第11話 リアとの密会そして次の試練

「お母様が話していたのを思い出したの……」


 リアは夜空に浮かぶ三日月を眺めながら話し始めた。

「元のところに戻っちゃうあの森を通ったときにね、”あ、こういうのお母様に聞いたことあるかも“って」

「魔術の一種なんですか?」

 俺が聞くと、

「確か【魔術結界】ってお母様は言ってたわ。この言葉がなかなか思い出せなくて」

「初めて聞きました」

 リアは俺の言葉に頷いて話を続けた。 


「それってね、魔術で作った結界に敵を閉じ込めて、実際には無いものをあるように見せかけて惑わすんですって、同じところをぐるぐる回らせたりして」

「幻影を見せるということですか?」

「ええ、だからこの学園や街ももしかしたらって思ったの」


「アリナ様はそれができるんですね」

「【魔術結界】を作ることはできるって言ってたわ、でも……」

「でも?」

「お母様でも、作れる結界はアルヴァ公爵家のお屋敷の前庭くらいの広さが精一杯らしいわ」

 とすれば、この学園の中庭よりやや狭い範囲ということか。


「それに、たくさんの人の幻影を出すのはとても難しいんですって」

「アリナ様でも、そんなに難しいのですね」

「魔術は人によって得意な系統が違うらしいの。お母様が得意なのは攻撃系の魔術だから」

 アルヴァ公爵夫人アリナはリガ王国でも一、二を争う高位の魔術師だ。

 実際俺も、魔王国での戦いで彼女の攻撃魔術の凄まじさをの当たりにしている。


「幻影を見せる魔術はメリア様のほうが得意だってお母様は言ってたわ」

(確かにそうかもしれない)

 俺の母、ノール伯爵夫人メリアは魔力を使って隠密行動や索敵をするのを得意としている元レンジャーだ。

 幻影を見せる魔術(母はスキルと呼んでいる)が使えるという話は聞いたことはないが、彼女の能力特性を考えればできたとしても不思議ではない。


「そうすると、アリナ様の魔術結界と俺の母の幻影スキルを合わせれば……」

 そう言いながら俺は頭の中でイメージしてみた。

「どうかしら……私の想像だけど、そこまでしても、この学園と街ほどの規模の【魔術結界】を作れるかどうか……」

 リアは困惑顔になった。

「それにね」

 そう言うとリアは俺にくっついて、グッと顔を近づけてきた。

「私を見て」

「え……?」


(ドキドキ……!)


「私、顔も目の色や髪の色もテシリアの時とは違うでしょ?」

「あ、はい……」


(そういうことか……)


「ノシオも顔はノッシュとほぼ同じだけど目や髪の色は黒だし」

(そうだな、前世の日本人の時と同じブサメンだよな、とほほ……) 


 リアは俺の顔から視線を外して、正面を向いてベンチに座り直した。

「そう考えると、誰かが作った【魔術結界】に私たちが閉じ込められたっていうのとも少し違う気がするの」

 確かにそうだ。リアが言うような【魔術結界】に閉じ込められたのであれば、姿形すがたかたちは変わらないだろう。


 小さなため息をついてからリアは続けた。

「この世界っておかしい事だらけよね」

「そうですね」

「おかしい事だらけだけど……」

「……」

「でもね、こうしてノシオとお話しをしてると、とても心地がいいの」

「お……俺もです」

「本当?よかった」

 そう言ってリアはふわりと柔らかく微笑んで、そっと俺に寄り添ってきた。


「でも、そんな気持ちをアリスさんに邪魔されちゃったりするのよねぇ……」

(怒ってるのかな、リア……)

 そう思って俺は、俺の肩にそっと頭を載せているリアの横顔を伺うと、怒っているような様子は無かった。

 一見するとアリスはリアと俺の間に入ってグイグイ来ているように見える。かといって、二人の仲をどうこうしようとするようにも見えない。

(まあ、俺は女子慣れしてないから、ついアリスに引っ張り込まれそうになるけど……)


「ねえ、ノシオ」

「はい」

「もし……もしよ」

「はい」

「もし、このままこの世界で暮らしていったら、私達どうなるのかしら」

「このまま、この世界で……」

 それは俺も考えたことだ。

 この世界は不自然でおかしなところばかり。しかも学園と街だけという限られた世界だ。

(でも、すごく居心地がいい……)

 ずっとこのまま穏やかにリアとの仲を少しずつ深めていけたら。

 そう思うと……。


「この世界で、ノシオと毎日色々お話をして少しずつ仲良くなって、そして……」

「……」

「なんていう暮らしもいいかなって思ったりもするの」

 そう言ってリアは「えへへ」と照れくさそうに笑った。

「俺も……俺もそう思うことがあります」

 この幸福感にあらがうのはなかなかに大変だ。

「でも、それではダメっていう気もするのよね」

リアは小さいため息とともにそう言った。


 俺達はしばらく夜空を見上げながら物思いにふけった。

(アリスに相談したらだめかなぁ……)

 ふとそんなことを思い浮かべていると、

「今夜はそろそろ帰りましょうか」

 そう言いながらリアがベンチを立った。

「はい」

 明確な答えがみつかった訳ではないものの、こうしてふたりで話し合うことは大切だ。


 それからも俺とリアは夜の話し合いを続けた。新たな発見は無かったが、問題点をより深く共有できたという意味では意義はあったと思いたい。

 そして音楽祭まであと一週間となったある日の昼休みに、元生徒会長と副会長が揃ってやってきた。


「こんにちは、アルハさん」

 キリッとした笑顔で元生徒会長コハナが挨拶してきた。

「こんにちは、タヤマダさん」

 リアも笑顔で返した。

 副会長のマダヤマ=ロウタはコハナの隣で黙ってニコニコしている。


「実は理事長からの伝言を預かってきたの」

 コハナが言った。

(また理事長から……)

 なんだか嫌な予感がする。

「理事長から、ですか……?」

 リアも警戒の色を顔に浮かべながら答えた。

「ええ、今度の音楽祭なんだけど、アルハさんとノルタくんも是非参加するようにって理事長がおっしゃってるの」


「「ええーー!!」」

 俺とリアは当時に声を上げ、なぜかドヤ顔のコハナを、ほうけたように見つめた。

(リアと俺が音楽祭に……)

 しかも、またもや理事長からの推薦だ。どう考えても怪しい。

 リアを見ると明らかに驚き動転している。

 コハナは役目は終えたとばかりに「それじゃお願いね」と言ってロウタを引き連れて去って行った。


「どうしよう……」

 リアにしては珍しく不安を隠せない表情で言った。

(何か言ってあげなきゃ)

 と俺が頭をフル回転させていると、

「また厄介なことを……」

 と言うアリスの声が聞こえた。

 リアにも聞こえたようで俺とリアは同時にアリスを見た。

 彼女は頬杖をついて小さくため息をついているところで、俺とリアの視線に気づくとチラッとこちらを見て、小さく微笑んだ。


 それは普段からアリスが見せてくれているいつもどおりの微笑みだったが、不思議と俺はその微笑みに元気づけられた。

 リアを見ると俺と同じ気持ちなのだろう、小さく頷きながら微笑みを返してくれた。

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