第2話 あなたはノシオで私はリア

 その日から、俺とテシリアは放課後に中庭の木陰のベンチで話をするのが日課のようにった。


「ふーん、あなたは今、ノルタ=ノシオっていう名前なのね」

 テシリアはこの世界ではアルハ=リアという名ということだった。

「当分はこちらの名で呼び合いましょう、ノシオ」

「はい、リア」

 こんな感じで、とりあえずはこの世界の人間になりきって過ごそうということになった。


「ここって全寮制だけど家族とも直接連絡はできないんですって」

「そうなんですか」

「ええ、と言ってもこの世界の私の家族がどんな人かは知らないけど」

「そう……ですね、俺もです」

 家族と言われて俺が思い浮かべるのは、リガ王国ノール伯爵家の当主である父のノルデンと母のメリア、兄のマキスとユアンだ。 


 別の日には中庭の池の周りを二人で歩きながら話をした。

「この学校の人たちってちょっと変よね」

 リアが言った。

「話してても手応えがないっていうか……話してた内容もすぐ忘れちゃうし」

「そうですね……」


 俺もそれは感じていた。

 クラスの生徒も先生も皆感じのいい人たちばかりで、楽しく過ごせているのは確かだ。

 だが、話す内容は当たり障りのないことばかりで、話しているそばから忘れてしまう。

 授業もちゃんと聞いているつもりなのに、終わると何を聞いたのかすっかり忘れてしまっている。


「でもね、ノシオだけは別よ」

 リアが言った。

「ノシオと話したことはちゃんと覚えているし、何より話してて楽しいもの」

 と、ニコッと微笑んでくれた。


(俺と話すのが楽しい!?)


「あ、ありがとう、ご、ございます……!」

 天にも昇る気持ちとはこのことだろう。

「もう、そんなにかしこまらないで!」

 そう言いながらリアは、歩きながら俺に軽く体当たりするように肩を寄せてきた。

 ふわりと花の香りがした。

「は、はい……!」

「ふふ」


(こ、これが青春というものなのかぁああーーーー!)

 もう俺は、幸福感が限界突破して頭が沸騰してしまいそうだった。

(ヤバいヤバい、嬉しすぎる、幸せすぎる!)


 頭の隅では、この世界の不可思議なことをもっと掘り下げなければと思ってはいるのだ。

 だが今は、リアと共有している、このアオハルタイムを損ないたくないという気持ちがまさってしまっている。


(だって、こんな経験は生まれて初めてだし!)


 日本人だった時は女子と普通に話したことなど、せいぜいが小学一年生頃までだ。

 高校時代なんて女子と話したことなど殆どなかった。


(リガ王国時代はテシリアに友達以上認定はしてもらえたけど……)

 あははウフフな青春時代とは違っていた。

 そこで、俺はふと思った。

(友達以上認定してもらったのは……)

 確か、ノール伯爵家のダンスパーティで、テシリアと二人でバルコニーに出た時だった。


(リガ王国の最後の記憶はあの時だよな)

 俺はリアにそのことを話そうとした。

 と、ちょうどその時、

「ねえ、向こうの方に花がたくさん咲いてるところがあるから行ってみない?」

 と、リアが心持ち前かがみで俺の顔を覗き込むようにして言った。


(か、かわいいぃいいーーーー!)


 もう、つい今しがた考えていたことなど俺の頭から吹っ飛んでしまった。

「はい、行きましょう!」

 俺は、ほとんど地に足がついていないようなフワフワした足取りで、色とりどりの花が咲き誇っている緩やかな傾斜地へリアと共に向かった。


 そんな、うわついた状態の俺ではあったが、頭の隅っこに「真剣に考えたほうがいいことがある」という小さな警告があることには気づいていた。


 だが俺は、

(また後で考えよう)

 と、目の前の幸福感に引っ張られて、そのうちに小さな警告は忘れてしまった。


 こうして俺とリアの嬉し楽しい学園生活は続いた。

 学園の中庭には俺たちの他にも生徒がチラホラと見える。

 そして男女のカップルが圧倒的に多い。

(前世の俺なら絶対に立ち寄らないエリアだな)


 ある時は、ちょっとした森のようなエリアを歩いた。

「なんだか『大森林』を思い出すわね」

「そうですね」

『大森林』はリガ王国アルヴァ公爵領の南西に広がる森林だ。


(いい思い出ばかりじゃないけど……)

 

「『大森林』の街道を通ってウェストポートに行ったのを思い出すわ」

 リアが言った。

(魔物のことには敢えて触れないでおいたほうがいいな)


 かつて『大森林』で、リアは魔物にさらわれて魔王城へと連れ去られてしまった。

 彼女としても、それは思い出したくない記憶だろう。


 ウェストポートはリガ王国に隣接する自由都市連合という自治国家の中心都市で、世界各地からの船舶で賑わう大港湾都市だ。

 ウェストポートに行ったのは隊商護衛の傭兵仕事、いわゆる小遣い稼ぎのためだった。


「この学園の外にも大きな街があるらしいの。行ってみない?」

「そうですね、行ってみましょうか」

 リアの提案に俺は素直に答えた。


(今の今まで、街のことなんて聞いたことはなかったと思うけど……)

 なのに俺は、リアから聞いた途端、既知のこととして受け入れた。


「デートだね」

 リアはニッコリと微笑んで言った。

「え……?あ……そ、そうですね……はい!」

 リアがそんな事を言うなんて全く予想もしていなかったので、俺の答えはしどろもどろになってしまった。


「ふふ」

 そんな俺を見ながらリアが楽しそうに笑った。

「あ……あはは」

 俺は頭を掻きながら照れ笑いで返した。


(ああ……もう幸せすぎてどうにかなってしまいそうだ)


 そんな青春幸福感に浸りながら俺とリアは森を抜け、中庭の遊歩道を寮へ向かって歩いていた。

 すると、

「ねえ、少しいいかしら?」

 と、後ろの方から女性の声がした。


(……俺達のことか?)


 俺が振り返って声がする方を見ると、女子生徒とすぐうしろに男子生徒がいてこっちを見ていた。

 俺は一緒に振り返ったリアと目を見合わせて、再び女子生徒達を見た。

 その女子生徒は長い黒髪のストレートヘア、切れ長の鋭い目で挑むように微笑みながらこちらを見ている。


「あの……何か?」

 俺が聞くと、

「アルハ=リアさんとノルタ=ノシオくんで間違いないかしら」

 そう言いながら、彼女は近づいてきた。

「ええ……」

「はい……」

 リアと俺は突然のことに戸惑いがちに答えた。


「いきなりでごめんなさいね、あなた達に相談があるものだから」

 女子生徒はリアを見ながら言った。

「相談……?」

 リアがオウム返しに言った。

「ええ、単刀直入に言わせてもらうとね」

「……?」

「アルハ=リアさん、次期生徒会長に立候補しませんか?」

「「えっ!?」」

「で、ノルタ=ノシオくんは副会長候補に」

「「ええーー!?」」


 ニッコリ笑顔で提案する女子生徒の言葉に、俺とリアの驚きの声が立て続けにシンクロした。


 俺とリアの高校生活が激変しそうな予感がした。

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