第3話 地上
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——————瞼が上がる感覚と共に、意識が急激に浮上する。
何が起こっているのか理解できず、バランスを崩して尻餅をついてしまう。周りを見れば、そこは洞窟の壁に囲まれた一室。周囲には、何かの鉱石やらどこぞの名家の家宝のようなものもあり、まるで誰かの宝箱の中のようだ。
「つまり…ここはあのピエロのコレクション部屋ってことか。でもなんで俺は動けるようになったんだ…?」
自分の手足を眺めるが、特に異常はない。
動かすのにも支障はないが、やはり体は重い。石にされた時の体の疲れがそのまま残っているようで、まるであの時のまま切り取られた状態のようにも感じる。
周囲のものも、見たことのないものばかりだ。どこかの博物館にでも飾られていそうなものばかりで、鉱石も一般的に見られる宝石とはまた違う物質のように感じる。
そうして現状確認を進めていた俺だったが、異変に気づく。
部屋の角に何か黒い渦のようなものが生まれ、そこから徐々に部屋自体が消失して行っているのだ。
「は…??」
素人目にも価値の高いものだと理解できるものが、渦に吸い込まれては消えていく。おそらく、数分もしないうちにこの部屋はあの黒い渦に飲み込まれて消え去るだろう。
「クソッタレ!!次から次へと分けのわからないことばっかりだ!!」
身近にあった石を一つか二つ入手し、急いで部屋を出る。
部屋を出た後に黒い渦は部屋を飲み込み、最後には入口ごと消失してしまった。
「部屋ごと消し去ったのか…いったいどういうことなんだ…?」
困惑が止まらない。
一体、なんだったんだろうか…?
入り口があったはずの壁の前で、呆然と立ち竦む。
何があったかを考えても意味はない。ポケットの中にあるサラームのドッグタグを確認し、改めて一連の出来事が夢ではないとわかる。
「ひとまず、地上を目指すことには変わりない…か」
ドッグタグと鉱石を仕舞い込み、そのまま行動を開始する。
周囲を確認しながら進むこと数分。狭い道を辿りながら前に歩いていると、曲がった先が明るくなる。それに、その先から人の声がする。
(救助?…いや、政府軍の人間か?いずれにせよ、ここにいるなら俺と同じように巻き込まれたのか。なら協力を申し出るのは可能なはず)
そう考え、刺激しないように両手を上げながら声のする方に向かっていく。
するとそこには、まるでラノベのファンタジーからそっくり出てきたような光景が広がっていた。
年は、おそらく20に差し掛かっているかどうか。それぐらいの少年少女が、思い思いの武器を持って、人の腰ぐらいまである赤いネズミ、のような姿をしたモンスターと戦っている。
少年たちの持っている明かりは周囲を照らしており、とても質の良いライトを使っていることがわかる。
少しすれば、少年たちは危なげなくネズミたちを倒し終わっていた。明かりがあることと、彼らの身体能力が特殊部隊も顔負けのものであることが要因だろう。
(…政府軍にあんな奴らがいたのか?戦場でそんな話は出ていなかったが…)
ひとまずケリがついているようなので、両手を上げながら話しかける。
『おい、君たち。少しいいか?』
『…?なんだよ、おっさん。こいつらは俺らが討伐したんだぞ』
『ああいや、そうじゃない。道に迷ってしまってね…地上までの道はどこかな?』
俺が話しかけても、警戒はするもののすぐに敵意を向けてくることはない。政府軍の人間ではないようだ。
『なんだおっさん、迷子かよ。ここの後ろの道を上って、そのまままっすぐ進めばダンジョンの出入り口だぜ』
『…そうか。ありがとう』
(…ダンジョン?それに、こんなところに警戒心の薄い少年兵が来てることも妙だ。地上はどうなってるんだ?)
頭の中が混乱しつつも、ひとまずは地上に歩みを進める。
少年の言った通り、示してもらった道を歩きながらまっすぐ進んでいると、徐々に喧騒が聞こえてくる。
徐々に太陽の日差しが強くなっていく。
ゆっくり上り、地上に出た先の光景は、俺の脳内とは全く異なっていた。
俺の戦っていた街は、戦場になっていることもあって荒廃しきっていた。家屋は壊れ、人の気配がある場合は、それは友軍か敵軍かのどちらかだった。
気を抜くことなど許されない、生と死の境目の場所。
だが、俺の目の前に広がっていたのはそれとは全く異なる光景だった。
建造物が並び、道路すらある。
通りでは人が行き交っており、そこには戦場の名残など一切なかった。
出入り口付近には軍人と思わしき人物が警備を行っており、やはりこの場所が危険であることの認識は変わりないことが伺える。
様変わりした街を目の前にして、呆然とする。
未だ、自分は地底に囚われていて、何かの幻覚を見ているのではないか、そう考えるほどに。
『おい、どうしたんだ?』
付近にいた軍人が話しかけてくる。
だが、それに言葉を返そうとするが、今は何よりも確かめたいことがあった。
『今は…何年だ?』
『は?…今は2135年の7月だが?』
その言葉に衝撃を受ける。
俺が戦場で戦っていたのは2035年。
100年という時が経っているのだ。この街の発展ぶりも頷ける。
…俺は100年という時の間、石になっていたのか。
『お、おい。本当に大丈夫か?モンスターに頭でもぶん殴られたのか?』
『いや、大丈夫だ。心配ない。ありがとう』
ふらふらとその場を離れる。
これからどうするか、考えていたプランは全て吹っ飛ばされ、頭の中に残ったのは100年という時の重さだけだった。
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あれから数日。
街の様子を見ていると、デザイン自体は変わっているものの、通貨が変わっていないことを確認した俺は、手持ちの金を使ってダラダラと過ごしていた。
金を払う際には随分と古い金を使うな…と怪しげに見られたが。
しかし、手元に残っていた金はそう多くなく。数日で路銀が尽きた。
手元に残っているのは、脇差とあの部屋から持ち逃げしてきた様々な石が数個。
これからどうするか、数日経った今でも何も思いついていなかった。
それほど、100年という時間はこの世界を変えていた。
まず、この時代に生きる人間は、その8割強が<異能>と呼ばれるものを扱える。これは、ライトノベルなんかでよく見られる特殊能力みたいなものだ。魔法みたいなのもあれば、とんでもない近接格闘もある。
対して、そういった能力を扱えない残りの2割弱を、世間では<能無し>と呼ぶ。これは正式な呼び方ではなく蔑称だが。
彼ら異能使いは、現在では様々な職業の他に、【探索者】と呼ばれる職業に就いている。その名の通りダンジョンの探索を行う職業であり、命の危険性と隣合わせデアはあるものの、そのリスクに応じでリターンも大きい、この世界の子どもたちが憧れる職業だ。
まぁ、100年前の世界でのアメコミのヒーローなんかと同じような扱いだ。
100年前世界各地で大小様々なダンジョンが生まれた際、どこの国も変わらず大混乱だったようだ。
そして、数日後にはダンジョンの入り口からモンスターが溢れ出してきた。当初こそ、地上で使える銃火器が通じてはいたものの、巨大なモンスターや強固な鱗を持つモンスターの前では銃火器は効果が薄かった。
そうして徐々に人類がモンスターたちに押され、支配地域を広げられている時。アメリカで、ある一人の男が出現する。
その男の振るう剣は強固な鱗を切り裂き、巨大なモンスターを両断した。
世界で初めての<異能使い>の誕生だ。その男をきっかけとして、世界各地で異能を扱える人間が増えていき、現在では総人口の8割にもなっている。
人類はモンスターをダンジョンへと押し込め、現在は新たな資源やアイテムを得ることのできる場所にまで変化させた。
だが、現在でもダンジョンの奥深くは探索できておらず、時たまスタンピード、魔窟災害と呼ばれる事態も起こり、犠牲者も少なくはないようだ。
そして俺のこれからに一番関係することなのだが、その背景もあって紛争地域はほぼ消滅していると言っても良い。もちろん争いがないことはないのだろうが、俺のような傭兵が戦場に参加できるような場所はほぼないのだ。
人類が対モンスターで固まってるのに人間同士で争ってんじゃねぇ、有能な異能使いが死んでダンジョン探索が進まなかったらどうする、という民官の厳しい視線と国際情勢のせいもあるだろう。
つまるところ、俺の仕事場がこの世界では無いに等しいのだ。
そのせいで、これからどうするか俺は全く思いつかない。
「あ゛ー…ほんとにこれからどうするかな」
借りている部屋も今日のうちにはチェックアウトして出て行かなくてはならない。
高校卒業と同時に師匠がくたばり、その後は海外を転々としてきた。用心棒、SP、災害救助…なんでもやった。そんな生活を続けてきたために、それ以外の生き方なんて今更思いつかないのだ。
「そういや…俺はなんで傭兵になったんだっけ」
ふと考える。
そもそも俺がこんな生き方を選んだのは何故なのだろうか。
子供の頃、尊敬していた祖父のことをバカにされ、忍者忍者と囃し立てられ、そのうち祖父のことを自分も嫌いになり…そして、それなら力を誇示してやろうと、自らの技術や知識が決して劣るものでは無いと証明したくて、鉄火場に身を置いた。
そこまで考えて、頭の中が回転し始める。
なら、俺の忍びとしての技は、どこまでダンジョンに通ずるのだろうか。
それに、サラームをはじめとした仲間たちは、あのダンジョンに殺された。仇をとるじゃないが、何かやり返さないと気が済まない。
そして、この技術が今の時代、劣るものでは無いと証明する最も手っ取り早い方法は、ダンジョンで結果を出すことでは無いだろうか。
そこまで考えて、ダンジョンに入るにはどうすればいいかを調べる。免許の有無、試験の内容、それらを調べた時、確実に探索者になれる目算が弾き出されていく。
そして考えを終えた時には、すでに立ち上がっていた。
未知の生き物、未知の環境、それらに忍びの技で立ち向かうというシチュエーションに、俺自身が高揚していたのもある。
それに、羽黒家の家訓には、「思い立ったが吉日」というのもあるのだ。
「ひとまずは…髭と証明書か」
鏡の中の自分がニヤリと笑って、「ようこそ」と言ったような気がした。
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