【おまけ話】危険なデート1
とある平日の昼、雪太とスノーは近所のショッピングセンターでデートをしていた。
客は人間ばかりだが店員はロボットばかりだ。
店員に人間が紛れていることも少なくなかった数十年前と比べれば異様な光景に移るが、雪太たちにとっては見慣れた日常の一部でしかない。
むしろショッピングセンター内のテナントでは、個人商店やスーパーと違って意図的に人間を雇っている店が非常に少ないため、こだわりのある高級店扱いとなって周囲から浮くことが多々ある。
さて、センター内には飲食店に服屋、雑貨屋と様々な店があるわけだが、その中には家電量販店もある。
目的があろうとなかろうと一度は最新機器を見に家電量販店へと立ち入るのが雪太だ。
食事を済ませた二人は家電量販店に入って周囲を眺めながらブラブラと歩いていた。
別にスノーはデート先が旦那の趣味に全振りだったからと言ってキレたりはしない。
むしろ最新の機器にキラキラと瞳を輝かせ、周囲をキョロキョロと見まわしながら進んでいく雪太を愛でるのは至福の時だ。
しかし、それが最新家事ロボットのコーナーに入り込むと話は変わってくる。
雪太が嬉しそうに顔を綻ばせながら、
「スノー、これ凄くない!? お腹の所に小さい食洗器が入ってるんだって!」
とはしゃいでいる隣で、スノーは背中に不穏なオーラを纏わせながらグムグムと歯ぎしりをしていた。
『お腹に食洗器!? フン! 無駄に電力を食いますし、重量だって物凄く重くなります。無駄な機能で故障しやすくなるなんてザラですよ! 開発部の人間とお喋りをしている時期があったので、スノーちゃんはよく知っているのです。それに、スノーちゃんなら繊細な食器も洗えますし、食洗器などより素早くお皿洗いをできますよ!! 食洗器なんかよりもいいですよ!!! 大体……』
ジトリと鋭い目つきで例のロボットを睨みつける。
ロボットは腹部に食洗器が搭載されているからか上半身が若干膨らんでおり、下半身が細まっていた。
卵に爪楊枝で足をつけたようで可愛らしいが、少し安定性に難がありそうなデザインだ。
『あんな弱い足腰じゃスノーちゃんのスライディングキックには勝てませんよ! 食洗器の部分は重い上に脆そうですから、そこに拳を叩き込めば簡単に内部から破壊できそうですし。ふふ、新機能が仇となりましたね! ふむ、アレにも勝てます。あの子にもギリギリ勝てます。あと、あっちの子は……単純な力の差であれば負けてしまいますが、賢いスノーちゃんは包丁でもスタンガンでもガスバーナーでも何でも使えるので勝てますね』
目元に影を落とし、クツクツと喉の奥で掠れた悪い笑いを漏らす。
スノーは食洗器ロボを始めとする全てのお世話ロボットに片端からケンカを売り、脳内でフルボッコにするシミュレーションをしてマウントをとりまくっていた。
今のところスノーの一人勝ちである。
スノーがふふん! とドヤ顔を浮かべて雪太の隣を歩いていると、彼がことさら嬉しそうに「スノー、あれ見て!」と、繋いでいた彼女の腕を軽く引いた。
雪太の示す方角にはカジロの付属パーツが売られているコーナーがある。
色違いや丈、デザインの違うメイド服に髪型、目などの追加パーツ。
記憶容量拡張メモリに保存用メモリ、感情表現増加メモリ。
また、業者に出せば今よりも強い防水加工をつけたり腹に食洗器やトースターを仕込めたりするらしい。
他にも見た目や表面上の性別をガラッと変えられたりもするのだとか。
「スノー、前に記憶容量拡張メモリと目にカメラ機能を埋め込むパーツが欲しいって言ってたでしょ。他にアクセサリとかも売ってるし、メイド服も古くなってきちゃったから新しいの買おうかと思って。通販でも買えるけど、俺、こういうのはできるだけ直接買いたいんだ」
自身に向けられた雪太の屈託のない笑顔にスノーの心臓パーツがキュンと軋む。
雪太からのちょっとしたサプライズとプレゼント、それに想いが嬉しくてスノーは人目も憚らず彼にムギュッと抱き着いた。
「嬉しいです、雪太!! まさか雪太はスノーちゃんというものがありながら追加でお世話ロボットを買おうとしているのでは!? 迎えた瞬間に乱闘開始ですよ! バラバラにしてやります! と妄想していたことを謝りますね、雪太!!」
「え!? う、うん。それで、さっき凄い顔をしてたんだね。心配しなくてもスノー以外にお世話ロボットを買うつもりはないよ。他のロボットなら、もうルーちゃんがいるし」
ルーちゃんは数年前に雪太が在庫処分セールで買ってきたお掃除ロボットだ。
あまり高性能ではないAIを平べったく丸っこいシルバーボディに詰め込んだルーちゃんは決して喋ることなく、特に思想を持つことも無く、ただただ黙々と腹につけられたモップや掃除機で床を磨いていく。
ワックスまで使ってフローリングをピカピカにしていく姿は寡黙な職人のようで大変愛らしい。
ルーちゃんは床のみの担当なのでスノーの領分を侵すこともないし、雪太からの扱いもペットに近い。
加えてルーちゃんは一応スノーの先輩であるし、どうにもこうにもライバルになりそうにないので、雪太に近づく可能性があるロボットには軒並み厳しい彼女もルーちゃんのことは可愛がってメンテナンスしたりしていた。
雪太の言葉にスノーはご満悦で、しきりに頷いている。
「ええ。もう、スノーちゃんは疑わないですよ。それよりもスノーちゃんの拡張パーツを見ましょ。前にお願いしたように、スノーちゃんの目がカメラになるパーツは欲しいですよ! メモリも!! そしたら常時雪太を撮影しまくって! メモリに写真と動画を保存しまくって! そして、アルバムを作ったりスリープ時間に眺めまわしたりするんです!! へへへ!!」
寝起きから就寝まで。
いや、眠った後も常にかわいくて撮りどころしかない雪太だ。
雪太を記録しまくって後からニヤニヤと楽しむことはスノーの悲願だった。
鼻息荒く興奮したスノーが頬に手を当てて熱い吐息を漏らす。
口の端から涎を垂らして愛らしく表情を歪ませるスノーに雪太は若干引いている。
「そんな目的でカメラが欲しかったの!? ま、まあ、いいけどさ。でも、ずっと撮られると照れちゃうな。あんまり変なのは撮らないでね?」
不安そうな表情の雪太にスノーがドヤ顔で頷く。
しかし、了承したはずの彼女の言葉が、
「大丈夫ですよ、雪太! スノーちゃんは良い子なので、姿見の前でTシャツの裾をまくって腹筋らしきものを擦っている姿や唐突に始めたノリノリなセルフケツドラム、窓に飛んできた蛾に驚いて飛び退き、尻もちをついた挙句に盛大におならをした姿くらいしか撮りません!」
であるから、全く油断ならない。
何故、この発言で自信満々に振舞えるのか。
結構な謎である。
ちなみに雪太は撮られるとしても精々、スノーが可愛い、可愛いと絶賛していた食事姿や眠っている姿、腹チラくらいだと思っていた。
それが、予想以上に羞恥心を抉る写真を狙っているのだと知り、雪太は赤面して顔面を覆い隠した。
「見てたの!? 全部だめだよ! 特に後半の二つ!!」
そもそも、見られているとは全く思っていなかった痴態を知られているのがキツイ。
耳まで真っ赤にし、ホコホコと湯気を出したまま叱るが言うことを聞くようで聞かない欲に忠実なロボット、スノーは一切ひかない。
一応、主人に許可された行動をとりたい彼女の行動は抗議一択だ。
「そんなこと言わないでください、雪太! 雪太の面白かわいいを日々発見するのがスノーちゃんの生きがいなんです! 油断した時の雪太がかわいすぎて堪らないんです! 奪わないでください!!」
ズイ! ズイ! と一歩一歩を踏みしめて雪太に歩み寄り、そっと手を退けさせてジッと顔を見つめるスノーは控えめに言っても圧が強い。
強すぎる。
曇りなき真剣な眼で覗き込まれ、雪太は頬を真っ赤にしたままフイッと目を逸らした。
「でも、恥ずかしいよ……」
「ありとあらゆる雪太が堪らないですが、照れてる雪太は格別に素晴らしいですね!! そのモジモジ赤面を余すことなく撮りたいです! そうしたら、最近の悪夢にも対抗できますから」
悪夢。
随分と機械らしからぬ話だ。
コテンと首を傾げていると何かを察したらしいスノーが苦笑いを浮かべる。
「機械のスノーちゃんが夢を見るというのもおかしな話なんですけれどね。でも、見るんですよ。悪夢みたいなものを」
お世話ロボットであるスノーは眠らない。
代わりにスリープモードが用意されているが、その特性上、常に薄っすらと意識がある。
人間でいうところのレム睡眠状態に近くなっているスノーは、普段はふわりふわりと白昼夢でも見ているような心地で雪太のことを考えている。
しかし、雪太に過去を打ち明けて以来、のんびりとした白昼夢の時間に過去のトラウマ、すなわち殺人が原因で家族を失ったことを思い出すようになってしまった。
しかも、スノーの場合はロボットという特性上、正しく過去を記憶してメモリに焼き付けているから余計に惨い。
楽しかった日常の思い出話から始まり、グシャリと敵を殺して家族から排除されるまでの過程が鮮明に何度も何度も巡る。
一つまみの塩がスプーン一杯分の甘味を塗りつぶして塩辛くするように、かつての苦い絶望が、雪太が自分を受け入れて愛してくれるというキセキを壊していく。
スノーはスリープモード中と寝起きの精神が酷く支配され、人間でいうところ悪夢に囚われた状態になってしまっていた。
『そういえば最近、スノーが明け方に抱き着いてきてたような。俺も眠かったし、というかほとんど寝てたから甘えたくなったのかなってスルーしてたけど、今思えば震えてたかも』
よくよく思い出してみれば、とことんまで温かくなろうと激しく密着して絡みついてくるスノーは抱き着くというよりもしがみつくと言った方が正しい様子だった。
何だか心配になってチラリとスノーの横顔を盗み見る。
しかし、雪太の不安に反して少ししんみりとしていたスノーは目が合うなり気丈な笑みを浮かべた。
「心配しなくても大丈夫ですよ、雪太。雪太の写真さえスリープモード中に見られるようになれば悪夢を素敵な夢で塗り替えられますから。スノーちゃん、何も怖くないですよ!」
グッと親指を立ててウィンクまでするスノーは明るく元気に見えるが、どこか雪太に心配を掛けまいと気を張るような虚勢的な雰囲気を感じた。
そんな彼女に余計に心配が募り、雪太が眉を下げる。
「そっか。でも、何かあったら教えてね。別に俺が眠ってるところを起こしてくれてもいいからさ。俺、スノーが苦しくて一人で震えてる方が嫌だよ」
繋いだ手をシュルリと引っ張って抱き寄せ、スノーを柔らかく胸に押し込む。
温かくて少しだけ硬いスノーの大好きな雪太の胸。
トクントクンと優しいリズムが実は少し早くなっていたスノーの鼓動を落ち着かせる。
ふわふわな柔軟仕上げ剤の匂いにも癒され、更に緩く頭を抱えられると堪らなくなって目元が嬉しそうに細まり、口元がニヨニヨと歪んでいく。
「雪太! 嬉しいです、雪太!! でも、本当に大丈夫ですからね!」
キャー! とはしゃいだまま雪太の胸にグリグリと顔を押し付けて甘える。
一気に雰囲気が和やかになった二人は、そのまま賑やかに商品を眺めてショッピングを始めた。
当初から購入を検討していたカメラや予定にはなかった補習キットなども買い物かごへ入れ、レジまで持って行く。
後は店員に頼んでスノーの身体にカメラ等を仕込んでもらうだけだ。
ところで、スノーは元々、子どもがいる家庭に購入されることを想定して作られた機械だ。
別売りの子守りカメラや監視カメラを追加できるように設計されているため、目にカメラを埋め込むという大変な行動に対して大規模な改造は必要ない。
せいぜい三十分ほど待っていれば、すぐにカメラを搭載したスノーが帰ってくる。
「ただいま戻りました、雪太! どうですか? アップデートされた感がありますか? さらに綺麗になっちゃいましたか!?」
ふんわりとメイド服の裾を持ち上げてクルリと回る。
たなびく髪に一拍遅れで空気を含んで回るスカートが非常に愛らしい。
満面の笑みを浮かべたスノーの表情だって非常に可愛らしくてドキッと胸が鳴る。
しかし、容姿そのものには全くもって変化がない。
何と言ったものか。
雪太が困ってマゴマゴとしていると、スノーが目元を悪戯っぽく歪ませてニマニマと口角を上げた。
それから真っ白い指先で柔らかく雪太の頬をつつく。
「意地悪してごめんなさい、雪太。カメラは眼球パーツの中に埋め込まれているので見た目には全く変化が見られないんですよ。だから色や大きさも現状維持なんです。でも、困った雪太の反応が見たくなっちゃって。ちなみに今もカメラを回していますよ、動作確認と愛らしすぎる雪太をつぶさに記録するためにね! ふふ、分からないでしょう」
自分の目の下にちょこんと指を当てて笑う。
『本当だ。瞳孔の大きさも視線の動きも何も変わってない。ということは、スノーが動画や写真を撮ってても俺には気がつけないのか。ちょっと気を引き締めて生活した方が良いかもな。スノー、嬉々として恥ずかしいところを撮りそうだし』
油断しきって生活している雪太は隙だらけだ。
ゴロゴロ寝転がったり屈んだりして日常的に腹も腰も尻も出す。
フィーバータイムに突入すると全部いっぺんに出す。
加えて眠りこけた口元からは涎を垂らすし、よく分からない場所でこけたりもする。
突如、奇行を始めることもある。
あんまり変ことはしないぞ! と心に決めた雪太だが、うっかりさんな彼が気を付けて生活したところで悪あがき程度にしかならないだろう。
むしろ、キュッキュと腰を隠して代わりに腹を出してしまうようなハプニングが起こる予感しかしない。
「ふへへ~、変なの撮られないようにって気を張って何とも言えない表情をする雪太、かわいいですね~!!」
「え!? 俺、変な顔してた!? コラ! 今も撮ってるでしょ! ほどほどにしないとすぐにメモリがパンパンになっちゃうよ!」
「確かに、大量に撮った雪太を消去するのは嫌ですね。控えめにしなきゃ……でも、常にかわいい雪太のベストショットが……」
雪太の予想通り、ずっと動画を回しっぱなしにしていたスノーだ。
いくらメモリを拡張し、写真やディスクに画像、動画を保存できるようになったとはいえ限界がある。
撮ったものを極力消去せずに済むよう真剣な表情で唸っていたスノーだが、唐突に顔を上げると、「あれ?」と首を傾げながら周囲を見回し始めた。
まるで周囲の安全を警戒するプレーリードッグである。
「どうしたの? スノー」
「いえ、どこかで子どもの悲鳴が聞こえた気がして。スノーちゃんの耳は高性能ですから、遠くの声を拾ったのかもしれません」
きっと音の聞こえる方角を見つけたのだろう。
一方向を見つめるスノーの表情は訝しげだ。
「気になるの?」
妙にシリアスなスノーにつられて雪太も声を潜める。
スノーは眉間に皺を寄せたままコックリと頷いた。
「子供がはしゃいでいるだけだと良いのですが、何だか掠れていて、切羽詰まった声に聞こえたんです」
大量に人間が集まる場所では犯罪がつきものだ。
どんなに監視カメラやロボットシステムが強化されてセキュリティが向上したとしても、人間がいる限り計画的犯罪も衝動的犯罪も消えない。
すぐに捕まると分かっているはずなのになくならない。
セキュリティ万全で、仮に強盗に成功したとしても数日と待たずして捕まることが予想されるスノー宅にすら、三人も犯罪者がやってきたのだ。
近くに保護者の居ない子供を突発に攫うような、愚かで卑劣な犯罪者がいたとしても不思議ではない。
「声がした方に行ってみようか」
「はい」
頷いたスノーが真剣な表情で聴覚を鋭くしながら進み始める。
その後ろを神妙な面持ちの雪太がついて行った。
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