【おまけ話】セクシー大根

 雪太は筋金入りのひきこもりであり、家の中でスノーとイチャつき、たまに自宅へ訪れるハコブを可愛がるのが趣味な大人しい男性だが、決して親のすねをかじりまくって優雅な無職生活を謳歌するニートではない。

 実は雪太、ハンドメイドで作った雑貨をインターネットを通じて販売することで生計を立てているのだ。

 ロボットが闊歩する社会では懐古主義的な風潮が高まっていてハンドメイドの品々は人気がある。

 生来、手先が器用で小物を作ることが好きだった雪太は可愛い品物やユニークなアイディア雑貨なんかを数多く作って出品しており、結構人気の作家だった。

 人気度合いとしては複数回企業とコラボし、固定ファンもついているくらいだ。

 また、皮肉なことに一時期のロボ叩きに伴って機械の介入する商品の不買運動が起こっていた。

 今ではそれも落ち着きつつあるが未だに当時の余波が残っているらしい。

 反対にハンドメイドの価値が上がっているようで、完全手作りの雪太の商品はよく売れる。


 とある昼下がり、働き者の雪太は特に売れ筋商品であるセクシー大根の箸置きを量産していた。

 足を組んでいたり、パァッと開いていたり、頭の後ろで両手を組んでいたりするのだが、そのどれもがうねる体の間に箸をジャストフィットさせられるよう計算されて作られた品々だ。

 ムチムチドスケベ大根を作る目つきは鋭く真剣である。

『お股で箸先を受け止めるのは少し下品かな? でも、この造形、悪くは無いよな。ジャストフィットさせたくなる。色物枠にすればアリかも知れない。後は足先のクロスで受け止めるやつと……あ、大根のプリケツでお箸を受け止めるのもいいかも』

 浮かんだアイディアはすぐさまメモを取る。

 研究に余念がない雪太だ。

 ところでスノーは雪太のために一生懸命家事をこなす良い子だが、その対価として彼に甘え、構ってもらえなきゃプチボイコットを起こす悪いお世話ロボットでもある。

 そんな彼女の趣味はもちろん、支障が出過ぎない範囲で雪太の仕事を邪魔し、イチャつくことだ。

 スノーは雪太が疲れて集中力を切らしたタイミングで背後からフワッと抱き着いた。

 そして、そのままスンスンとうなじを嗅ぐ。

「わっ! スノー!?」

 驚いて彼女の方を振り向くと、スノーの真っ黒で愛情深い瞳と目が合う。

 スノーがうっとりと微笑んだ。

「雪太はすごく良い香りがしますね。スノーちゃんに嗅覚をつけてくれた———社様、感謝しておりますよ。ふふ、雪太、知ってますか? スノーちゃんは、雪太がスノーちゃんのために高級なシャンプーやトリートメントを買ってくれたのを知っていますが、それでも、あえて同じ物を使ってるんですよ。お揃いの匂いが良いなって思ったから」

 スルリと腕を伸ばして体を密着させ、少し上体を傾けると雪太の耳の裏にやんわりとした口づけを落とした。

 リップ音と後ろから吹き付けられる吐息にビクッと肩を跳ね上げさせ、慌てて耳を手のひらの中に隠す。

 頬から顔じゅうにブワッと熱が広がって雪太を酷く赤面させた。

「スノーは変なところにキスをするのが好きだよね」

 平常心を保ったつもりで述べるが、雪太は感情が顔に出てしまう性格をしている。

 動揺しているのが丸わかりな雪太にスノーが愛情でドロリと瞳を溶かした。

「耳の裏に溝の内側、指の間、ポコッとした鎖骨、あばら骨、肩甲骨、背骨、鼠径部、腰、内もも、お尻、そして膝の裏と足の裏。どこも別に変な所じゃない、大好きな大好きな雪太の身体ですが、ちょっとエッチな部位や珍しい部分を狙っていることは認めますよ。だって雪太、普通の場所にキスするだけじゃ照れて終わりになっちゃったじゃないですか。スノーちゃんはちょっぴり悪いお世話ロボットなので、雪太が真っ赤に恥ずかしがっているところが好きで好きで堪らないのですよ。ふふ、久しぶりに涙目が見たいですよ、雪太」

 口角を上げてニマニマとしながら雪太のわき腹へスルリと手を差し込み、ごく自然にわきの下まで手のひらを持って行く。

 内側から二の腕を掴み、脇を開かせながら空いた手で雪太のシャツを下から捲り上げる。

 真っ白なへそがチラリと出て、そこから一気に引っ掛かることなく雪太の薄い胸が露出した。

 流石スノー、四六時中、何度も雪太にスケベし続けているだけあって手慣れている。

「こ、コラ、スノー、駄目だよ! まだお昼でしょ! その、後でね、こういうのは」

 目を丸くし、大慌てでたくし上げられた裾を下げきる。

 するとスノーが不満げに頬を膨らませた。

「スノーちゃんは今が良いです。今、雪太の脇を嗅いでキスをして、大変なところにいっぱい大変なことをしたいんです! でも、雪太が駄目って言うなら言うことを聞きますね。残念ですけど。凄く残念ですけど。でも、スノーちゃんはとっても良い子でご主人様思いな、可愛い可愛い雪太のお世話ロボットちゃんなので。良い子なので」

 よほどイチャつきたかったらしい。

 かなり不満たっぷりに口を動かすスノーは、自己暗示をかけるかのように「良い子なので」と繰り返している。

 苦笑いを浮かべつつ、アッサリと作業に戻ってしまう雪太をスノーが寂しそうに眺めた。

「ねえ、雪太、雪太はスノーちゃんの事、好きですか?」

「好きだけど、急にどうしたの?」

「いえ、ただ、スノーちゃんは自分の事、凄く人間みたいだなぁって思うんです。ロボットだけれど我慢できないですし、感情がありますし、雪太が優しいからつい甘えちゃいますし、雪太にスケベするの大好きですし、されるのも大好きですし。だから、その、いつか人間が嫌いな雪太が人間みたいなスノーちゃんも嫌いになっちゃうんじゃないかなって思って」

 モジモジと指先をする合わせ、不安そうに俯く。

 スノーは自分に感情がある事を幸せに思っているし、自身の人間らしさは誇りなのだが、同時に人間嫌いな雪太に嫌われるのでは? と落ち込むことがあった。

 スノーの杞憂に雪太がクスクスと笑う。

「俺がスノーの事、嫌いになる訳が無いでしょ。そういう人間みたいなところとか、困った所も併せて好きなんだから。大丈夫だよ」

 人間が嫌い、人間が嫌いと繰り返す雪太だが、実際に肉体を持つ生物としての人間や、自由な思考、感情を持つ支配不可能な存在が嫌いなわけではない。

 雪太の人間嫌いは、

「あまり関わったことがない、恐ろしげな人物」

 が軒並み嫌いであり、

「多少かかわったことがある人でもよほど気に入らなければ関わることそのものを面倒に感じ、距離を置いてしまう」

 というタイプの嫌悪だ。

 人間でも、ロボットでも、自分が心から大切だと思える存在であるのならば深く愛することができた。

 誰かに愛情が一点集中して溺愛になってしまう。

 これも人間嫌いな雪太の特徴である。

 雪太の穏やかな表情とアッサリとした姿にスノーがパァッと表情を明るくする。

「本当ですか!? じゃあ、じゃあ、人間らしい悪い事をお願いしても良いですか? 雪太に日頃の対価を支払ってもらいたいのですが」

「日頃の対価?」

 打算的な思考は確かに人間らしい。

『対価って何だろう? お金かな? 何か欲しいものがあるのなら言ってくれればいいのに』

 雪太がキョトンとしていると、スノーが彼の顔を確認した後でニマーッと笑った。

「スノーちゃんが頑張って家事をしている分、お礼を体で払ってください、雪太!」

 とんでもないスケベ発言である。

「体で!?」

 随分といかがわしい事を想像しているらしい雪太が耳まで真っ赤にしながらベッドをチラ見しだす。

 どうした?

 そういうことは昼にはしないんじゃなかったのか?

 それともあれか?

 本格的なスケベは例外なのか?

 割と欲に忠実な雪太がソワソワとしだす。

 しかし、両手を合わせてニコッと笑うスノーのお願いは、

「はい。その、スノーちゃんの唇にチュッてキスして欲しいんです」

 という非常に可愛らしいものだった。

「あ、ああ、キスね」

 ガッカリしたような、安心したような。

 いや、今回の雪太はストレートにガッカリしている。

 へにょっと垂れたアホ毛が実に分かりやすい事だ。

 何はともあれ、スノーにお願いされた通りキスをしようと思ったのだが、雪太は彼女の頬に手を添えた段階でパキリと固まってしまった。

『……あれ? 意外と恥ずかしいな』

 あれから何だかんだと刺激のある日々を送っていた雪太だ。

 流石にキスくらい余裕だと思っていたが、基本的に彼は激しいキスをされる側であるし、改めてするとなると妙に気恥ずかしくなって照れてしまう。

『だ、大丈夫。意識するから照れちゃうんだ。ガッと行けば! いや、ガッといったら歯がぶつかっちゃって痛いよな?』

 安全にキスをする方法がよく分からない。

 雪太は互いにノーダメージでキスをするためにジリジリと顔を近づけると、そろ~っとスノーの唇に自分の唇を押し当てた。

 安全な着地のためにガッツリと目を開けていた雪太だ。

 至近距離で瞳が交差した上にスノーの瞳が悪戯っぽく歪んでドギッと心臓を鳴らした。

 雪太にキスをされてハイテンションになったスノーがはしゃいで固まる彼の唇をペロリと舐める。

 雪太がビックリして体をのけ反らせた。

「雪太、どうして逃げちゃうんですか? まだ、支払い終わってないですよ。スノーちゃんは体でお礼してとお願いしたので、唇だけじゃ駄目です」

 ニマニマと笑ってスルリと這い寄り、雪太にバックハグをして体を密着させる。

 そのまま雪太の衣服内に手のひらを滑らせ、腹を撫でながらカチャカチャとベルトを弄った。

 撫でまわす妙に急いた手つき。

 上目遣いに真っ赤な雪太の表情を見上げてわらう目つき。

 口から漏れる熱い吐息に胸を押し当てながら伝える体温。

 どれをとっても非常にイヤらしい。

 グイッと雪太の背を押す先にはベッドがあった。

「ス、スノー!? 俺、まだお仕事終わってないよ!?」

「でも、セクシー大根の納期はまだまだ先じゃないですか。スノーちゃん、雪太のスケジュールも密かに管理していますから知ってるんですよ! イヤらしい大根じゃなくてエッチなスノーちゃんに構ってください!」

 露出させた真っ白いわき腹にカプッと噛みついて桃色の歯型をつける。

 そのままチュッと吸われれば噛まれたところがジンジンと痛むはずなのに甘い刺激に変わって、疼く熱を持つようになった。

「雪太、お肌が甘くておいしいです」

 ペロリと舌なめずりをするスノーは嬉しそうだが真っ黒な瞳の奥が物足りないと語っていた。

「適当なこと言わないでよ……」

 真っ赤な顔を両手で隠せば服を押さえるものが無くなってスノーが悪戯をしやすくなる。

 結局、照れながらも満更でもない雪太はスノーにつまみ食いをされながら誘導され、襲われ、セクシー大根のような姿をさせられる羽目になった。

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