また転生したかと思ったら婚約者のご令嬢も一緒でした
舞波風季 まいなみふうき
第1話 二人で転生?
夢を見た――――
金髪碧眼の美しい女性――――
輝くような笑顔――――
そして―――
―――来てくれてありがとう
―――ノッ……
――――――――
その日の朝、俺はいつもどおり寮の部屋を出て学校に向かった。
(不思議な夢だったな……)
どのような内容だったのかは今ひとつハッキリと覚えていない。
ただ、金髪の女性の、俺よりは少し歳上に見える美しい女性の笑顔は鮮明に記憶に残っている。
(すごく綺麗な人だったなぁ……)
そんなことを考えながら歩いているうちに寮と同じ敷地内にある学園に着いた。
正面入口に設置されている生体認証装置に手をかざす。
『高等部2年2組ノルタ=ノシオ』
俺の所属クラスと名前が画面に表示される。
靴を履き替えて教室に向かおうとした時、俺の横を一人の女子生徒が長い髪をたなびかせながら通り過ぎていった。
ほのかに花のような香りがする。
(この香り……)
十六歳の男子高校生の心臓をドキドキさせるのに十分な
だがそれだけではなく、どういうわけかその香りは、俺の心の深い部分に訴えかけるような何かがある、そんな香りだった。
(あの子……)
チラッと横顔を見ただけだったが、同じクラスの女子ではない。
(他の組の女子か……)
その日は夢のことが頭から離れなくて、
そして、朝にすれ違った女子のことも気になる。
寮の部屋に帰っても気になって気になって、結局夜中過ぎまで寝付けなかった。
そして案の定、次の日は寝過ごしてしまった。
(くそ……
なんとか売店でパンを買って休み時間にでも食おうと考えて、ダッシュで学園に行き売店に駆け込んだ。
その時、ちょうど一人の女子生徒が売店からて出てくるところに鉢合わせた。昨日すれ違った花の香りの女子だ。
(やべっ……!)
とっさに体をひねって激突は避けたものの、肩が軽く彼女に当たってしまった。
彼女も突然のことで身構える間もなかったようで、体勢を崩してしまった。
「あっ……」
彼女の口から小さな声が漏れた。
よろめく彼女。
(……!)
俺は咄嗟に手を伸ばして、彼女を支えようと手首のあたりを掴んだ。
その瞬間……
カッ!――――
目の前が一瞬白くなったかと思うと、俺が手を掴んだ少女の顔が、夢で見た金髪の女性の顔とダブって見えた。
(えっ……!?)
俺は驚いて思わず彼女を見つめてしまった。彼女も驚いたような表情をしている。
その状態でしばらく、といっても数秒だが、俺は彼女の手首を掴んだまま動けずにいた。
「あ……ご、ごめんなさい!」
俺はハッとして、彼女から手を離して謝った。
彼女も一瞬の驚きから立ち直って手を引きながら、
「き……気をつけなさいよね!」
と強い口調で言って俺を睨みつけた。
その強めでツンとしたキツい物言い、
(なんか懐かしい……?)
不思議に思いつつも俺は思わず顔をほころばせてしまった。
「なにをニヤニヤしてるのよ!」
そんな俺を見て彼女がすかさず鋭い言葉を浴びせてきた。
「ごめんなさい!」
俺もすかさず謝った。
彼女はプイッと顔を背けながら売店を後にした。
彼女の後ろ姿を呑気に見送っていると予鈴が鳴り、俺は慌てて菓子パンを買って教室へとダッシュした。
とりあえずギリギリ授業開始に間に合って俺は席に着くと、授業内容などそっちのけで今しがたの出来事を思い返した。
女子生徒とダブって見えた金髪の女性は間違いなく昨日の夢で見た女性だ。
(あれはただの夢じゃなかったのか……もしかして過去の記憶……?)
と、考えているうちに一人の女性の名が不意に思い浮かんだ。
(テシリア……)
すると、その名に呼応するかのように様々な記憶が俺の頭の中に蘇ってきた。
(うわ……これって!)
ノール伯爵家のノッシュとしての記憶、そしてその前世の日本人だった時の記憶が怒涛のように押し寄せてきた。
(もしかして俺はまた転生したのか?)
という思いが頭に浮かぶ。
(ていうか俺、死んだっけ……?)
どうやら今いるところは日本のようだが俺が知っている前世(もしくは前前世)とは微妙に違っているように思う。
そもそもこの学園も前世の記憶にはない場所だ。
だがここがリガ王国ではないことも確かだ。あの女子生徒も一瞬テシリアの顔がダブって見えたとはいえ、実際は全く違う人間だ。
鉢合わせに驚いて夢で見た顔が呼び起こされただけ、ということなのかもしれないではないか。
だが、気になる。少なくとも今朝、目が覚めた時点では覚えていなかったテシリアの名を、かの女子生徒との鉢合わせで思い出したのだ。
リガ王国での最後の記憶は俺の実家のノール伯爵家のバルコニーだ。そしてその時はテシリアも一緒だった。
(もし、転生したのだとしたら、今度はテシリアも一緒に……?)
という可能性も考えられる。だが、そうすると、
(まさかテシリアも死んでしまったということなのか……)
などという考えが浮かんできてしまい、俺の背筋をゾッとさせた。
結局その日も昨日と同様、いや昨日以上にあれこれと考えをめぐらして、集中できずに過ごした。
そして授業が終わり帰り支度をしながら、
(さっきの女子と話ができないかな……)
と、ソワソワしながら俺は考えた。
彼女がテシリアで、俺と同じくこの世界に転生(とりあえずはそう考えておく)した可能性が高いと思ってはいたが、そこはやはりしっかりと確認をしたい。
昼に学食で遠くの席にいる彼女が見えたが、近寄って声をかけることはできなかった。
なぜなら、この世界でも俺は陰キャブサメン非モテだからだ。
(なんでいつもこうなるかなぁ……)
どうやら俺は陰キャブサメン非モテ
彼女が間違いなくテシリアなのであれば俺も声をかけやすい。
(友達以上認定はしてもらえたしな)
そう、友達以上認定があれば、いくら俺が陰キャブサメン非モテであっても声をかける程度なら怒られないはずだ。
(多分……)
だが、先ほど彼女とテシリアの顔がダブって見えたのが、単なる俺の幻影か妄想だとしたら、
(気安く声をかけたりしたらとんでもない事態になってしまう……)
と、俺の中の陰キャブサメン非モテ警報が告げている。
(朝だって思いっきり塩対応だったもんなぁ……)
そんなことをつらつらと考えながら校舎を後にしようとすると、出てすぐのところにテシリア(仮)(以下同じ)が立っていた。
(あ……!)
彼女の存在にすぐに気がついた俺は、間違いなく嬉しさが顔に出てしまっていたであろう。
テシリアは真剣な
俺は彼女に向かって歩いていき、あと数歩というところで立ち止まった。
「あの……」
とりあえず何か話そうと俺は声を出したが、次の言葉が出てこなかった。
すると、
「ちょっと向こうで話さない?」
とテシリアは校舎と寮の間にある広い中庭を指しながら言った。
「はい」
俺は素直に答えて彼女の後について行った。
学園の中庭は殆ど公園と言っていいほどの広さがあり、広い池の周りに木々が植えられており、心地よい木陰を提供している。
俺とテシリアは木々の影になっている目立たないベンチに腰掛けた。
(ここなら誰かに見られる心配も少なそうだ)
もちろん俺は、座る時にテシリアと適度に間を空けて座った。
当然のことながらもっと近くに座りたいのだが、これ以上近づくと警戒区域を越えたと彼女にみなされるのではないかと恐れたからだ。
(下手すると陰キャブサメンどころか変態認定されてしまう……)
俺がベンチに腰掛けるのを見るとテシリアが言った。
「聞きたいことがあるんだけど」
真剣で鋭い目つきだ。だが、冷たさや意地の悪さなどは感じられない。
「はい……」
緊張気味に俺は答えた。
「あなたは……あなたの名はノッシュ=ノールよね?」
「へっ?」
彼女からいきなりそう聞かれて、俺は思いっきり間抜けな声で答えてしまった。
「あ……違ってたらごめんなさい」
俺の変な反応を見て、名前を間違ったのかと思ったらしく、テシリアはやや慌て気味に言った。
「あなたの顔が、その……私がよく知っている人の顔に似ているから、もしかしたらって思ったの」
やや恥ずかしげにテシリアが言った。
(か、かわいいぃいいーーーー!)
しかも、しかもだ!
私がよく知っている、と言ってくれたのだ。
私が知っている、ではない。
私がよく知っている、だ!
「い……いえ、間違っていません」
俺が言うと、
「え?」
とテシリアは少し驚いた顔をして俺を見た。
「俺は、あなたが言うとおりノッシュ=ノールです、テ……」
彼女の名を呼ぼうとして一瞬躊躇したが、
(ここは、男だ、ノッシュ!)
と、自分自身に発破をかけて俺は彼女の名を呼んだ。
「……テシリア」
俺の呼びかけにテシリアは大きく目を開いた。
そして、ホッとしたように、
「よかったぁ」
と言うと、ニッコリと微笑みかけてくれた。
(まさに天使の笑顔!)
今、目の前にいる少女は本来のテシリアとは違い、黒髪で黒い瞳の日本人風の少女だ。
だがその輝く笑顔は、紛うことなきテシリアのものだと俺は確信を持って思った。
「それじゃ、ノッシュ?」
表情をやや真剣にしてテシリアが言った。
「はい?」
「ここは、どこなの?」
「え……えっと……」
「……?」
「俺もよくわかりません……」
「そう……」
しばしの沈黙。
(やばい、何か言わなきゃ!)
「えっと……とりあえずは、ここがどういうところなのかとか、なんでここにとかは……」
取り繕うように俺は言った。
「ええ」
「その……ふ、二人で調べたり考えたりしていくというのは……どうかなと思うのですが……」
俺がややしどろもどろで言うと、
「……そうね」
と、さっきの天使の笑顔はとっくに消えてしまい、やや塩対応気味にテシリアは言った。
(ああ……またテシリアが塩対応にぃーー……)
とはいえ、塩対応なテシリアも俺は決して嫌いではないのだが。
とまあ、
そして、学園生活を二人揃って送っていくことになりそうである。
(まさに青春って感じだよな)
俺はほくそ笑んでしまいそうになるのをテシリアに見られないようにしながら、そっと拳を握りしめた。
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