おはよう

 スノーが来てからの日々は非常に快適で充実している。

 彼女は料理、洗濯、掃除などといった家事を上手にこなすし、姿が可愛らしくて愛嬌もあるので目と心の保養になる。

 また、当初心配していたようなバグや故障はなく、日頃の業務に支障をきたしたり物や人間を破壊するような様子も見られない。

 まあ、相変わらず雪太に強い愛情を示し、スキンシップを取りたがったり通常のお世話ロボット以上に世話を焼きたがったりする姿は確実に異常だが。

 人によっては激しい恐怖を覚えるだろう。

 だが、雪太的には全く問題が無い。

 むしろイイ。

 今朝も早くからテンションのぶち上がったスノーに、

「起きてください、スノーちゃんのかわいいかわいい可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛すぎるご主人様の雪太さま!!」

 と、バグり散らかしながら起こされてしまった。

「……スノー? 今日も元気だね」

 寝ぼけ眼を擦りながらムクリと上体を起こせば、ふんわりと味噌汁の香りをまとったエプロン姿のスノーにスッと胸元に潜り込まれてモギュッと抱き締められた。

 雪太からの可愛い反応を強く希望するスノーだが、一般的に考えて人間が寝起きにシャキシャキと動ける訳が無い。

 大きな欠伸を噛み殺してボーッとしていると、胸元から雪太の表情を覗き込んでいたスノーがニマニマと笑う。

「眠そうな雪太、かわいいですね。今日も可愛らしすぎる雪太に抱き着けて、スノーちゃんのテンションはうなぎ上りですよ! 中に入ってる小型の動力モーターと歯車のパーツがギュルンギュルン回って、機体中に電気がバチバチ流れて、スノーちゃんの温度をぶち上げているのです!! まあ、同時に冷却がなされてますし、スノーちゃんのお肌がアツアツになったら雪太が火傷しちゃうので、触れても伝わらないでしょうが」

 確かにスノーのお肌は人肌程度。

 つまり、過度に熱くも冷たくも無い、ぬるくて心地の良い温度だ。

 だが、スノーの機体からはブォォォォという廃熱モーターがフル稼働する音が聞こえてくるし、背中を中心に後ろの衣服がふわふわと捲れあがっているので、彼女の内部温度が大変なことになっていることは簡単に想像できた。

 故障やオーバーヒートによる気絶を起こしてしまわないか不安である。

 実は雪太、定期的に、

「スノー、可愛いけど壊れちゃうよ。落ち着いて」

 と注意しているのだが、どうにもこうにも、テンションと身体表現の調節がスノー本人にすらままならないことがあるようだ。

 その姿を見た雪太はスノーのことを、

「お嫁さんロボットのAIが組み込まれた上、プログラムによって作られた感情と身体表現の調節や加減に大きなバグのあるお世話ロボット」

 なのではないかと推測していた時期がある。

 まあ、スノーの性格に該当するお嫁さんロボットが存在しなかったので、その考えは切り捨てられたのだが。

「もう! 雪太、考え事ですか? それとも、ボーっとしてるだけ? どうせならスノーちゃんのことを考えてくれなくちゃ嫌ですよ! ほら、起きましょう。ちゃんと美味しい朝ご飯もありますから! あ! 目を瞑りましたね!? 二度寝をしようとするなんて、可愛すぎる困ったちゃんです! ほら、うるさいスノーちゃんを静かにさせるには起きて、抱き返して、ちゅーするしかないんですよ!! ほら、早く早く!!」

 雪太に一点集中して注がれるマシンガントークが今日も激しい。

 激しいというか、もはや暴力である。

 スノーがスリープモードで仮眠をとることができるのは同棲生活初日の就寝で確認した通りだが、彼女が説明した通り、仮眠をとると言っても有事の際に対応できるようにいくつかの機能は有効になったままであるし、常に薄っすらと意識がある。

 本当に眠ることができないスノーは、よくやんわりとした意識の中で雪太のことを考えているらしい。

 一日の出来事や、ここ最近で最も可愛い、あるいは格好良かった雪太のハイライト。

 次の日以降の予定、献立、雪太をより健康で幸せにする方法。

 スリープモードでの思考なのでオーバーヒートしてしまうほど熱くはならないのだが、それでもスノーの動力が熱くなって回り出す。

 胸がキュンと鳴って、何度も何度も雪太が大切な存在であると確信する。

 そうして愛情の溜まった状態で目覚め、可愛い寝顔でムニャムニャ寝言を言う雪太を見ると堪らなくなってしまうのだ。

 ひとまず雪太が眠っている内に家事を行い、朝食を作って熱を冷まそうとするのだが、毎回失敗してしまう。

 早く雪太を起こして彼の反応を眺めながらくっついてイチャついたり、お喋りをしたり、悪戯をしたりしたくて堪らない。

 だが、スノーは腐ってもお世話ロボット。

 自分の存在が雪太の健康を害してしまうことのないよう、彼の就寝時刻から最適な睡眠時間と起床すべき時間を割り出し、その時間以外には起こさないように気を付けている。

 そのため、ロボットであるのにもかかわらず感情のコントロールと我慢が苦手という、とんでもないスノーは、時間がやって来ると大はしゃぎになってしまうのだ。

 理屈は分かっても、実際にやられると結構キツイ。

 好きな音楽ですら、目覚ましに使うと嫌いになってしまうことがあるくらいなのだ。

 スノーのソレは一般的な「うるさい」を越えた地獄のアラームだ。

 しかし、雪太の凄いところは「スノーの騒音式アラーム、重い愛を添えて」をストレスフリーで受け入れているところである。

 雪太は元々おっとりとした優しい性格をしているし、人間嫌いで大抵の他人を避けたがる代わりに好んだ相手にはかなり寛容で甘い性質をしている。

 またスノーはもちろん目に見えて雪太を溺愛しているが、雪太だってスノーを愛しているのだ。

 そんな彼のスノーに対する懐の広さは世界遺産、いや、宇宙遺産レベルである。

 そのため、雪太は二度寝しかけたりボーッとしたりしながら緩やかに目を覚まし、ゆっくりとスノーに照れ始める。

 雪太のトロンとした瞳が開いてスノーの姿を捉えると、彼女は嬉しそうに目を丸くし、

「雪太!」

 と、破顔した。

 パッと広げられる両腕や雪太を見つめるキラキラの瞳は、「雪太からハグをしてくれ!」というスノーからの熱い要望である。

 早く! 早く! と体全体を揺らし、ついでに豊かな胸もバウンバウンと跳ねさせて激しく催促をする。

 スノーの行動はテンションの上がりすぎたハスキーと完全に一致していた。

 ところで雪太、求められるがまま愛情を返したいと思っているし、スノーに触れたいとも思っているのだが、同時に彼は極度の恥ずかしがり屋でもある。

 スッと抱き寄せてキスをすることや、

「今日も元気で可愛いね、おいで、素敵な子猫ちゃん」

 と、爽やかに微笑んでイケメンムーブをかますなんて真似は決してできない。

 考えただけで脳が沸騰しそうである。

 だが、それでも雪太はなけなしの勇気を振り絞ると赤面し、俯いたままでムギュッとスノーの柔らかい体を抱き寄せた。

 焦りのせいで少しだけ乱暴になって、スノーの頭部が雪太の胸元にギュムッと押し付けられる。

 いつも通り逃げられてしまうと思っていたスノーはまさかの誤算と力強いハグに大歓喜である。

「キャー!!! 雪太に、大大大好きな雪太に抱っこされちゃいました! 嬉しいです、雪太! スノーちゃん、脳の回路が焼き切れちゃいそうです!! ねえ、雪太、おはようのキスは!? ああ! 雪太が逃げました!!」

 スノーが抱き着いていたわけではなく雪太が上からふんわりと抱き締めていたわけなのだから、油断をすればアッサリと逃げられてしまう。

「雪太~、スノーちゃんが雪太を抱っこするのでもいいですから、もう少しだけハグをしましょうよ~! 寂しいです~! ギュギュッてしたいです~!」

 ベッドから降りたスノーが子供のように両腕を広げ、トテテ……と雪太の後を追う。

 このような感じで、雪太とスノーは同棲初期からずっとサッカリンのように甘くてイチャついた日々を過ごしている。

『幸せだ……』

 スノーの作った味噌汁を啜り、小さく幸せなため息を溢して笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る