実はお嫁さんロボットが欲しかった

 日が伸びてきたとはいえ、午後六時にもなれば辺りはだいぶ暗くなる。

 晴れてはいるが濡れたアスファルトからは冷気を感じるし、梅雨であるためか空気が水を含んでいて妙に肌寒い。

 吹き付ける風だって厳しく、雪太の肌を裂く。

 寒がりな彼は凍える寸前だった。

 氷のように冷たくなって震える指先で何とか解錠し、玄関のドアを開ける。

 そして廊下までしっかりと温まった自宅に入ると、ホッと息をついた。

『遠隔で暖房を入れられるシステムは神。父さんたちの頃に比べればめちゃめちゃエコで、消費電力も低いらしいから、エアコンも床暖房もつけたい放題だし。やっぱりロボが至高。ハイテクがゴッド』

 ロボット大好きな雪太だが、実は機械音痴である。

 機械についての知識もザックリとは取得しているものの、細かい専門知識となるとついていけない。

 だが、実に良い時代となったものだ。

 機械音痴でも使いこなせるように多くの企業が動画付きの説明書を用意しているし、操作方法もシンプルで分かりやすいように設計されていることが多い。

「ここが俺の家だよ。こっちにおいで、外は寒いよ」

 雪太は玄関の外で突っ立っているロボットの腕を引き、リビングまで招き入れる。

「ごめんね、外すよ」

 雪太はロボットに一言声をかけると丁寧にボロ布を外した。

 そうして姿を現したのは、壊れかけてコードや内部を剥き出しにした機械らしい造形のロボットではなく、長い黒髪をストレートに下ろした美しい女性だった。

 パッチリと開いた瞳に長いまつ毛が愛らしく、肌は降り積もる雪のように真っ白で透き通っている。

 また、彼女はメイド服を機能的に改良した、非常に可愛らしいデザインの洋服を着ていた。

 キチンとボタンの閉められた長袖ブラウスにロングスカートと、露出の少ない格好は非常に清楚なのだが、頭身が高く、スタイルが抜群であるため可愛らしくも色気のある雰囲気だ。

 エロ可愛いといったところだろうか。

 スタイルの良さが浮き彫りになるようデザインされた服によって豊かな胸や肉付きの良いお尻、キュッと引き締まった細い腰なんかが強調され、つい視線を持って行かれてしまう。

 また、指先など所々で塗装が剥がれていたり、髪がパサパサになってしまっているものの、全体的な劣化は少なく、想像よりもずっと良い状態だった。

「この度は、私を拾っていただきありがとうございます。私は———社のお世話ロボットで、型番はDz―02○8、識別ナンバーは98752、デフォルト名は、万能家事ロボットをもじってカジロちゃんとなっております」

 所有者の家に入ると自動で自己紹介をするプログラムが組み込まれているようだ。

 ロボット改めカジロは淀みなく言葉を出すと、丁寧に頭を下げた。

 気品ある立ち振る舞いや自身を見つめる丸くて可愛らしい瞳にデレデレとしてしまうが、同時に思う。

 カジロはダサい。

「カジロはちょっと、駄目、かなぁ。そうだな、雪太の雪からとって、スノーとかにしようかな。えっと、———社のホームページは……」

 ペーパレス化に伴って、ほとんどの企業がインターネット上に説明書の画像や説明動画などを挙げている。

 雪太はさっそく彼女の開発元である会社のサイトにリンクすると、かなり詳細で丁寧な説明書と動画を発見することができた。

 会社に感謝を捧げつつ、黙々と動画を視聴する。

 すると、雪太の姿を眺めていたスノーが、

「すみません、ご主人様。現在、私の身体は外気に晒され続け、非常に汚れた状態となっております。この状態ではキチンと家事を行い、ご主人様のお世話を行うことができません。浴室を借りてもよろしいでしょうか?」

 と、声を掛けて来た。

 同時に開いていた説明書によると、彼女は自分の汚れ具合をチェックし、常に最適に仕事ができるよう身の清潔さを保つプログラムが施されているようだ。

 防水機能なども完備しているようなので、雪太は快く浴室を貸すことにした。

 スノーがお風呂に入っている間に、雪太は説明書を細かく読み込んで知識を深めていく。

『薄々そんな気はしてたけど、やっぱりスノーはかなり高性能なロボットなんだな。本当に、どうしてこの子が捨てられたんだ?』

 説明書を読み終え、動画も視聴し終わった後で、そんな疑問が頭に浮かんだ。

 スノーと同種のロボットは数年前に発売された当時では最新鋭のお世話ロボットだ。

 まるで人間のように動く表情や仕草、言葉。

 お世話を通して持ち主の好み通りに性格を変えるシステム。

 持ち主の健康状態をより細かく知るためのバイタルチェック機能や温度センサー。

 好みに合わせた食事を用意するための味覚や異臭を察知するための嗅覚などといった、より快適なお世話を提供するのに必要な五感。

 このようにスノーには多様な機能が搭載されており、現在売られている他の高性能なお世話ロボットたちに勝るとも劣らない品質を誇っている。

 また、今もなお運営による手厚いサポートがなされ、無料のものから有料のものまで各種アップグレードが用意されている上、洋服のように様々なモデルの機体が用意されており、年齢や性別まで異なる様々な姿に変えられるようになっている。

 そのため、仮にお世話ロボットの姿や声、表面上の性格に飽きてしまっても、機体やプログラムを弄ることで新たなロボットを手に入れたような気分になれるのだ。

 ロボットを購入する時に最も高価であるのはAIの組み込まれた頭脳の部分であり、機体自体はそこまで高額ではない。

 また、ここまで性能が良いものは高級車くらいの値段がするため、そう簡単に手放すようには思えなかった。

 やはり、スノーには何か大きな欠陥があるとしか思えない。

『まあ、仮にデカい欠陥があろうと、捨てる気は無いけどな。それにしても、女の子か~』

 声や頭身、役所の女性の言葉から予想はしていたが、それでも本当に女性の姿をしたロボットであったことに動揺が隠せない。

 雪太は思わず顔面を覆った。

 別に、人間が嫌いだからといって人型のものまで受け入れられないわけではない。

 雪太は元々、何らかのお世話ロボットを購入するつもりでよくカタログや販売サイトを眺めていたし、その候補には、まさにロボットというメカメカしい姿のものから可愛らしい女性をした姿のものまで、実に様々な姿をしたものが挙げられていた。

 しかし、雪太の場合は大切な物を多く抱えられないという性質から、お世話ロボットを購入したらその一体のみを死すらも共有する人生においてのパートナーとして扱ってしまう。

 しかも、女性の姿をしたお世話ロボットの中には恋人や妻として所有者に接するようプログラムされているものもあるのだ。

 簡単には決められない。

 本当に自分が欲している存在とは何か、羞恥心や常識を捨て去って考えなければならなくなる。

 ぶっちゃけ、本当に正直に本音を語るなら、お嫁さんロボットが欲しい。

 自分を溺愛してくる、可愛らしくてスケベな女性のロボットが滅茶苦茶に欲しい。

 お世話機能とか無くてもいいから。

 むしろ、自分がお世話するのもありだから。

 そんな本末転倒な思いが、雪太の持つ本音である。

 だが、恥ずかしがり屋で自己嫌悪がちな彼は、いざお嫁さんロボットを購入しようとすると、

『俺、キモイな……』

 と落ち込んでしまったり、愛とは何か、欲するものは何か、という哲学的な問いに行きついたりして、結局、買うことができなかった。

 だが、だからといって妥協し、お世話機能のみのメカメカしいロボットを購入することもできない。

 迷う、落ち込む、決心する、を繰り返すモタモタ、もじもじとした時を過ごしている内に、ロボットお迎え資金と夢だけが膨れ上がって、気が付けば数年の時が経っていた。

 そして、そんな優柔不断な彼の手元にスッと転がり込んできたのがスノーだ。

 どうやらスノーは家庭向けの一般的なお世話ロボットのようで、妻や恋人のように振舞うためのプログラムは仕込まれていないらしい。

 だが、それも悪くはないかもしれない。

 雪太はル○バのために部屋を掃除して我が子のようにかわいがるタイプであり、会話型のAIと一生お喋りをしてしまうような人間だ。

 そんな彼は相手がロボットだと分かったうえで強い愛情を感じ、ガチ恋することができるという、少々アレな側面すら持っている。

 それに、恋愛云々は一旦おいておいたとしても、ふとした縁で手に入るロボットというのは非常にロマンティックで運命的だ。

 今回のように非常に稀な方法でお世話ロボットを自宅に迎えられたというのはロボ好き冥利に尽きる。

 雪太は浮かれたままスマートフォンで姉にロボットの入手を報告すると、ソファにガッツリともたれかかってスノーを待った。

「スノー、遅いなぁ。でも、女の子だもんね、しょうがないか」

 予想よりも返ってくるのが遅いスノーにすっかり待ちくたびれてしまった雪太だが、彼は紳士よりなので優しく微笑んでいる。

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