罪深きロボットさん
宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿中
最近あまり良いことがない
六月は梅雨の時期だ。
青空を占領した灰色の雲が長時間に渡って小雨を降らせ続けたり、傘を突き破ってしまいそうなほど激しい土砂降りを降らせたりする。
雨の混じった風はヒンヤリと冷たいくせに湿気があるせいで蒸し暑く、嫌な汗が体に纏わりついて蒸発せずに居座り続ける。
猛暑や極寒も十分辛いが、梅雨ほど人間に絶妙な不快感を与える季節は存在しないだろう。
鹿川雪太は暑い夏も寒い冬も嫌いだが、地味に梅雨も苦手だった。
人間嫌いな雪太は、普段は家に引きこもってゲームか仕事ばかりしており、ちょっとした買い物にすら出かけない。
基本的にはネットショッピングで日用品や食料などの必要な物を手に入れ、可能な限り室外で日の光を浴びぬよう気を配る。
仮に、どうしても外出せねばならなくなったとしても、ギリギリまで代替案を絞り出そうと無駄に頭を悩ませるのが雪太だ。
しかし、そんな彼だって気まぐれを起こすことはある。
家に籠りすぎたせいで漫然とストレスが溜まっていた雪太は、気分転換に外の空気でも吸おうかと外出した。
しかし、これが大失敗だった。
玄関を出た時の天気はどんよりとした曇りで、既に不穏な空気を醸し出していたのだが、
「今は梅雨だし仕方がないか。せっかく外に出ようと思えたんだ。むしろ出なきゃ損だろう。雨が降っても傘さえ持っていれば平気なはず」
と、変に帰宅を惜しんで外出を決行したのが良くなかった。
引きこもり歴の長い雪太はすっかり梅雨の雨の脅威というものを忘れており、スニーカーに傘一本、半袖短パンという狂気の軽装備でお出かけしてしまったのだ。
徒歩五分後には小雨が降り、そこから三分と経たない内に土砂降りになる。
横殴りの風が傘によるガードをすり抜けて雪太の身体全体をグッショリと濡らす。
よけようのないほど大きな水たまりのせいで新品同様のスニーカーが浸水し、タプタプと水を含むようになる。
差す意味がないどころか傘が強風に壊されかけてしまった雪太は潔く傘を閉じ、トートバッグのごとく腕に引っ掛けて歩いた。
実際には十分程度しか歩いていない雪太だが、体感では三十分以上も歩いている。
そのため、
「いまさら引き返せない! ビショ濡れになったのに、なんも無しで買えるのは悔しい!」
と、意地で歩き続け、不意に視界に入ったスーパーへ転がり込んだ。
目的は本日の晩御飯である豚の生姜焼きと長ねぎの味噌汁、ほうれんそうのお浸しの材料を購入することだ。
しかし、そうして必死にたどり着いたスーパーでも酷い目に遭った。
ここ十数年でAIは一気に進化した。
その発展具合は開発者ですら追いつけないほどで、ようやくAIが日常生活に紛れ込み、多くのものを自動化させたのが約五年前のことだ。
AIが生活に浸透し、高性能ロボットや身体補助の道具などとして一般紙三人にも使い倒されるようには、少なくとも後十年かかると予想されていたが、スマートフォンが光の速さで普及したようにAIも尋常ではないスピードで普及していった。
雪太たちは最早、AIがそこかしこに散りばめられていない世界を思い出せない段階にまで来ている。
しかし、だからといって日本の全てがAIに染まるわけではない。
設備や資金の問題でほとんど高性能AI搭載のロボットを使用していない、一昔前風の店が散見されるし、急激に変わりゆく社会への反発が故か懐古的な風潮も活発化している。
最近ではAIどころか一切のハイテクを使わない生活への憧れを増幅させる人間も出てきており、自然とアナログを愛する団体なども形成されていた。
半ハイテクが経営者の方針なのか、あるいは単純に資金が不足していたのか。
雪太が辿り着いたスーパーは、AI搭載のロボットを使わずに人間のみを従業員として雇っている店だった。
ロボット好きの雪太としては少し残念だったが、そのこと自体は大した問題じゃない。
最悪だったのは、雪太のレジ打ちをした定員の態度がDQN以下だったことだ。
会計を待つ雪太に対し、コンビニのレジで「タバコ」としか言わず不機嫌に店員へ指図するイキった客のように、「袋」「金」と単語のみの不機嫌な命令口調で接客し、勝手にネギをへし折って買い物袋に突っ込み、お釣りまで没収しようとする有様だった。
おかげで、レジ袋の中で体育座りしているネギは寿命が今日になってしまったし、数枚のお札にさようならを告げなければならないところだった。
接客という名の苛めに遭った雪太は、コンマ一秒で店に閑古鳥が鳴いている理由を察した。
雪太は自分自身の人嫌いを自覚しているため、他者と接する時には相手に不快感を与えないよう、常に笑顔と丁寧な態度を心がけている。
そのため、やりたい放題な店員にも長年鍛えてきたスマイルで応対し、どうにかやり過ごしたのだが、どうにもイラつきが治まらず不機嫌に道を歩いていた。
小雨になっているのが不幸中の幸いだが、生乾きの雪太が傘を差している姿にはどこか違和感を覚える。
本人も、いまさら意味ないよな……と思いつつ、何となく傘を差し続けていた。
『マジ、外なんか出なきゃ良かった。外は魔界、世紀末、地獄。我が家だけが安全だわ。つーか、最近いいこと一つもねーし、ロボ配達、ぜんぜん復活しねーし』
ジワッと目元に集まる水は断じて涙ではない。
雨粒だ。
多分。
え? 目元が赤くて瞳の奥が熱い?
気のせいだろう、多分……
雪太はグッと眦に纏わりつく涙を湿った腕で拭うと口から湿気のある溜息を溢した。
周囲にはキリでぼやけた白っぽい景色が広がっている。
苛立つ彼が頭に思い浮かべているのは、気に入って利用していたネットショッピングサイトの完全ロボット配達サービスの事だ。
AIが幅をきかせ始めた現代では、メインシステムの管理にしか人間が携わらず、その他の運営は全てAIが搭載されたロボットが自動で行うという会社も増えている。
雪太が利用していたネットショッピングの会社もこの類だ。
大幅に人件費を削減し、果てしなく発達したAIで効率よく運営を行うロボットビジネスは、一見すると隙の無い完璧な業務形態に思えるだろう。
実際、例の会社はロボットを利用した独自の運輸システムで巨万の富を得ていた。
しかし、メインシステムによる一括したロボット支配と、それによってロボットが忠実かつ完璧に働き、画一的で滞りの無い業務を行うという、ロボットビジネス最大の強みこそがエラー発生時には致命的な弱点となる。
何故なら、ロボットに指揮命令を出すシステムが壊れれば、全てのロボットが一斉に業務を停止し、顧客からの注文受付や品物の発注、運送といった仕事を一切行わなくなるという酷い状態なってしまうからだ。
例の会社はメインで配達ロボを支配する中枢AIに問題が生じても、複数用意されたサブのAIが働いて運営が崩壊しないよう対策している。
開発当初に中枢AIがバグとエラーを繰り返したことから構築されたシステムであり、これによって、いくつもの危機を乗り越えてきたのだと公式サイトに書かれていた。
だが、今回は普段通りとはいかなかったようだ。
初めは一ヶ月だったサービスの延期が二ヶ月、三か月と伸び、最大半年と宣言される。
だが、半年たってもサイトは更新されず、気が付いた頃には期間が無期と変更されていた。
注文を承ったまま配達されていなかった商品は大赤字を出しながら人間の手によって全て運ばれた。
それ以降、例の会社は表舞台で一切の動きを見せていない。
会社は一連の問題を「システムエラー」とだけ述べて詳細を明かしていないが、内部が壊滅状態に近いことは一ユーザーである雪太にすら察せられた。
実質的なサービス停止に追い込まれてから今日で約一年。
ネット上では「死んだ」「オワコン」「これだからAIは信用できない」「当然の問題を予測できなかった会社はアホ、使ってたやつはもっと馬鹿」と、口汚く罵られており、雪太を始めとするサービスの肯定派はすっかり発言権を奪われている。
配達ロボットとサービスを愛する雪太としては色々と思うところがあったが、レスバをするのも空しいし誰かを傷つけて虚仮にしたいわけじゃない。
嫌な言葉がPCの中に入りこんだらスクロールしてやり過ごす。
苛立ちが募ってもせいぜい舌打ち、台パン等はしなかった雪太だが、散々サービスを賛美していたインフルエンサーがSNSでクルリと手のひら返しした時には、思わず「はぁ!?」と怒声を溢したものだ。
『マジでアイツだけは許せねぇ……何が自然派インフルエンサーじゃ! お前は一年前までハイテク大好き女子高生を名乗っていただろうが。苦言を呈するならまだしもあること無いことほざきやがって。配達ロボが人間に手を挙げた話なんか聞いた事ねぇぞ。名誉棄損で訴えられろ!』
インフルエンサーの女性は元々ロボットに興味があったわけではなく、己の承認欲求を満たし、閲覧数を稼ぐためにSNSでハイテクを紹介していた。
その手のインフルエンサーというものは良くいる。
別に雪太も厳しいロボ好きおじさんのように、ロボに詳しくないなら紹介するな! 顔を出すな! などというつもりは一切ない。
なにせ雪太自身もロボットが好きなだけの一般人だ。
特別な知識等も持たないため、どちらかというとミーハー寄りである。
そのため、紹介者がロボットについてさほど詳しくなくても、あるいは閲覧数稼ぎとして使っていても、何となく紹介の様子からロボへの愛情を感じることができればほっこりとしていた。
しかし、例の女性からはほとんどといっていいほどロボットやハイテク機器への愛情を感じ取ることができなかった。
製品名すら間違える過ちだらけの紹介に、一度紹介されたら消えてしまう機械たち。
一度でもボディをお披露目されたら邪魔者のように部屋の端へ追いやられ、画面には女性ばかりが映るようになる。
それ以降語られるのは彼女の日常ばかりで、タイトルやサムネイルを確認したくなるほどだ。
そんな彼女なので一部の信者以外にはアンチか無関心者しかいない。
雪太はアンチよりの無関心者で、画面に入り込む度に「何だかなぁ……」と苦笑いを浮かべていたのだが、ロボット叩きが激しくなった時期に急に彼女の投稿が話題となり、興味本位でSNSを覗いてみた。
ハイテク好きを売りにしていた彼女だ。
もしかしたらハイテクへの用語コメントでバズったのかな? なんて、雪太は少し期待していたのだ。
だが、雪太の淡い期待はあっさり裏切られることとなる。
過激なロボ否定派は閲覧数や承認稼ぎに最適だ。
そのことに判断した彼女は早速、黒の背景に真っ赤な文字で「緊急」と書かれたサムネイルを製作し、短い動画を投稿した。
内容をザックリと要約すれば、暴走する配達ロボットに怪我をさせられた上に会社からも損害賠償や謝罪を得られず裏切られてしまったから、反ロボット派に転向するというものだった。
彼女が証拠と言い張るのは包帯を巻いた顔と腕、そして言葉のみだ。
医師の診断書も無ければ事件を映す動画も無い。
少し調べれば分かるはずのロボットの識別番号は、
「事件を思い出す時が狂いそうになるから」
と、だんまり。
被害届の方はロボ肯定派の警察官に突っぱねられたと陰謀説へ繋げ、理不尽を嘆く。
涙を溢したり頭を抱えたりしながら途切れ途切れに話す姿は一見すると可哀想な被害者だが、言葉を発する回数に対して圧倒的に情報量が足りない。
確かに彼女が本当に被害者なのであれば、これらの感想は被害者の心情、状態を考慮せぬ鬼畜の所業だ。
だが、相手はハイテク推しだった頃に、わざわざ人間が手作業で製作、梱包し配達している商品をインターネットで取り寄せて、
「人が配達してるから遅いのはしょうがないかなって思ったんですけど、これは酷いです。中身がぐちゃぐちゃで、配達のお兄さんも凄い怖い人でした。私、これからは配達ロボットちゃんしか使いません」
と、カメラの前で泣きじゃくった女性だ。
彼女は、ぐちゃぐちゃになった荷物とやらもカメラに映し、ボコボコになった段ボール箱や揺れというより直接かき混ぜられて破壊されたというのが正しい中身を「酷いでしょう!」と見せつけていた。
どう考えても彼女の捏造である。
しかし、当時の配達業者が素行の悪い会社だったため、三から四割程度の視聴者が騙されているようだった。
まあ、後に出品者が荷物の破損防止に緩衝材を詰め込んでいたという事実を画像付きでSNSに投稿したため、彼女は大炎上し、後に開かれた裁判で配達会社に負けたのだが。
それでも理不尽という言葉で敗訴をコーティングしまくり、人間不信に話を繋げた姿は愚かすぎていっそ天晴である。
ともかく、浅はかで狡猾な彼女の言葉はどう考えても信用に足らない。
ほとんどの人間は大して彼女を信じておらず、また、リスナーにはロボ肯定派が多かったことから例の暴行暴露も大炎上したのだが、この炎上騒ぎがかえって彼女に力を与えた。
ちょうどこの頃、別の会社の配達ロボが違法行為を犯したとして世間から注目を集めていたのだ。
ロボットアンチが高まる社会では粗悪な製品による暴走が面白おかしく騒ぎ立てられており、彼女の暴露はそこに混同されてしまった。
一割か二割もいる彼女の信者にロボットを攻撃したいだけの一派、お祭り騒ぎの集団。
これらが混然一体となって騒ぎ続けることで、ますますハイテク派の肩身が狭くなる。
例の会社や同業者の立場が脆弱になる。
ロボットの立場すら危うくなり、一時期インターネットは両者の果てしなく極端な意見が好き勝手に垂れ流すだけの地獄と化していた。
嫌なことを思い出した雪太が苦虫を噛み潰したような表情になる。
『あの会社、本当にあのまま倒産しちゃうのかな。うう、嫌だ。俺のかわいい配達ロボ、ハコブちゃんを返してくれ……!』
百三十センチくらいの小さな身長にメタリックな丸い卵型のボディが愛らしい配達ロボ、ハコブ。
スマートフォンでハコブを追跡し、一生懸命に荷物を配達する姿を想像してはニマニマとしていたものだ。
ハコブとの日々に思いを馳せつつ、雪太は小さくため息を吐く。
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