君は多分、罪を犯した

 雪太は少しでもスノーについて知るべく情報収集をすることにした。

 PCを起動し、カジロそのものについて調べ始める。

 その最大の目的は正規品のカジロとスノーを徹底的に比較することで、彼女のバグを具体化することだ。

 だが、そうして調査を進める中で知ったのはスノーのバグそのものではなく、彼女の犯した罪についてだった。


『やっぱり、スノーと他の子では随分と違うんだな』

 意気揚々とPCを開いたもののロクな情報が得られず、雪太は頬杖をついて画面を眺めた。

 スノーと同モデルのお世話ロボット、通称カジロ。

 カジロは奇跡的な確率で偶然に完成した「人間と全く同じ感情、独立的な思考」を持つ初代カジロをモデルに造られたらしい。

 その特徴は、

「人間のような感情と表現を持ち、所有者の望む自己の在り方やライフスタイルを学習しながら所有者の心と生活に寄り添った家事を行う」

 お世話ロボットである。

 また、以前に雪太が確認した通りカジロは基本的に三人以上の世帯、すなわち核家族や大家族の中で使用されることを想定して造られているため、配偶者や恋人のような動きはしないように設計されている。

 販売初期にはかなりの注目を集め、メディアにも大きく取り上げられていた。

 あまりにも高価すぎることや家族向けの商品であることからノーマークだったが、雪太もカジロの名前や姿は見かけたことがあったし、メディア等を見ている内に当時を思い出せるほどだった。

『確か、最新鋭のテクノロジーに皆、ワクワクしてたんだよな。カジロに続いて色んな感情を持つロボットができるんじゃないかって噂されてた。本当に人間を造れるんじゃないか、みたいな』

 故人を生き返らせるというよりは、ホムンクルスのように一から新しい人間を造り出せるといった意味合いで世間が賑わっていた。

 陰謀論や都市伝説のようなノリで機械の姿をした新人類が誕生する、なんて話も盛り上がっていたのだ。

 だが、カジロが世間に売り出されて以降はパッタリと人間の様なロボットについての噂が途絶えてしまった。

 理由は簡単で、あれだけ人間らしいと宣伝広告を打って売り出していたカジロが大したものではなかったからだ。

 確かに表情や声、体温、所有者の生活のためにと設計された学習能力は従来の製品に比べれば目を見張るものがある。

 だが、その質感が、空気が、存在が、瞳が、人間と評するには酷く薄っぺらいのだ。

 どこまでいっても人間を模した機械。

 ただの人間のなりそこね。

 それがカジロである。

 公式サイトの動画、実際に購入した人間がSNSにあげている動画、レビューからそれをひしひしと感じられた。

 特に、購入者の動画と雪太の中にあるスノーの姿では妙に乖離がある。

 スノーもカジロもお喋り中に何やら考えているような仕草をするのだが、スノーの場合は雪太に返す言葉を考えたり、言い方を考えて少し固まったり、瞬きをしたりする。

 その姿は正に人間のようで、ごく自然だ。

 しかし、カジロの方はAIによる計算で素早く相手への言葉を出せるにもかかわらず、人間らしさを求めて少し固まったふりをする。

 瞬きや口の動き方がわざとらしいのだ。

 また、相手への言葉や言い方を考えている時もロード中といった様子で、人間らしい息遣いや雰囲気が全く感じられない。

『やっぱりスノーはもの凄く人間に近いんだ。いっそ、人間とも呼べるくらい。それにしても、ブルーライトの浴び過ぎで目が痛い。ドライアイになる……』

 ムニムニと眉間を揉みこんで数度、瞬きをする。

 今のところ知り得たのはスノーに明らかな異常があり、それによって彼女が非常に人間らしい存在となっていることのみだ。

 情報量そのものは増えたが、必要な情報という点では一切増えていない。

『そんな簡単に分かるわけないか。もうちょっと頑張ろう』

 雪太は根気強く調査を進めることにしたのだが、そうしてPCをカタカタと鳴らすこと約三時間後、彼は集中力を切らしてしまい、ちょっぴり調査に飽き始めていた。

『これ、なんか面白そうだな』

 よそ見がちな雪太の目に留まったのは、

「カジロは本当に人間の紛い物なのか?」

 というタイトルのネット記事だ。

 内容はそのままで、人間の紛い物として酷評されたカジロが本当に人間とはいえないのか、という問いをインタビューなどを元に考察していく娯楽的な記事である。

 カチカチとダブルクリックしてリンクを開く。

『あ~、やっぱりこの人もカジロは人間じゃない派なのか。まあ、そうだよな……ん?』

 基本的には雪太がこれまで見てきたような動画やレビューの評価がまとめられている。

 しかし、カジロが人間であると擁護する文章も一つだけまとめられていた。

「約八か月前、世間を大きく騒がせたカジロによる凄惨な事件。これを起こしたカジロは感情の高ぶりから己を制御できず、三人もの人間を惨殺したとされています。また、例のカジロにはバグがあったと報道されていますが、同時に各種メディアでは彼女の行動はバグによる異常なものというよりは、人間的な思考回路や衝動によって起こされたものだとも報道されています。今回のカジロの行動は、カジロの中にも人間の心を持つ者が存在するという証明になったのではないでしょうか」

 締めの文章は何だか歯切れが悪いが、どうやら投稿主は「カジロは人間である」という方向性で記事をまとめたいらしい。

 また、参考資料として「カジロの凄惨な事件」について詳細がまとめられた記事のリンクも載せられている。

 バグ持ちの人間みたいなカジロが二人以上いて堪るものか。

 ふと、市役所の女性が妙に物言いたげな表情をしていたのが頭によぎる。

 きっと、スノーに刻まれているナンバーや過去に登録された情報などで彼女が件のロボットであると気がついたのだろう。

 女性の表情の意味が何となく分かった気がする。

 事件を起こしたカジロがスノーであることを雪太は確信していた。

『スノーが人を殺した』

 それも惨殺だ。

 凄惨な、と評される殺し方をしたのだ。

 絶対に事故ではない。

 故意的に、相手に凄まじい殺意を持たなければ、きっとそんなことにはならない。

 殺された人間はどんな存在で、スノーとどのような関わり方をした者だったのか。

 何度も急所を抉ったのか。

 あるいは体の末端を削ぎ、ジワジワと拷問していたぶったのちに殺してしまったのか。

 それとも……

 フィクションの世界でしか起こらなかった恐ろしい事が現実で起こっていた。

 愛しい宝物が起こしていた。

 ツッとこめかみから頬、顎へと向かって冷や汗が流れていく。

 背中が妙に冷たくて全身が冷えているのにドクドクと鳴る心臓の音がうるさい。

 刺激の強い唐突な情報に頭の中が真っ白になる。

 それでも無意識にカーソルがリンクの上へ乗っかっていたのは、好奇心には勝てなかっただろうか。

 震える指先でカチリとクリックをする。

 しかし、リンク先のサイトを開くことはできなかった。

 エラーと表示され、該当するページは存在しない、または使用するPCでは開けないと表示されるのだ。

 目を丸くして驚く雪太だが、意外と彼は冷静だ。

 現在のエラーページを閉じ、再度リンクを確認してクリックする。

 そして、変わらずエラーページが出されるのを確かめると、

「カジロ 事件 十月」

 と、検索窓に入れて類似のページやニュースサイトを探し始めた。

『異常だ』

 例の凄惨な事件に関する記事が一つも出てこない。

 事件の規模、重要性を考えても、PC画面に映るリンクはスノーの事件でいっぱいになってしかるべきだ。

 しかし、画面上に並んでいるのはしょうもないカジロのブログばかりで、「今日のミニ事件 うちの子が目玉焼きの作成に失敗!」などというほのぼのとした記事ばかりが出てくる。

 スマートフォンでも調べてみるが結果はPCと同じだった。

『なんで?』

 まさか、雪太が最初に閲覧したサイトの投稿主がカジロの事件をでっち上げたわけでは無かろう。

 焦りと困惑で手のひらを湿らせていると、不意にスノーが自身のアップデートに使いたいのだと言って雪太のPCとスマートフォンを熱心に操作していたのを思い出した。

 あれは確か、同棲生活二日目の朝の事だ。

「すみません、雪太。思ったよりも時間がかかっちゃいました。でも、これで今日からちゃんと雪太のお世話ができますよ! 早速、夕飯を作りますね!」

 早朝から晩まで時間をかけてアップデートしていたらしいスノー。

 作業を終えると安堵のため息を吐き、それから雪太に向けて妙に晴れやかで明るい笑顔を向けていた。

 雪太なんかよりもずっと機械面について知識があるスノーだ。

 きっと彼女はPCとスマートフォンの両方に細工をして雪太の情報を著しく制限したのだろう。

 間違っても、雪太が自分の罪にたどり着かないように。

『本当は妙だと思ってたんだ。だって、とっくにアップデートが終了したはずのスノーが夜中にこっそりとアップデートの画面を開いていたんだから』

 思い出すのは深夜、雪太が眠っていることを確認してからベッドを抜け出し、真っ暗な部屋の中でPCを起動させたスノーの後ろ姿だ。

 スノーが動いたことで目を覚ました雪太だったが、彼女の不審な動きを見ても当時はうっかり忘れていた分のアップデートを追加で行ったのだとしか思わなかった。

 しかし、朝日が昇るまでかかるアップデートを丸々とりこぼすものだろうか。

『あれは多分、帳尻合わせだったんだ』

 雪太は無言でスマートフォンをポケットから引っ張り出し、姉にメッセージを送った。

『姉ちゃん、突然で悪いんだけれど、カジロが起こした凄惨な事件って知ってる?』

 睨みつけるようにして画面を見つめ、ジッと姉からの返事を待つ。

 意外にも、すぐに返信が来た。

『知ってるに決まってるでしょ。一時期、あんなに世間を騒がせたんだから。今でもカジロって検索に入れたら三つか四つ目に予測が出てくるくらいなのよ。それにしても雪太、返信に随分とタイムラグがあるんじゃないの? 昔からのんびり屋だとは思ってたけど……アレでしょ、自分ちのカジロちゃんが可愛すぎて私からのメッセージ無視してたんでしょ』

 姉の呆れた笑いが目に浮かぶ。

『返信? そんな履歴は無かったけどな。もしかして、スノーが消したのか?』

 首を傾げながら過去のメッセージをさかのぼっていると、姉から追加でリンクが送られてくる。

 どうやら気を利かせて事件の概要を説明したニュース記事を見つけてきてくれたらしい。

 タイトルは「初代カジロによる惨殺事件、深夜、彼女を襲った狂気とは!?」である。

 何かが分かるようで全く分からない。

 雪太は迷うことなくリンクをタップした。

『やっぱり駄目か』

 何度タップしても記事を開くことができない。

『姉ちゃんに教えてもらうって方法もあるけど……』

 誰かの口から聞かねば真相を知ることができないのなら、雪太はスノーに直接、聞きたいと思った。

 雪太はまだ、スノーを愛しているのだから。

『ありがとう。今は忙しいから後で見るよ』

 姉に礼だけ送ってスマートフォンを閉じる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る