【おまけ話】危険なデート2

 たどり着いたのはショッピングセンターの外。

 建物の入り組んだところにある、路地裏を彷彿とさせるような狭くて薄暗い不潔な場所だった。

 雪太とスノーがいるのは入り口付近の壁際だ。

 細長い道の先ではガタイの良い、明らかに気質では無い風貌の男性が二人、ヒソヒソと会話をしている。

 その足元には、縛られた手足をダランとコンクリートに投げ出した小さな子供が横たわっている。

 スノーの鋭敏な嗅覚が微かに血の匂いを嗅ぎとった。

『怪我をしているようですが、あの子は生きてるみたいです。あの犯罪者たちはこれから二人を隠れ家のような場所へ連れて行き、ご両親に身代金を要求するおつもりの様ですよ』

 スノーがボソボソと雪太に耳打ちをする。

 雪太の目には子供が死んでしまっているように見えたので、一間でホッと胸を撫で下ろした。

『生きてるのか。それは良かった。でも、こういう時ってどうしたらいいんだろう。つい、ここまで来ちゃったけど……』

 平常時であれば脳も冷静なのでいくつか取れそうな手段を考えられるのだが、現在は犯罪を前に緊張して不安にさらされ、頭が真っ白になってしまっているため全くもって案が浮かばない。

 これに対し過去に一度、凶悪な犯罪に直面しており、雪太佐伯機に晒されなければ基本的に動揺することがないスノーはいたって冷静だ。

 初期装備として頭脳部に備え付けられた犯罪対策マニュアルを元に取るべき行動を割り出していく。

『こういう時、素人が何かをするのは得策ではないです。スノーちゃんは多少は戦えますが、何人いるとも分からない犯罪者たちを返り討ちにできる保証はないですし、もう人間は害さないと決めたのでまともに戦えません。ですので、スノーちゃんに搭載された緊急連絡システムを利用して警察を呼ぼうかと思います』

 キッパリと宣言すると、それからテキパキとした様子で通報を始める。

 それからしばらくの間、押し黙って警察とのメッセージのやり取りに集中する。

 いかに高性能なロボットとはいえ、通報中は意識を分割して雪太や犯罪者の方へ向けることができないらしい。

 スノーの瞳が上の空になって焦点が合わなくなっていく。

 雪太はモゾモゾとしながら周囲を見回していたのだが、不意にスノーの後ろで影が大きく揺らぐのが見えた。

「スノー、危ない!!」

 切羽詰まった叫びをあげてドンとスノーの身体を押し倒す。

 真直ぐ振り下ろされた棒状の鈍器が彼女の頭の代わりに雪太の背中を打った。

「———っ!!」

 とっさの行動をとってしまった雪太は自分が何をして、何をされたのかさえまともに理解していない。

 背中に強い衝撃を覚えて二酸化炭素すら溢れない咳を吐き出す。

 殴られた数秒後、背中に鈍い痛みと鋭い熱が広がっていった。

 打撲痕しかないはずの背中が血にまみれているような気がして、雪太の背中がゾクリと震える。

『犯罪者は二人だけじゃなかったのか』

 見張り役のような存在なのか、あるいは子供と実行犯を連れて隠れ家へと連れていく運転役なのか。

 犯罪者グループは少なくとも合計で三人いたらしい。

 スノーを押し倒した勢いで、そのまま地面へと投げ出される。

 雪太は痛みで唾液を垂らしながら顔を上げ、自分を殴りつけた男性の姿を確認した。

 凶悪な目つきの奥底は冷酷で、男性は虫けらでも眺めるかのように雪太やスノーを見下している。

 この世の人間を人殺し可能な者と不可能なもので分離すれば、男性は間違いなく前者に入ると雪太の直感が告げていた。

『苦しくて息が詰まりそうだ。吐き気がする。熱くて痛い』

 激しい痛みにうずくまり、呻きながら震えていたい。

 これ以上、痛みを感じたくない。

 傷つけられたくないし、死にたくない。

 だが、雪太は勇気を振り絞って丸まりそうになる体を広げると、モゾモゾと這いつくばってスノーの上に覆いかぶさった。

 ギュッと彼女の頭を抱きかかえ、男に壊されてしまわないように必死でスノーを守る。

 雪太の一連の行動を嗜虐的なニヤニヤ笑いで眺めていた男性が不快そうに顔を歪め、舌打ちをした。

「退けよ、気持ちわりぃな。そいつカジロだろ? その手の機械は防犯機能がついてるからな、まともに動くと面倒くせぇんだよ。半殺しで許してやっからよ、さっさと退けろよ」

 イライラとした言葉には酷い侮蔑が漂っている。

 だが、雪太は恐怖で心身を侵されながらも涙の溢れる瞳をキツくつり上げてブンブンと首を横に振った。

 すると、再度舌打ちをした男が何度も雪太のわき腹を蹴っ飛ばし、金属バットの先でガンと頬をぶった。

 雪太の口内にじんわりと血の味が広がる。

「クソッ! 退けねぇな……お前、ただの機械ごときにそこまですんのかよ。僕の可愛いお嫁さんってか? マジで気持ちわりぃな。もういいわ。元から何人か殺すつもりだったし、ガキも上手くいかなきゃ殺すつもりだったんだから、一人くらい大した事ねぇよな? そんなに死にてぇならお人形さんもろとも殺してやるよ」

 下卑た笑いを溢す男性からは一切の躊躇が見られない。

 金属バットが振り上げられて大きな放物線を描く。

 スイカ割りでもするかのように真直ぐ振り下ろされた金属の塊を受け止めたのは雪太の頭ではなく、ギリギリで意識を取り戻したスノーだった。

「よくも、よくもよくもよくもよくもよくも!!!! よくも私のかわいい雪太を!!!!」

 絶叫と共に金属バットを握り潰す。

 小さく可愛らしい手のひらの中でバットは不細工な粘土細工のようにグニャリと形を変える。

 スノーが手首のスナップを利かせて捻じれば簡単に先がちぎれた。

 ビュッと投げつけられた金属バットの先が男性の頬を掠め、タラリと流血する。

 気が付けば投げ終わりのフォームに変わっていたスノーの手首を見つめ、男性の瞳孔が大きく開いた。

「人のことは平気で殴れるくせに、いざ自分がその番になったらお漏らしですか? 汚くて惨めな屑ですね。死んだ方が良いと思いますよ。まあ、スノーちゃんは殺せないので殺しはしませんが」

 侮蔑の瞳で丸く濡れたズボンを一瞥し、男性が固まったまま動けないでいるのを見ると、すぐさま雪太の怪我を確認し始めた。

 腹に仕込んでいた救急箱を取り出し、刻まれたデータを活用してテキパキと応急手当を行っていく。

 その姿や先程までのスノーの態度、言動が男性の癪に障ったらしい。

「テメェ! あんま舐めんなよ!」

 怒りなのか恐怖なのか、ガタガタと揺れる口を動かして半分だけ呂律の回った叫びをあげる。

 先の尖った金属バットという凶悪な武器を手にスノーめがけて突進してくる。

 スノーはチラリとだけ男性を見て様子を確認すると、

「雪太、命に別状はなさそうですよ、良かったです。でも、スノーちゃんがいたのに雪太を守れなくてごめんなさい。守らせてしまってごめんなさい。すぐに戻ってきますから、少し休んでいてくださいね」

 と、雪太の眠りかける瞼に口づけを落とした。

 それから振り向きざまに男性の腹に蹴りを入れて吹き飛ばし、巨体をコンクリートの壁に打ち付ける。

「ガッ!」

 壁とぶつかった衝撃で全身が激しく揺れ、ひとりでに大きく空いた口から唾液と痛々しい潰れた悲鳴が飛び出した。

 しかし、感情と心があっても人間の倫理観と特定の相手以外への共感性を持たぬスノーは男性に一切同情せず、カツカツと冷酷に歩み寄ってダランと垂れた腕を踏みつけた。

「これが雪太に悪い事をした腕ですか? 要らない、要らない、要らない、屑の腕ですか? ねえ?」

 ギシギシと体重をかけながら狂気的な瞳で男性の目を覗き込み、淡々と問う。

 その姿はまるでイカれた殺人人形だ。

 恐怖と苦痛で瞳を潤ませる男性にどこまでも蔑んだ眼差しを向けると、スノーはアッサリと男性の腕を折った。

 骨の折れる音と共に恐怖と痛みが最高潮にまで達した男性は下を出して気絶する。

 最後の方には悲鳴すら漏らさなかった男性だが追加でお漏らしをしたらしく、地面が濡れて灰色に変色していた。

 最悪の場合は大もしている。

 醜悪だ。

「きったないですね……で、いつまでそこで震えているんですか? スノーちゃんは雪太の安全を確保しなきゃいけないんです。貴方たちにも気絶してもらわなきゃ困るんですよ?」

 ギギギと首を動かして、道の奥からコソコソとスノーたちの様子を窺っていた誘拐犯を睨みつける。

 どうやら彼らは途中からスノーの大暴れに気が付いていたようだが、男性がいたぶられているの見て恐怖し、その場に立ちすくんでいたらしい。

 スノーの視線にびくりと肩を揺らし、二人揃って抱き合った。

「何ですか? その被害者面は。被害者はスノーちゃんのかわいすぎる雪太と貴方たちなんかに怪我をさせられた子供です。スノーちゃんは諸事情から子供に触れないようにしていますが、昔の名残でけっこう子供は好きなんですよ? 守りたいと思うんですよ? ねえ、お世話ロボットとして作られたスノーちゃんの庇護欲の高さ、舐めないでくださいね?」

 お漏らし男性に歩み寄った時のように、スノーは一定のトーンで言葉を口にし、ジリジリと寄っていく。

 我慢の限界に達した屑がもう一人の屑を押しのけて奥の方へ逃げ込む。

「あっ、あっ……」

 押しのけられた男性は壁にぶつかって負傷した腕を押さえ、ガタガタと震えている。

「気絶してください」

 男性のわき腹スレスレの壁をスノーがガンと蹴とばした。

 コンクリートに蜘蛛の巣状の亀裂が入り、男性の喉がヒュッと鳴る。

 示し合わせたようにおもらし男性と同じ表情になって、同程度に瞳孔を開く。

「私利私欲で他者を傷つける。貴方のような屑は死んだ方が良いのではないかと思いますが、スノーちゃんは良い子ですから殺しません。雪太と一緒にいたいから殺しません。壁で許してあげます。早く気絶してください、早く気絶してください、早く気絶してください」

 うわごとのように繰り返しながら何度も足の裏で壁を抉る。

 ガンッ、ガンッという派手な破壊音にすぐ隣から伝わる振動、衝撃、風圧にすっかり恐怖した男性は瞳に涙を溜め、真っ青な死人のような顔で気絶した。

「やっと気絶しましたか。やっぱりスタンガンが欲しいですよ、雪太」

 ボソッと物騒なつぶやきを吐いて、次はお前だ! とばかりに全ての恐怖体験を目視した哀れな犯罪者に目を向ける。

「うわぁぁぁ! 嫌だ嫌だ嫌だ! 死にたくない! お巡りさん!!」

 屍のようになった仲間たちの姿に変形した金属バット、壊れた壁、全てを作り出した悪魔のような機械人形。

 酷い悪夢のような光景に震えあがった最後の犯罪者は醜い叫びをあげると、不格好な走りを見せながら小道を抜け出し、ちょうど到着した警官に縋りついて助けを求めた。

「情けないですね。さすが屑です」

 何とも間抜けな犯罪者にスノーは最後の最後まで嫌悪感を抱いて吐き捨てた。

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