【おまけ話】危険なデート3

 スノーによって犯罪者らの対処も被害者である雪太と子供の確保も済んでいたため、警察が来てからの処理は比較的スムーズに進んだ。

 雪太と子供は真直ぐに病院へ運ばれ、スノーはカメラのデータを渡すなど事情徴収に連れていかれた。

 いかに高度なAIシステムによって警察の手続きも迅速化したとはいえ、事情徴収には相当な時間がかかる。

 スノーが病院にいる雪太の元まで辿り着くには一日半かかった。

「おはようございます、雪太。元気そうでよかったです! 雪太が死んじゃったら、スノーちゃんは、スノーちゃんは!」

 ガラリと個人病室のドアを開け、雪太と目を合わせるなりスノーが唇をわなわなと震わせる。

 大量のフルーツが入ったバスケットをベッド横の小さな机に置くと、雪太の手の甲にそっと自分の手のひらを重ねて彼の顔を覗き込んだ。

 揺れる瞳がわりと元気そうな雪太への安心と「もしも」への不安で揺れていた。

 ふんわりと笑った雪太が「落ち着いて」とスノーの頭に手をやって、ゆっくりと撫でる。

「大丈夫だよ、スノー。頑張ってくれてありがとうね。手当も、戦うのも。俺、実はずっと意識があったんだ。スノーが一生懸命に戦ってるとこ見てたよ」

 雪太の様子は非常に和やかで家事を頑張ったスノーを褒める時と同じ調子だが、過去に家族を失った暴力性を見せつけてしまった彼女はサァッと顔色を青くした。

 細かく震え始めたスノーの小さな手を雪太が温かな手のひらで包んで温め直す。

「スノー、大丈夫だよ。俺、スノーが強くて良かったなって思ったから。格好良かったよ。俺や小さい子のこと、守ってくれてありがとうね」

「……はい」

 コックリと頷いたスノーは俯いていて鼻声になっている。

「落ち着いて、落ち着いて。俺はスノーのこと嫌いにならないからさ。でも、けっこう暴れちゃったけど警察に怒られなかった?」

「はい。今回は腕を折る程度に留めたので大したお咎めはありませんでした。まあ、事情徴収の関係でスノーちゃんがスノーちゃんだったことがバレて、またコイツか……みたいな目では見られちゃいましたが。基本的に殺していなくても骨折させるのはアウトだそうです。子供を助けたこと自体は褒められたのですが……やって良いことと悪い事の差が分かりにくいです」

 しょぼんとするスノーだが当たり前である。

 雪太が殺されかけて犯罪者を蹴飛ばしただけならばまだしも、腕まで折るのは明らかな過剰防衛だ。

 まあ、今のところはAI搭載のロボットに対する法規制の動きが議論の段階から凍結されてしまっているため、当面はスノーが多少、犯罪者を害したところで咎められることはなさそうだが。

「ところで雪太、怪我の具合はどうですか? スノーちゃん、真直ぐに雪太のところに来ちゃったから詳しい事を何も知らないのです。痛いところはありませんか?」

 スノーの脳裏に手当をした時の雪太の身体がよぎる。

 赤くなっていた打撲跡は紫の痣になっているかもしれない。

 薄い脂肪の奥にある肋骨にはヒビが入っていたり、最悪、折れていたりするかもしれない。

 不安が残る状態で分断され、一日以上も経過したスノーが激しいハグ欲を抑えつけて側に駆け寄る程度にしているのも、疲弊した雪太の身体に気を遣っているからだ。

 労わるようなスノーの視線に雪太がゆるりと首を振る。

「もう、だいぶ良いよ。幸いなことに骨とか神経には傷がついてなかったし、スノーが適切な手当てをしてくれたから怪我も悪化しなかったんだ。まだ痣はあるけど、そういうところ以外は痛くないよ」

「そうでしたか。それは良かったです。ですが、すみません、雪太。スノーちゃんがついていたのに怪我をさせてしまって。しかも、スノーちゃんを守るために怪我をさせてしまって」

 スノーにとって大切な物は一に雪太、二に雪太、三、四を飛ばして五に雪太だ。

 自分のことなどどうでもいい。

 死んでもいいから雪太を守りたい。

 それが基本であり心の一番大切な部分を占めているから、自分のせいで雪太を怪我させたという事実がどうしても許せず、自身への怒りでいっぱいだった。

 ギュッと握った手が細かく揺れている。

「大丈夫だよ。あのさ、俺だってスノーのことが大好きなんだ。守りたいって思うし、今スノーが無事でよかったって心から思うからさ、そんなに謝んないでよ。俺、スノーが側に居てくれて嬉しいよ」

「雪太……!!」

 感極まったスノーがパッと顔を上げれば、それに合わせて雪太が両腕を広げる。

 スノーはいそいそと靴を脱ぎ、モギュッと抱き着こうとベッドに這い上がったのだが、いざ抱き締めようとした時に雪太の頬についた痣が気になって固まった。

 脳裏には背中についているだろう打撲痕がよぎっている。

『どうしましょう、雪太がいない一晩を過ごして過去の悪夢に雪太が消えてしまう悪夢、そして雪太に蔑まれるという悪夢を見て凍えたスノーちゃんが抱き着いたらムギュムギュじゃすまないです! ムギムギしてモギュモギュしてチュッチュで雪太の治りかけの傷を悪化させちゃうかもしれないです! そんなの嫌ですよ、雪太!!』

 スノーの中で雪太を大切にして丁重に扱い、大人しく傷の回復を待ちたい気持ちと甘えまくってスケベしたい気持ちがケンカし始めた。

 タラリと背中に嫌な汗を流しながら雪太の顔を覗き見れば、彼は不思議そうに首を傾げて両腕を揺らしている。

 最上級の癒しが誘惑をしていた。

『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 雪太が誘惑を! 雪太が誘惑を!! スノーちゃん、今、最高に飢えているのに、スノーちゃん、今、最高に飢えているのに! よりによってエッチな服を着た雪太がスノーちゃんに誘惑を!?!?』

 脳内で叫び、毛布がズレて露わになった雪太の姿を見て酷く悶える。

 雪太は病院で支給された手術や検査を行いやすい衣服を着ていたのだが、半袖短パンであり衣服の側面が紐で結ばれただけの簡素な衣服がスノーにはスケベに特化したイヤらしいデザインに見えたらしい。

 色んな意味でスノーは少なくとも一度、叱られた方が良い。

 ガッツリ叱られた方が良い。

『脇と横腹の真っ白スベスベお肌がチラチラして、鎖骨もチラチラ……多分、太ももが出てますよね? 上も下も、中に何も着ていなさそうな雰囲気がありますね……』

 ゴクリと喉が鳴った。

「ねえ、スノー、さっきからどうしたの? なんか変だよ?」

「……スノーちゃん、甘えたいです、雪太」

「う、うん。知ってるよ。知ってるけど、あの、大丈夫? 目の焦点もあってないし、なんか上の空じゃない? あ! もしかして抱き締められるのを待ってたの?」

 甘えたいというより甘やかされてヨシヨシされたかったのかな? と、見当違いを起こした雪太が、

「気が付かなくてごめんね」

 と、スノーの脳を刺激する優しさを振りまきながら彼女を抱き寄せる。

「スノーは頑張ったんだから、たくさん俺に甘えてもいいんだよ」

 糖度の高い一押しでスノーの理性がブツンと千切れて壊れた。

 スノーは無言で雪太の腕の中から脱出し、バサッとシーツを捲り上げて緩く開かれた雪太の両太ももの間に顔をねじ込む。

 それから滑らかな肌にモチモチの頬をすり寄せ、満足するとあむあむと甘噛みしたりチュッときつく吸って跡をつけたりし始めた。

 いつもならば、

「予想通り絶対領域ができてましたね、雪太!! 愛しいモモです! えへへ!!」

 と、変態ムーブをしながら甘えるのだが、今日のスノーは飢えを満たすことに特化しているので無駄口は叩かない。

 代わりに目がガンギマッて、鼻息が荒くなっていた。

 脳内だけが騒がしい静かな変態の爆誕である。

 虚を突かれて固まっていた雪太だが、すぐにスノーのしていることに気が付くと顔面を真っ赤に染め上げた。

「わぁぁ! 何やってるの! スノー!! 駄目! 駄目だってば!」

 太ももの内側を攻め、段々と際どい位置までせり上がってくるスノーの頭を押さえつけたり、ズボンを引っ張って肌の面積を少なくしたりして対抗するのだが、まあ、スノーにきく訳が無い。

「雪太、失礼しますね」

 熱い吐息交じりの言葉を吐いて雪太をクルリとひっくり返す。

 太ももを隠すためにズボンを下げた影響でほんの少しだけお尻が出ていた。

 頭隠して尻隠さず、ということわざのうように、雪太は何処かを隠すと別の場所が出る。

「……スノーちゃんは雪太が下半身にほとんど怪我を負っていないことを知っています。下半身になら甘えても大丈夫なはず……スノーちゃんは良い子です。スノーちゃんは良い子です」

 うわごとのように言葉を繰り返すスノーがロクな事をした試しがない。

 案の定スノーは雪太のズボンに手をかけ、グッと力を込めた。

 下着ごとお尻を露出させられる前に雪太もズボンを握って上に引っ張る。

「ダメダメダメ! ここは病院なんだよ! イヤらしいことをする場所じゃないの!」

「でも、雪太!」

「でもじゃないの! 駄目! 病院でスケベな事をするロボットは悪い子だよ」

 大切な人から切り離されないようにするため、執拗に「良い子」にこだわるスノーだ。

 彼女は雪太から出される「悪い子」という言葉に反応してビクッと肩を跳ね上げると、そろそろと彼から離れてシーツを被った。

「あんなにハレンチな格好なのに、いっぱい甘えて良いよって言ったのに、雪太が嘘ついてスノーちゃんを虐めました。酷いです、雪太。酷いです」

 ベッドの端にできた白い布の塊がボソボソと言いがかりをつけながらどんよりとしたオーラを病室に振りまく。

 雪太が、「ねえ、スノー」と声を掛けても彼女は、

「スノーちゃんは悪い子なので旦那の言葉を無視します。知らないです」

 と、シーツの中で顔を背けて唇を尖らせた。

 すっかりといじけきってしまっている。

 スノーの身勝手な様子に雪太がムッと口を尖らせた。

「ふーん。じゃあ、俺も悪い人間だからスノーのことなんか知らないからね」

「……」

「自制できないロボットなんて知らないからね」

「……」

「病院で無理矢理エッチなことをしようとするロボットなんて知らないからね」

「……」

 小学生同士の争いを彷彿とさせるソレは意地の張り合いである。

 より頑固で気の強い方が勝者となるわけだが、戦いを制したのは雪太とスノーのどちらでもなかった。

 三十分以上もかかったケンカの結果はドロー、すなわち引き分けである。

 すっかり日系したスノーがモソモソとシーツの中から這い出て、

「雪太、スノーちゃんはもういじけないし無理矢理スケベな事もしないし無視もしないので、雄っぱ……鎖骨だけ吸わせてください」

 と、再度おねだりをする。

 喧嘩中、ちょっぴり泣いていたようだ。

 潤む瞳に上目遣いが可愛らしい。

「雄っぱいって言おうとした!? 流石にダメだよ。でも、鎖骨なら……静かにできるなら良いよ」

 雪太が胸元の衣服を引っ張って鎖骨を露出するとスノーが抱き着いて、ちゅっ、ちゅっと攻撃性の薄い吸血鬼のように肌を吸い始めた。

 意外と吸引力の弱いソレは正に甘えているといった様子だ。

 元気なくへにょった髪を雪太がゆっくりと手櫛で梳かす。

「スノーに『悪い子』は言いすぎだったよ。ごめん」

「いえ、確かに飢え過ぎたスノーちゃんは悪い子だったので。雪太、ごめんなさい」

「いいよ。俺もスノーとイチャつくのが嫌だったわけじゃないんだ。ただ、ここは病院だからさ。今日、退院する予定だから続きは家でしよう」

 パッと嬉しそうに顔を上げたスノーだったが、少しすると眉を八の字に下げ、フルフルと首を振った。

「いえ、やっぱりいいです。雪太を摂取して良い子に戻ったスノーちゃんはさっきまでのスノーちゃんが悪い子だったって、ちゃんと分かっているんです。緩くても抱き着いて眠れればスノーちゃんは飢えないので、ちゃんと我慢できます。もう、病人に無茶をさせるような真似はしないから大丈夫ですよ」

 ニッと笑うスノーに雪太はモゴモゴと口を動かすと、赤い顔で言い難そうに口を開いた。

「や、あの、心配してくれるのは嬉しいんだけれど、俺、もう本当にけっこう体調は良いんだ。だから、その……」

 皆まで言わずとも察してくれ! と言いたいのだろう。

 雪太はそれ以上の言葉を発さず、モジモジと指を擦り合わせた。

 これに対し、スノーが欲から脱した悟りの目で優しく雪太を見つめる。

 なお、諭すような口調で出される言葉は、

「でも、セクシー大根の時みたいに無茶な格好をさせたら怪我が悪化するかもしれないでしょう? スノーちゃんに責めを許したら封印していた飢餓が目覚め、貪りますよ。全身を貪って、怪我とか関係なしに動けなくしますよ。怪我人にさせることじゃないですが、暴徒と化したスノーちゃんならやりますよ」

 といったように煩悩まみれだ。

 自分のことをよく理解している。

 流石は高性能AIといったところだろうか。

 雪太もかなり細かくスノーのことを理解しているので、何度も大変なことになった過去を思い出し、ふいっと目を背けた。

「それはそうだけど、でも……」

「あんなに文句言ってたのに、スケベなことしたいんですか。食い下がるんですか」

 スノーのジト目に雪太は恥ずかしそうに頬を赤らめながらコクリと頷いた。

「あと、その、今回は俺が甘えたい」

「雪太が!?!?」

 スノーが目をまん丸くすると、雪太は小さく頷いて俯いたまま、

「今回は基本的に俺がリードしたい」

 と、続けた。

 本来ならば、恥ずかしがってあまり激しく触れてこない雪太がベタベタッと甘えてくれるというのは、スノーにとって千両箱に匹敵する褒美となる。

 真っ赤になって主導権を握りたいと申告する姿を含め、とんでもないご褒美である。

 ただ、お察しの通り今回は例外なのだ。

 スノーはドギドギと心臓パーツを暴れさせ、激しく動揺していた。

『ど、どうしましょう。普段ならご褒美なんですよ! モジモジ雪太がたま~にスノーちゃんをいじめにかかってくるという、最高のご褒美なんですよ。ただ、うぅ……我慢できるでしょうか……』

 雪太がそういう状態になる時、スノーは一切手を出してはいけないという暗黙のルールがある。

 雪太を無茶させないためにも、特に今夜は積極的にルールを適用していく必要があるだろう。

 チラリと表情を見れば雪太がモジモジとしたままスノーの様子を窺っているのが見えた。

『期待している雪太に駄目! とは言えないですよ、スノーちゃんは!!』

 結局、しばらく黙考していたスノーは覚悟を決めて頷いた。

 帰宅後、想像以上に激しかった雪太のソレを記録することで何とか気を紛らわし、激戦を乗り切ったスノーは彼の傷が癒えた頃に仕返しをしたとか、していないとか……

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罪深きロボットさん 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿 @SorairoMomiji

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