美少女ロボットは訳あり
トボトボとアスファルトを踏みしめていると、道の先で丸っこい清掃ロボが横転しているのが見えた。
健気なロボットは仰向けになったままキュルキュルと小型のキャタピラを回し、ゴミの詰め込まれた袋を大切そうに抱いてもがいている。
綺麗になった道を通る人々は誰もロボットを助けない。
チラリと視線を向けるか、あるいは見もせずに無関心なまま立ち去るだけだ。
雪太は周囲を確認するよりも先にロボットの元へ駆け寄ると、
「なんだ、転んじゃったのか。ここはタイルが貼ってあるから濡れるとツルツルになっちゃうもんな。ロボットにだって辛いよな。ほら、ちょっと待ってろ。俺が起こしてやるから。おおー、なかなか重いな」
と、明るく声をかけながら後ろから抱き抱え、一気に体を起こしてやった。
雪太の胸元にロボットに纏わりついていた大量の雨水が付着してビショビショになる。
おまけに膝や腕に泥水までついて雪太は小汚くなってしまった。
だが、掃除をするのに必要な程度のプログラムしか組み込まれていないロボットは、助けてもらったことを理解できない。
そのため、自分のために苦労してくれた雪太へ礼を言うことは無かった。
だが、雪太にとっては命令に従いひたむきに業務をこなし続ける姿も健気で愛らしくて、
「お仕事頑張れよ」
と、笑顔で手を振った。
かわいいロボットと触れ合った雪太は少しご機嫌になり、鼻歌交じりに歩き出す。
気分が最高潮になった所で不意に、
「拾ってください。掃除、洗濯、料理、何でもできる可愛いお世話ロボットです」
という、可愛らしい声が聞こえてきた。
自ら「かわいい」を自称する少々図々しい声の主は、拾ってくださいと書かれた段ボールの中で座り込む人型ロボットだ。
ボロ布のようなものを頭から被るロボットは薄汚れていて、なんだか妙に小汚い。
少しガタがきているのか、布の隙間から見える指先も塗装が剥げていて鈍色になり、おまけに少々さびていた。
「拾ってください」
そう何度も頼むのに、通行人はロボットに一瞥もくれない。
それもそのはず、機能的なAIを搭載した様々なロボットを安く購入できる現代では、誰かが捨てた中古の汚いお世話ロボットは仮に高性能だったとしても価値が低く、ゴミ扱いだ。
それに、基本的に捨てロボットは拾うべきではない。
何らかの深刻なバグや故障を抱えている可能性があるし、仮にそういったものがなかったとしても、不法投棄のために元の所有者が無理矢理データを消した関係で頭脳回路が大ダメージを受けている可能性もある。
また、何らかの犯罪に使われた挙句に捨てられたロボットである可能性も高いし、違法なデータや機能を保持している可能性も否めない。
仮に誰かが無責任に棄てただけの真っ当なお世話ロボットだったとしてもキチンと危機感を働かせ、触れずに放置するのが無難だ。
『うう……見たらだめだ! 目にいれたら拾いたくなる! 目にいれたら拾いたくなる!!』
ロボット大好きでお人好しな青年、雪太はロボットの拾ってくださいコールに良心を痛め、心を揺さぶられつつも必死に無視していたが、結局ロボットの絞り出した、
「寂しいです。誰か、誰か私を拾ってください。存在意義が欲しいのです、ご主人様……」
という言葉にアッサリと釣られ、拾うことに決めた。
あざとくも切ない言葉に胸が締め付けられ、屈んだ雪太がムギュッと布の上からロボットを抱き締める。
人型のロボットは柔らかなスキンと適度な脂肪を感じさせる肉感的なパーツで機体が覆われているため、人間を抱き締めているのではないかと錯覚するほどフワフワで温かい。
「俺が君の所有者になるよ。おいで、一緒に帰ろう」
優しく声をかけ、ポツポツと降り始めた雨からロボットを守ろうと傘を差す。
雪太の出した「所有者」という言葉によって、ロボットは彼を「ご主人様」として仮登録したらしい。
ニコニコと笑顔で自己紹介を始める雪太に、
「ありがとうございます、ご主人様」
と返すと、スッと立って彼の隣に並んだ。
雪太が少し歩けば、ロボットもひな鳥のように後ろからついてくる。
「そこじゃ濡れちゃうでしょ。隣においで」
大抵のコミュニケーション特化型ロボットは、仮登録中には所有者の邪魔をしないように、必要最低限の動作しかしないように作られていることが多い。
捨てロボットもこのタイプだったようで、先程までと比べれば一気に物静かになっているが、同系統の中ではこれでもしゃべるし動く方だ。
ともかく、極端に無口、無感情になった捨てロボットはスッと雪太の隣に入り込んで軽く距離をとった。
火と二人が並ぶには適切な距離感だが、二人で傘を共有するには遠すぎる。
捨てロボットの肩が強くなった雨水でグシャグシャに濡れているのが気になって、身を寄せると傘の大部分をそちらに預けた。
「ご主人様が濡れます」
肩どころか頬や横髪まで濡れ始める雪太の姿をチラリと確認して捨てロボットが呟く。
機械的な言葉に雪太を心配するような響きはない。
プログラムに従って淡々と出される言葉だが、雪太は嬉しそうに頷くと、
「ご主人様だから大丈夫!」
と、謎理論を構築してニコニコと笑った。
ところで、かわいいロボットに「ご主人様」と呼ばれて浮かれまくった雪太が向かったのは、自宅ではなく市役所だ。
実は、捨てロボットは役者で所有者の有無を確認し、本当に所有者が存在しない不法投棄状態であると確認出来たら、一定の手続きを行うことで拾った者が所有者になれるという法律が存在する。
これは、AIやロボットに関する技術が未発達であり、各種企業や様々な団体などが新たな技術の開発に乗り出し、大量の機械を作り出したことに関係している。
試行錯誤を重ねて作り出した分、不良品も大量に生まれてしまい、それを不法投棄する団体が現れ始めたのだ。
大企業が大量の失敗作を子会社に押し付けて不法投棄させる事件が世間を揺るがし、不法投棄された機体から漏れ出た化学物質が環境を破壊して酷いことになった。
しかも、不法投棄する団体の中には反社会的勢力も大量に入り込んでおり、不法投棄の機械を回収して違法者を追うのではイタチごっこになってしまい、労力ばかりがかかるようになった。
また、回収した機械も倉庫を激しく圧迫し始め、処分に困るようになった。
そのため、政府は所有者不明の機械を国の所有物へと変更して簡単に処分できるような法律を作り出したのだ。
また、この法律の他にもロボットの所有者は個人情報を役所に提出して、所有者データを作らなければならないなど、不法投棄や悪用を避けるための法律、規則などが作られた。
雪太がしようとしていることは、当時の名残である法律を利用した捨てロボットの取得である。
役所に着くとロボットは別室へ連れて行かれ、身体的な特徴やネット上に登録された所有者の情報、紛失物届けの有無、機体に刻まれたコードなどから細かく情報を調べられる。
いくらAIが発達し、各種の手続きやインターネットでの調査が迅速になったとはいえ、この作業にはかなり長い時間がかかる。
主人になる気満々でロボットに愛着を持ち始めていた雪太にとって、半日という時間は永遠に等しい。
小心者で心配性な雪太は本当にロボットを手に入れることができるのか気になって仕方がない。
役所の長椅子に座り込むと、家族が大手術を受けているような心持ちになって、ジッとその時を待った。
そして帰って来たロボットと行政職員の女性を見ると思わず駆け寄り、
「先生! ウチの子の容体は!?」
と、必死の形相で叫んでしまった。
まるで医療ドラマのクライマックスだ。
これに対し、雪太のテンションについていけない役所の女性は「先生? 容体?」と、苦笑いを浮かべている。
「ええと、こちらのロボットには所有者がいらっしゃらなかったため、改めて所有者の手続きを行っていただければ、彼女は正式に貴方の物となります。ですが、その、本当に彼女を所有するのですか?」
所有できると聞いた途端、一気に緊張が緩んで雪太の全身から力が抜ける。
花が咲くような明るく可愛らしい笑顔を浮かべる雪太に対し、正反対の重々しい雰囲気を持った女性が声を潜めて問う。
眉根が寄っている上に不満そうに口角が下がり、妙に不穏な雰囲気だ。
やはりとんでもないバグや故障でもあったのだろうか。
「はい。俺はもう、あの子はウチの子だと思っていますから。もしかして、あの子は怪我でもしているんですか? こう見えても俺、貯金だけはしてる小金持ちなので、胡椒が直るのならいくらでも出しますよ。金に糸目はつけません。仮に借金を背負うことになったとしても、出します!!」
ロボットを待つ間に相当な覚悟を持ったらしい。
熱意に燃えた言葉を腹から出し、勢いでカードケースを取り出すと中からクレジットカードを引っ張り出した。
しかし、女性はアッサリと首を横に振る。
「いえ、そういう訳ではないのですが、その、彼女は例の……」
苦々しい言葉を吐く表情は少し歪んでいて、何やら複雑そうだ。
皆まで言わずとも「例の」で伝わるだろう。
そんな暗黙の了解的雰囲気を感じたが、雪太には何のことやらサッパリ分からない。
怪訝な表情で首を傾げると、女性がカッと目を見開いた。
「あの事件のこと、ご存じないんですか!? 約半年前の、例の事件ですよ! あんなに世間を騒がせたのに!」
何度言われても分からないものは分からないのだ。
何せ雪太、一年前にお気に入りの通販会社が大炎上し、社会的にもAI、ロボット批判が高まった時に、あまりにも目につきすぎる誹謗中傷なんかが嫌になってメディアから離れたのだ。
元々あまりメディアに触れる性格ではなかったし、仕事をするのにも大して影響がなかったため一度離れたらそのままとなり、それ以来は特にテレビやネットニュース、SNSなどをほとんど閲覧しなくなった。
唯一、ゲームや小説、最新機器やお世話ロボットなどについての情報を調べる時にはインターネットを利用していたのだが、優秀なオススメ機能によって趣味以外の情報はほとんど切り捨てられてしまい、画面上に出て来なくなっている。
また、人間、興味の無い情報は仮に視界に入っていたとしても脳に入ってこないものだ。
仮に、検索サイトのおすすめ欄やバナーに「例の事件」についての関連記事やまとめサイトの見出しがデカデカと載っていたとしても、雪太の目には映っていなかった。
素直にそう答えれば、女性は「そうですか」と呆れたような半笑いを浮かべている。
明らかに愚か者を見る目つきで雪太は少し肩身が狭くなった。
ところで、女性は今でも雪太の前でモゴモゴと物言いたげに口を開き、躊躇して止めるというのを繰り返している。
もしかしたら、雪太に「例の事件」について聞いて欲しいのかもしれない。
しかし、プロのひきこもり雪太は過酷なお出かけをし、ロボットを拾い、半日も小心者な心臓を震わせるという密度の濃い一日を味わうことで、すっかり疲弊している。
ロボットの秘密は気になるが、見知らぬ女性の話に乗り、面倒くさそうな噂話を聞く体力はない。
それに、女性の口ぶりからして相当大きな事件であるようだから、後日ネットで調べればすぐに詳細を知ることができるだろう。
これ以上、女性と雑談を交わすことに価値を感じなくなった雪太は、
「まあ、多少はリスクを背負うことになるかもって、ちゃんと覚悟をしたうえで捨てロボットを拾ったわけですし、多少のバグや事情があることは織り込み済みですから大丈夫ですよ。それよりも、手続きの方をお願いします」
と、彼女に仕事を促した。
やたらと時間のかかったロボット調査に比べ、所有者手続きの方は驚くほど早く終わる。
すっかり暗くなってしまったが、代わりに晴れた空を窓から眺め、雪太はウキウキとロボットの手を引く。
二人を眺めていた女性がポツリと放った、
「どうか、お気をつけて」
という静かな言葉が妙に雪太の耳に残った。
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