリアに言った。

「ええ……」

 リアは声をひそめるように言った。

 俺はゆっくりと目の前の暗がりに入って行った。

 木と木を結ぶ見えない森の境界を越えたと思った瞬間、目の前が真っ暗になった。

 それまでも周囲は暗かったが、ほのかな月明かりもあって何も見えないほどの暗さではなかった。

 だが、今俺の目の前には、完全な闇が広がっていた。


(……!)

 さすがに俺はひるんだ。すぐに後ろに下がろうかという考えが頭をよぎる。

 だが、もう少し、なにがしかの手がかりなりを見つけなければ、という気持ちが先にたった。

(もう少しだけ……!)

 俺は怯んだ心に鞭打って二歩、三歩と闇を進んで行った。

 そして四、五歩進んだ時いきなり目の前の視界が開けた。

(……!)

 植込みに突っ込みそうになり俺は立ち止まり視線を上げた。

 そこにはリアが立っていた。


「うわぁっ!」

 俺は驚いて我ながら情けないほどの大きな声を上げてしまった。

「ええっ!?」

 俺の大声に驚いてリアが大きく目を見開いて後ずさった。

「どうしたのよ、そんなに驚いて」

 びっくりまなこのままリアが俺に聞いた。

「い、いえ、いきなり目の前にリアがいたので……」

「いきなり?私にはあなたが森に入って出てきただけに見えたわよ」

「それが……俺は真っ直ぐに歩いただけなんです、引き返さずに」

「ええ!?そんなことがあるの?」

「ううーん……」

 俺は返す言葉が見つからずに唸るしかできなかった。


「それじゃもう一回……」

 そう言って再び俺が森に入っていこうとすると、

「待って、今度は私が行くわ」

「え……」

 俺が言葉を返す間もなく、リアは既に植込みをバキバキと無理やり掻き分けて俺の横に入ってきた。

「ノシオはそこで見ていて」

「はい……」

 リアはなんの躊躇もなく森へと入って行き、ものの数秒で森の暗がりから出てきた。


「本当ね、ノシオの言うとおりだわ」

 素直に驚いた様子でリアが言った。

「どういうことなんでしょう?」

 俺の疑問に、

「そうねえ……」

 リアは腕を組んでややうつむき加減になって思案している。

「何か思い出せそうなのよね。前にお母様が……」

 そう言いながら眉間にシワを寄せるリア。

「ああ、もぉおおーーここまで出かかってるのにっ!」

 地団駄踏んで悔しがるリアに、

「ここは一旦戻ってじっくり考えませんか?」

 なだめるように俺が言うと、

「……仕方ないわね」

 と、リアは小さくため息をついた。


 路地を出て広場の時計を見ると八時近くになっていた。広場に屋台は見えず、周囲の店もほとんど灯りが消えている。

「急ぎましょう」

 リアが足早に歩き始めた。

 門限は九時なのでもたもたしている間は無さそうだ。


「アリスさん達はもう帰ったのかしら」

「そういえば、待ち合わせとか決めてなかったですね」

 歩きながら周囲に注意していたが、アリスやオオベの姿は見当たらなかった。

 やがて学園の門が見えてきた。

「よかった、門限には間に合いそうね」

 リアがホッとしたように言った。


 だが俺とリアは、たどり着いた学園の門の前で唖然と立ち尽くしてしまった。


「「え……?」」


 学園の門は無情にも閉ざされていたのだ。

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