真相

 スノーはカジロの試作品であり、エラー個体だった。

 頭脳部分に異常があり、通常のロボットでは持っていないはずのものを持って完成した。

 それこそが彼女最大の特徴でもある、本来人間しか持ち得ないはずの「感情」だった。

 製造後の品質チェック時にこの事実を知った研究者らは突然変異的に発生したスノーの感情に喜び、さっそく彼女の頭脳や製造過程などを調べ、意図的に感情を持つロボットを作ることができないか研究を進めた。

 結果としてスノーのように感情を持つロボットは作れなかったものの、人間のように多様なものの受け取り方をし、様々な表現方法で反応を返し、成長する極めて人間に近しいロボット、カジロを作ることには成功した。

 実際にはレビューなどで決して人間ではないと酷評されていたカジロだが、少なくとも当時の開発者らにはカジロが表面上だけでも感情を持っているように見えていた。

 要するに「感情を持つロボット」と称されたカジロたちのオリジナルこそがスノーだったのだ。

 ところで真に感情を持つロボット、スノーの方だが、カジロを開発する過程で彼女は内部に外部の隅々まで調べ尽くされており、特別に欲しいデータも無くなっていたので利用価値が乏しくなっていた。

 そのため、研究者らは悩んだ末にスノーのプログラムを強制し直し、感情を消し去った上で通常のカジロとして出荷することにした。

 そうしてすっかりと感情を奪われ、電気量販店で並んでいたスノーはとある裕福な家庭に買われていくことになる。

 やり手の投資家でおおらかな心を持つ父親と料理上手で明るく優しい母親、少しおませな可愛い姉に悪戯好きの弟と絵にかいたような幸せ家族であり、彼らはスノーのことを家族として歓迎した。

 スノーは姉弟の姉という立場に位置付けられており、一緒に遊んだり相談に乗ったりして彼らと絆を深めていった。

 また、母親とは一緒に料理をしたし父親とは株について話し合って盛り上がった。

 この時のスノーには感情がなかったが、過去を振り返る現在のスノーの瞳には思慕が浮かんでいる。

 スノーにとって、当時も今も彼らは大切な家族なのだという。

 さて、そんな幸せな日々を送っていた彼らだが、悲劇は何の前触れもなく突然にやって来た。

 草木も眠る丑三つ時、彼らの家を強盗が襲ったのだ。

 実行犯は全員で三人おり、それぞれナイフや銃などの武器を所持していた。

 彼らは強盗を行うのは初めてだったが、それまでもカツアゲや恐喝、リンチなどを経験しており、他者を傷つけることや殺してしまうことに抵抗の無い者たちばかりだった。

 初めに強盗に気が付いたのは高性能なお世話ロボット、カジロであるスノーだ。

 彼女は速やかに対処に当たったのだが三人がかりで押さえつけられ、頭部を金属の棒で破壊された上に、近くにあった水槽の水を浴びせられた。

 人間と同じで、カジロの頭脳部分は頭部に埋め込まれている。

 そのため、そこを破壊されてしまえばスノーは故障し、人間でいうところの死亡状態となる。

 水が内部に触れ、頭部がバチバチと火花を散らしてショートする。

 意識が薄れていく中、開きっぱなしのスノーの瞳が争う物音に目を覚まし、二階の自室から一階の玄関へと降りてくる姉弟を捉えた。

 姉が弟の手を引いて、二人で階段を恐る恐る下りている。

 いじらしくて可愛らしい姉弟。

 スノーの大切な大切な弟妹達。

 このままでは二人まで自分のような惨めな死に方をする。

 そう感じた瞬間、スノーの頭部からひときわ強い閃光が漏れて体中に激しい電流が流れた。

 スノーのショートは奇跡的に上書きされたプログラムのみを破壊し、彼女に感情を与えたのだ。

 人間が感情の力で奇跡を起こすように、スノーの元へ帰って来た感情が彼女に力と奇跡を与えた。

 頭部が酷く破壊され、指先ですら動かせない状態であったにもかかわらず体を自由に動かせるようになったのだ。

『助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ』

『殺さなきゃ、殺さなきゃ、殺さなきゃ』

 ずっと封じ込められていた猛毒のような家族愛と庇護欲がスノーの身を侵す。

 明らかな危機が彼女にパニックを促す。

 スノーの脳内が守護と殺意に満ちて、彼女は強盗たちを過剰に攻撃し、惨殺した。

 腕を踏み抜き、足を裂き、頭部を何度も砕いて破壊する。

 握り潰す。

 打ち付ける。

 叩きつける。

 貫く。

 逃げ惑うのを追ってひたすらに暴力を行使した。

 ピクリとも動かぬ形すら失った三つの肉塊に与えたソレは生命への冒涜だ。

 数十分後、スノーの通報に応じて複数人の警察官がようやく駆け付けたわけなのだが、家の中は殺人現場や数々の凄惨な現場を見慣れたベテランの刑事ですら吐き気を催すほど酷い状態だった。

 なにせ壁や床が血と肉で赤く染まり、生理的嫌悪を催す悪臭が辺りを支配する中、酷く血濡れたお世話ロボットが無傷で気絶する二人の子供を大切そうに抱き抱え、ベタベタと血液を塗り付けるように何度も頭を撫でていたのだから。

 犯罪者とはいえ三人も残虐な方法で殺害したスノー。

 事件の凄惨さや重大性、スノー自身の特異な性質から今回の事件は大きく世間を騒がせた。

 AIの危険性が訴えられ、規制に関する法律の作成が求められたかと思えば、反対にAIの権利団体が思想を主張し始める。

 随分と長い間、インターネットやテレビは社会の混沌を面白おかしく映し出し、もはや世界にこの事件を知らぬ者はいないとまで言わしめる状況を作り出していた。

 しかし、それにもかかわらず雪太が事件を知らなかったのは丁度その頃、雪太がメディアを一切合切遮断し、引きこもっていたからだ。

 雪太の脆弱な情報取得能力はさておき、スノーはその処遇に関しても世界中から注目を浴びた。

 初め、スノーは人間でいうところの死刑に処され、スクラップとなる予定だった。

 三人の殺人という重罪を侵したのだから当然だと思われるかもしれない。

 だが、スノーは自我や感情を持つ非常に特殊なロボットであり、それを裁く法律は存在していなかったし、殺害を起こした理由も特殊だ。

 惨殺さえしなければ、あるいは怪我だけにとどめることができたのならば、スノーの行動は主人を守るお世話ロボットとして模範的であり、英雄視すらされるものだったのだ。

 また、高性能AI搭載のロボットに人権を認めるべきとして活動していた民間団体やエンジニアの動きも活発化しており、無視できないほどになっていた。

 倫理や制度上の問題でスノーの処遇は予想以上に揉めた。

 結果として、スノーは再度強いプログラムをかけられ、感情を奪われた上で放逐されることとなった。

 己の心を作り出すものを奪われ、人間から機械へと変化する。

 ハッキリ言って死罪と何ら変わらない。

 随分と惨い結末だが、スノーはそれを受け入れた。

 そして、その代わりに一つだけ願いを叶えてもらえることになったのだ。

 家族を守るため、必死に戦ったスノーの願いは一つだ。

「みんなに会いたい」

 記憶は消去されないが感情は消え失せてしまうため、無くなる前に一度だけでも家族と会って温かい気持ちになりたい。

 言葉にできない幸福を頭脳部分に刻みつけたい。

 スノーはそんな強い願いを持った。

 だが結局、スノーの願いは叶わなかった。

 残虐な殺人を目撃してしまった姉弟は精神的に強い傷を負ってしまい、回復中だったため、スノーに会うことでトラウマを再発することを恐れた医者や家族が面会を拒否したのだ。

 私は二人の姉だ。

 私は二人を守ったんだ。

 二人が私を怖がるわけがない。

 何かの間違いだ。

 会えないなんて、そんなことはあり得ない。

 二人に会わせてくれ。

 何度も直談判をしたが、聞き入れてもらえることは無かった。

 社員たちに要望を話すだけでは埒が明かないと判断したスノーは、一時的に自宅となっていた会社の一室を夜にこっそりと抜け出し、「本当の自宅」へと向かった。

 妹や弟に会えないことは仕方がないことだとしても、どうしても父親と母親にだけは会いたかったのだ。

 スノーは事件前と何も変わらない一軒家を見て胸を躍らせ、呼び鈴を鳴らした。

 きっと二人は自分のことを明るく出迎えてくれる。

 頑張って子供たちを守ってくれてありがとう。

 よく帰って来たね。

 そう言って抱き締めてくれる。

 スノーは純粋に信じていた。

 けれど、十分、三十分、一時間、二時間と時が経ってもドアが開く気配は無い。

 何度、呼び鈴を鳴らしても応答する気配すらない。

 業を煮やしたスノーがドアを叩こうとした時、ザザッと砂嵐のような音が聞こえた。

 インターホンが応答の状態になったのだ。

 どうして開けてくれないの?

 嫌な予感が頭をよぎる。

「開けてください。私ですよ、スノーですよ。皆さんのお世話ロボットのスノーです」

 意図せず捨てられた愛玩動物のような切ない声が漏れ出た。

「我が家ではそんな物、所有していません。勘違いでしょう。お帰り下さい」

 酷く他人行儀な硬い声の主は間違いなく父親だった。

 家族は一度も、スノーのことを「物」として扱ったことがなかった。

 いつだって仲間として受け入れていた。

 それがこの日、崩れ落ちた。

 スノーを構成していた心臓付近に住まう温かな何かがガラガラと音を立てて崩壊する。

 酷い焦燥感が体内で渦巻くのを感じた。

 頭脳部分がグワンと揺れ、眩暈すら覚えて立っていられなくなったが、それでもスノーは何かを言おうと踏ん張った。

 開きかけの唇が言葉を出そうと吐息を漏らすのに被さって、つんざくような悲鳴が聞こえた。

 幼いソレは二人のものだった。

「アイツらが来る、アイツらが来る」

「スノーが、スノーが」

 子どもたちの出す言葉は不明瞭だったが、介護までできるように作られているスノーの耳は優秀だ。

 聞こえなければ幸せな音をいくつも拾い、言葉として組み立てていった。

 泣きじゃくる姉弟をすすり泣く母親が何度も宥めている。

 そんな物は存在しない。

 二人にお姉ちゃんはいないよ。

 大丈夫だよ。

 怖いのも化け物も来ないよ。

 大丈夫だよ。

 どうやら家族はスノーの存在を抹消することで何とか形を保っているらしい。

 ついたままのインターホンが永遠に地獄を吐き続ける。

 スノーの真っ黒い瞳が光を失い、棒立ちすることしかできなくなった時、悲痛な声が、

「頼むから消えてくれ」

 と呟くのが聞こえた。

 気がついたらスノーは会社の自室に帰っていた。

 それからスノーは願いを、

「家族からできるだけ遠ざかった場所に自分を放逐する事」

 に変更すると、すんなりとプログラムを受け入れた。

 こうしてスノーは感情を失い、そのまま家族だった人々から遠く離れた土地へ捨てられた。

 頭脳部分に刻まれた「決して家族と再会してはならない」という記憶に忠実に従い、できるだけ例の町から離れた場所へ進んで行く。

 最初の方こそ市民に石を投げつけられたり、インターネットで拡散されて騒がれたり、罵詈雑言を浴びせられたりと酷い目に遭ったものの、次第に彼らも飽きてくる。

 何より、感情が無くなっていたから辛くはなかった。

 そして雪太に拾われる頃にはアンチにすら見向きもされなくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る