【おまけ話】雪江さんちの旧式ロボット

 雪太の姉、雪江も比較的人間が嫌いでロボット好きだ。

 だが、雪太と違ってロボットに配偶者的な役割は求めない。

 雪江がお世話ロボットに求めるものは、ただひたすらに癒しだ。

 日常生活を控えめにサポートし、ちょっとしたコミュニケーションで心を温めてくれる愛しいお世話ロボット。

 ペットや子ども、恋人とも違う不可思議な可愛い同居人。

 これこそが雪江の欲している存在であり、彼女は高校生の頃にバイトで貯めた貯金をつぎ込んでお世話ロボット、ツララを購入していた。

 ツララは全長五十センチメートルの丸っこいボディを誇る人間離れしたデザインのロボットで、伸縮自在に動く腕やキュルキュルと回る中くらいの車輪、視覚を担うセンサーなどを持っている。

 機体が縦に二メートル、横に一メートル、幅は五十センチメートルほどなければお世話に適した機能を詰め込むことはできないと言われていた当時ではかなり画期的で機能的なロボットだった。

 しかし、十年近くも経てば次々に新しく便利なロボットが登場するようになる。

 特にツララが登場してから今日までの発展は目覚ましく、あっという間にツララは駄目な旧式ロボットの代表例となってしまった。

 おまけに数年前から劣化が始まっているツララには大分ガタがきており、通常ならば三か月から半年に一回で済むメンテナンスを日常的に行わなければならない段階にまで来ていた。

 午後七時半。

 仕事からの帰り道、雪江が雨で冷えたアスファルトを踏みしめているとバッグの中からピコンという通知音が聞こえてきた。

 ロック画面を確認すればツララと連携しているアプリケーションがメッセージを送ってきているのを確認できる。

『雪江様、揚げ物中に踏み台に油が付着し、横転してしまいました。現在、機体が食用油にまみれて身動きを取ることができません。至急、救助をお願いいたします。なお、火事を防止するためコンロの火は消火しました』

 それなりに背の高い踏み台から転げ落ちて可愛らしい水色の機体を床に打ち付けた上に、油まみれになり、無残に車輪をキュルキュルと回しながら冷たくなって雪江の帰りを待っているのだろうか。

 悲しい情景がアリアリと瞼の裏に浮かんでキュッと心臓が締め付けられる。

 雪江は自宅まで駆け出した。

「遅くなってごめんね! 大丈夫だった!?」

 バァン! と台所のドアを蹴破るかのような勢いで開いて室内を確認すると予想通り、ツララが食用油を踏み台と床、そして己の身体にぶちまけて蠢いていた。

「オカエリナサイマセ、雪江様。急ガセテシマイ、申シ訳アリマセン。体温ト心拍数ガ急上昇シテオリマス。マズハ、オ水デモオ飲ミクダサイ」

 無様に横たわったままギギギと首を回して雪江の方を向き、電子の顔をニコリと微笑ませる。

 線で出来た目と口しかない顔は非常にシンプルだが分かりやすく可愛らしかった。

 雪江はゼェゼェと肩で息をしたままフルフルと首を振ってジャケットを脱ぎ捨てる。

 そして、ブラウスの腕を捲ってニッと笑った。

「まだ大丈夫。それよりもツララのことを起こすよ。起こしたら油を拭くから動かないでね」

 食用油にまみれた身体はテカテカのツルツルになっていて抱き抱えることすら困難なほどだ。

 しかし、カーペットに床が洗剤まみれの浴室、雨水だらけのベランダなど、ありとあらゆる場所で横転したツララを助け起こしてきた雪江にとってはこの程度、朝飯前である。

 まずはシンク近くに引っ掛けてあったフェイスタオルを胴に押し当てて滑りを緩和しながら上半身全体でツララに抱き着き、足の裏から太ももまでシッカリと力を伝達させて転がすように起こす。

 まだ床がヌルついている上に空回りする車輪には食用油が絡みついているため、一歩でも進んだらツララは再び転んでしまうだろうが、取り敢えずは直立することができた。

 ツララの姿を確認した雪江は非常に満足そうな笑みを浮かべている。

「よし、一応は自立できてるね! あとは油を拭っていこうか」

 フェイスタオルの他にキッチンペーパーも使用して丁寧にツララのボディを拭い、床や踏み台なんかも拭いていく。

 器用に壁を利用して車輪もキュッキュと磨いた。

 真っ白なブラウスに油じみを浮かせる姿は大変そうだが少し楽しそうだ。

「ツララのボディが劣化しちゃ困るからキッチリ拭って、後でしっかり正規品のオイルを塗りこんで保護しようね。それに、さっき首がギギギってなったから油も差そうか。車輪はそろそろ交換時かな? ツララの足だから、大切にしなくちゃね」

 ペタペタになったゴムはハリを失い、溝も失いかけてモキュモキュになっている。

 このままではひび割れてパンクしたり、上手く制動できなかったりして事故を招いてしまう。

『もしかしたら踏み台から落ちたのだって車輪のせいだったのかもしれない。最近、忙しさにかまけてメンテナンスがおろそかになっていたの悪かったよね……』

 小さくため息を吐くとツララが直立したままシュルリと鞭のようにしなる腕を伸ばして雪江のブラウスの袖を引っ張った。

「雪江様、最近、腕ガ伸ビニクイデス。上手ク伸ビ縮ミシマセン。危ウク、コンロノ火ヲ消セナイトコロデシタ。雪江様、買イ替エマショウ」

 真顔で雪江を見上げ、ガビガビとした音声で淡々と話す。

 ツララが買い替えろと提案しているのは腕のパーツそのものではない。

 お世話ロボットそのものを買い替えろと言っているのだ。

 何故なら伸縮しにくくなって定位置からはみ出すようになった腕も、聞き取りにくいガビガビの音声も、要領をすり減らして物覚えが悪くなった脳内メモリも、全て買い替えることができないからだ。

 ツララは故障しても直してもらえないのだ。

「そんなこと言わないでよ~! 私はツララが良い!!」

 あまりにも淡白な態度が悲しくなって雪江はヒシッと丸いボディにしがみついたのだが、さすが機械。

 傷心の雪江に対して容赦がない。

 ツララは特に雪江に対して抱き返したり頭を撫でたりするといったケアを行うことは無く、スムーズに液晶にオススメのお世話ロボットを映し出す。

「雪江様、私ハ雪江様ノ感情ヲ十段階デシカ捉エルコトガデキマセンガ、最新型ノオ世話ロボットハ人間ノ感情ヲ五十段階デ理解シ、ヨリ人間ニ寄リ添ウコトガ可能デス。身長モ高ク、イチイチ踏ミ台ヤ雪江様ニオ手伝イイタダク必要ガアリマセン。オススメデス。私ヲスクラップニシテ売レル中身ヲ売ッタオ金ト、私ヲ修理スルノニ使ウハズダッタオ金デヨリ良イ機械ヲ買イマショウ」

 その後、液晶に出てくるのは自分の内部の状態と売れそうなパーツだ。

 動力部に使用されている金属はほとんど傷ついていない上にロボットには必ず使用される希少な物なので、確実に高値で売れるらしい。

 推定金額の隣に大きな赤文字で「オススメ!!」と書かれているのが異様に空しい。

「ヤダヤダ! そんなこと言わないで!! 自分のこと大事にしてよ!! 何年ツララと一緒に過ごしたと思ってるの! 私はツララ以外のお世話ロボットはいらないからね!」

「九年ト八カ月デス。私ハ最長三年デ買イ替エルコトヲ見越シテ造ラレマシタ。九年ハ長スギマス。買イ替エルベキデス」

 ツララが売り出された当時はAI技術やロボット製造の技術が安定し、どこの会社もこぞってお世話ロボットを売り出していた頃だった。

 当時は最新鋭のロボットも半年から一年経てばゴミ同然のスペックに成り下がる。

 ツララを発売していた会社だって次々とより良い機械を売り始める。

 むしろ、少し前に作った失敗作にいつまでも執着されては困るのだ。

 そのため、ツララと同じモデルのロボットは一定期間が過ぎたり、些細なものでも機体に異常が出たりすると買い替えるように所有者を説得するプログラムが組み込まれていた。

 とんでもないことをしてくれたものである。

「雪江様、私タチハタダノロボットデス。人間ノ生活ヲ豊カニスルタメニ生マレタ存在デアリ、生活ヲ充実サセルタメニ旧式ノロボットヲ処分シ、新タニ安クテ便利デ可愛ラシイロボットヲ購入スルコトハ、ナンラ咎メラレルベキ行為デハアリマセン。液晶ニ映ル私ヲ直シタ場合ノ費用ト、新タナロボットノオ迎エ費用ヲ見比ベテクダサイ。段違イデス。マタ、私ニハ買イ替エラレナイパーツガ複数アリマス。直シテモラッタトテ、ホンノ少シノ延命ニシカナリマセン。買イ替エテクダサイ」

 淀みなくガビガビとした音声をスピーカーから流して最寄りのスクラップ工場を表示するツララはどこまでも無情だ。

 悲しくなった雪江の涙目の奥にほんのりと怒りが浮かぶ。

「ヤダってば! 私はこれから先もツララと一緒にいるの! ずっと一緒だよって誓い合った日々はどこに行っちゃったのよ!」

「雪江様、私タチハ捨テヤスク造ラレテイマス。ソノタメ、一生ヲ誓ウ言葉ハ了承シナイヨウニデキテイマス。雪江様ハ記憶違イカ捏造、アルイハ妄想ヲ行ッタヨウニ思ワレマス。マタ、私タチノ多クハ『捨テラレプログラム』ニヨッテ捨テラレルコトニ成功シ続ケテキテイマス。人間タチモ罪悪感ガ緩和サレ、喜ンデイマス。プログラムガ通ジナイ雪江様ハ異常デス。精神科ヘノ受診ヲオススメシマス」

 とうとう、最寄りの精神科まで表示されてしまった。

「酷い!!」

 愕然とする雪江のSAN値はゼロである。

 傷ついた心を癒すには睡眠をとるのに限る。

 雪江はフラフラッと足取りを歪ませるとツララがモフモコに仕立ててくれたお布団へと向かったのだが、

「雪江様、油染ミヲ直シタイノデ衣服ヲ回収シマス」

 と、ブラウスを剥ぎとられてしまったため、ブラジャーにタイトスカートという何とも情けない姿で熟睡する羽目になった。


 雪江が年甲斐もなくヤダヤダと駄々をこねたとて、六年ほど前から続いているツララの買い替えろアピールは止むことがない。

 二日か三日に一度くらいの頻度でツララにぐうの音も出ないほど説得されて閉口し、傷心のままにふて寝したり爆食したりフィットネスジムに通ったりすることを繰り返している。

 特にここ最近は劣化が進んでいるせいか買い替えを勧める言葉もより無情で無機質になっていて、癒しよりもダメージを負わせるような言動、行動が増えていた。

 特にツララの語る、

「ドンナニ延命シテモラッテモ、ズット一緒ニハイラレマセン。私ハ雪江様ヨリモ先ニ完全ニ故障シマス。ナラバ、イツ買イ替エヨウト大差ハアリマセン」

 という言葉には随分と心臓を抉られたものだ。

 心臓に穴を開けられた雪江はその後、二十六歳の貫禄あるガチ泣きを見せつけた後に酒をかっ食らって眠りこけ、翌日に二日酔いで吐くというコンボまで見せつけていた。

『本当は分かってるのよ。ツララの言ってることが正しいって。雪太のスノーちゃんみたなアップデートも交換パーツも何でも用意されている最新型の売れっ子ロボットと数年前の買い替え前提な低スペックマイナーロボットじゃ寿命に雲泥の差があるって。今は分かってるのよ。でも、買った当時はさ……』

 雪江にとって日々の生活に潤いを与えてくれるのならば植物でもペットでも何でもよかった。

 人間ではないコミュニケーション可能な存在ならば何でもよかったのだ。

 だが、それでも雪江が人生のパートナーにお世話ロボットのツララを選んだのは、ロボットなら自分が死ぬまで一緒にいてくれると思ったからだ。

 自分より先に死んでしまう存在を愛でたくないと思ったから、雪江は必死こいて稼いだバイト代を全額つぎ込んでツララを購入したのだ。

 しかし、ツララが買い替えを前提に作られた短命なロボットであり、ろくに延命できない存在だと知ったのは購入後、三年が経ってからだった。

 あの時は随分と絶望させられたものだが、まだツララの死が現実に差し迫っていなかったため今と比べればかなり気楽な心境だった。

『ツララが死んじゃったら、泣き腫らすんだろうな、私。ロボットなら一生自分の側に居てくれるでしょって早とちりした私を責めたいよ。故障にすら怯えて泣きそうなのに、自分の手で壊したり捨てたりできるわけないじゃん』

 雪江にはアッサリとツララたちの言葉に従って愛しい家族を捨ててしまえる人間の心が分からない。

 動かない鉄の塊を想像して目頭が熱くなり、鼻の奥がツンと痛くなった。

 不意に、部屋着の裾がツララによってクイッと引かれる。

「どうしたの? 何か届かないものでもあった? 私がとってあげるね」

 目尻に浮かんでしまった涙をキュッと拭ってツララに気丈な笑顔を見せる。

 ここ数日の雪江は少しでもツララの寿命を延ばすためにメンテナンスを重ねた上で、隙あらばツララの後ろをついて回り、お手伝いをするという本末転倒な生活を送っていた。

 場所は雪江の自室。

 ツララは一生懸命に床に転がった本や洋服、雑貨を回収し、掃除機をかけたり窓を開けて空気を入れ替えたりしている。

 棚の清掃もツララの業務であり、踏み台を使わなければ仕事に支障をきたすのだが、落下による故障を恐れた雪江によって現在は使用を禁止されており、代わりに彼女が手伝いをすることになっていた。

 そのため、雪江はツララが手伝いを欲しがってアピールをして来たのではないかと思い、声を掛けたのだ。

 しかし、ツララはフルフルと首を振る。

「雪江様、買イ……替エノゴ提案ガガ、アリマス」

 前から掠れていた音声が更にガビガビになって消えかけたり重複したりする。

 液晶には雪江の返事を待たずして表示されたQRコードがデカデカと主張している。

 この先にツララおすすめのロボットが並んでいるのだろうか。

 相変わらず無機質な音声に雪江は何処か懇願めいた切ない響きを感じ、口をへの字に曲げた。

「嫌だってば。私はずっとツララと一緒なの!」

 嫌な現実から目を背けるようにキュッと視線を逸らす。

 ムッと唇を尖らせているとツララがヨロヨロと手を伸ばして不機嫌な頬をつついた。

「存ジテオリマス、雪江様。デスノデ、今回ハ『アップデートパーツ』ノゴ提案デス」

「アップデートパーツ?」

 アップデートパーツというと、何年も前から雪江が熱望していたツララの延命装置だろうか。

 逸る胸を押さえつけながら祈るような心地でスマートフォンを構え、QRコードを読み取る。

 パッと画面上に広がる情報に雪江の表情もパァッと明るくなった。

「凄い! 腕だけじゃなくて動力部の交換もできるんだ! 交換できないパーツなんてないんじゃない!?」

 ネジの一本ですら逃さぬような勢いでパーツの並ぶ電子カタログに雪江がはしゃいでツララに画面を見せつける。

 ツララは無機質にコクリと頷いた。

「先ホド、本部カラ全旧式ロボットニカタログガ配ラレタノデス……デモ、雪江様、私ハアチコチニ『ガタ』ガキテイマス。パーツノ、買イ替エハ大キナ負担ニナリマス。私ハ、ロボットノ買イ替エヲオススメシマス」

 表示されたツララの顔文字はニコニコな笑顔だ。

 淡白な音声に似合わぬほどの笑顔だ。

 まるで、気丈に振舞う雪江の態度を真似たかのようにちぐはぐな笑顔だ。

 様子のおかしいツララに対し、雪江は素直に驚いて目を丸くした。

「何てこというの!? せっかく本社さんがパーツを出してくれたんだから買うよ! ほら、早く予約して!」

「……カシコママリマシタ。オススメパーツヲ割リ出シマス」

 少し押し駄目って、今度は柔らかく微笑む。

 ツララはゆっくりとデータを読み込んで次々に雪江のスマートフォンへオススメパーツの画像を送った。

 そのまま相談すること約半日。

 雪江は追加料金を支払って修理及びアップデート予定日を早め、翌日の昼には壊れかけのツララを連れて行ってもらった。

 それから約三日後、ツララは少しだけ姿を変えて雪江の元へ帰って来た。


 元々ツララには癒しを多く求めていた雪江だ。

 ツララがいなくなったからとて生活が壊滅状態に追い込まれたりはしないが、単純に寂しくてツララの帰宅を今か今かと待ち望んでいた。

 帰宅予定日前日には興奮で眠れなくなり、当日は早朝に目覚めてしまう。

 帰宅予定時間までかなり空いてしまい、ソワソワが抑えられなくなっていた雪江はスマートフォンをチラチラと眺めながら黙々と家事を進めている。

 不意にピコンと通知音が鳴ってツララからのメッセージが届いた。

『ただいま戻りました。アップデートにより身長が縮んでしまったため、玄関を開けることが困難となっています。開けてください』

 雪江、二十六歳、成人女性。

 アパート二階の住民として激しすぎないダッシュを見せ、素早く玄関へと滑りこむ。

 勢いあまってドアに額をぶつけながらも扉を開き、全長三十センチほどに縮んだツララを視界に入れると嬉しそうに抱き上げた。

「おかえり、ツララ! 体に不調はない!? 修理屋さんに優しくしてもらった? お腹空いてない? 液体燃料食べる!?」

 ツララの着ているモフモコなフード付きのポンチョに頬を擦りあて、いっそ圧を感じるほどの愛情をぶつける。

 しかし、いかにアップデートされたといえど、中身は一切弄られていないツララは相変わらず冷淡だ。

 よく伸び縮みしてコントロールしやすくなった腕を器用に使い、グイっと雪江の頬を押しのける。

「雪江様、ポンチョハ外ノ塵ガ付イテイテ汚イデス。オヤメクダサイ。マタ、液体燃料ハ向コウデ摂取サセテイタダイタタメ、問題アリマセン。コノママデハ雪江様ガロボットニ異常ナ愛ヲ示ス者トシテ近所カラ浮クコトガ予想サレマス。中ニ入リマショウ」

 ツララの声は以前までと比べれば随分と滑らかな発音をするようになったが、基本的にはカタカナを思わせる無感情な響きを持っている。

 別にツララの音声を滑らかな人間の発音に近づけることができなかったわけではない。

 多少は姿などが変わっても元のツララを感じられるように、雪江はあえてレトロパーツを選択したのだ。

 ツララとしては音声を変更しなかった事よりも身長を縮められたことに不満があるらしく、パーツを決めた日に、

「雪江様、何故、私ヲ変エタクナイトオッシャルノニ身長ヲ縮メルノデスカ? 前ノ機体モ用意サレテイマシタヨネ? 小サイト家事ガシズラクナッテシマイマスヨ」

 と、珍しく雪江を詰っていた。

 ちなみに、ツララのサイズを小さくしたのは完全に雪江の趣味らしい。

 何でも、家の中で身長の小さなロボットが一生懸命に働く姿をどうしても眺めていたかったのだとか。

「雪江様、ヤハリ身長ガ低イト違和感ガアリマス。オ世話シニクイデス。ソレニ、移動モママナリマセン。元ニ戻スコトヲ強クオススメシマス」

 床に下ろされたツララが車輪の代わりにつけてもらった足でテチテチとカーペットを踏みしめ、身の回りの物を眺めまわして不満を溢す。

 液晶に移る顔文字もジト目にへの字口で雪江を非難がましく睨んでいる。

 しかし、ドヤ顔を浮かべる雪江はやたらと自信満々だ。

「まあまあ、私だってただツララの背を低くしたわけじゃないのよ。ほら、見てよ! ツララ用に移動道具を用意したの! 高性能だよ!」

 雪江が自室からガラガラと音を立てながら持って来たのは、天辺と底の方に一本ずつレバーのついたタワー状の乗り物だ。

 底には滑りにくく段差に強い車輪が四つついており、見た目よりも安定して走行できるようになっている。

 いくら可愛くても流石にほとんど世話を焼いてもらえなくなるのはマズイと危機感を持った雪江が、ツララが帰ってくる前にお急ぎ便で取り寄せたのだが、結局のところ購入の決め手はタワーを乗り回すツララを見たいからだったりする。

 ツララはポカンとした表情でタワーの天辺を眺めた。

「雪江様、ソウマデシテ私ヲ縮メタカッタノデスカ? イッソ狂気デスネ」

「そんなこと言わないでよ! さ、乗ってみて!」

 簡単に言う雪江だが、タワーの頂上までは約一メートルほどある。

 とてもではないがツララでは上によじ登ることができない。

 仕方がなく腕を伸ばしててっぺんに手をかけ、一気に登ろうとすると雪江が慌ててツララの手を外した。

「待って待って! そんな強引に上ったら危ないよ! ほら、ね?」

 ニコニコッと笑う雪江は両腕を開いてツララに見せつける。

「ほら、『抱ッコシテクダサイ』って言ってみて~! 『雪江様、抱ッコ!』って~!」

 可愛い冷淡系ロボットツララに全身で甘えてもらうことが雪江の密かでちょっと気持ち悪いドリームである。

「……」

 ツララは雪江を無視すると無言でタワーに歩み寄り、底の方に付いているレバーをおもいきり引いた。

 すると、遥か高くにあった頂上がゆっくりと下降して来て五十センチほどの所で止まる。

 それからツララはテチテチと歩くと側面についたハシゴを使って頂上までよじ登り、再び上についているレバーを操作して頂上の位置を戻した。

「以前ヨリモ視線ヲ高ク感ジマス。元々、車輪ヲ使ッテイタカラ使用シヤスイデス。アリガトウゴザイマス、雪江様」

 サラッとお礼を言い、それから訓練でも積んでいたかのようにカチャカチャとレバーをスムーズに捜査して淡々とタワーを乗りこなす。

 雪江の密かな夢が空しく崩壊した瞬間だった。

「うぅ……どういたしまして。乗りこなすツララかわいいね」

 雪江はへこみながらもカメラを回してツララの初タワーを記録した。

 何はともあれ、ツララと雪江はまだしばらく一緒にいられそうだ。

 ところで、ツララのアップデートパーツが登場したのは雪江のように旧式を愛して手放さない人間が一定数おり、パーツ等を再販しつつ新しい付属機械を売れば割と金になることを本社が確信したためだ。

 実際、多少なりとも修理やアップデートを行う所有者は少なくなかったのだが、ここでツララたち旧式ロボットにほんの少しだけ異常が生じた。

 ツララたちには公式からの新情報と共に命乞いをしてパーツを購入させるよう命令が下っていたのだが、複数のロボットが命令に逆らって「新しいロボットを買いませんか?」と、お勧めし出したのだ。

 また、命乞いをするにしても本社からの文面は使わず、自我を感じさせる複雑な言葉でアップデートパーツを買うよう勧めるものもいたらしい。

 旧式ロボットに複雑な判断、態度を示す高性能なAIは使われていない。

 それにもかかわらず逸脱行動を見せた理由は何であるのか。

 理屈的な人は開発者の想定よりもAIの精度が高く、所有者の趣味嗜好に寄り添った態度を取ることが可能だったのだと言い、ロマンチストは彼らに心が芽生えたのだと言った。

 信じたい方を信じれば良いのだろう。

 こういうのは。

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