第4話 試験

 探索者になるには、探索者証が必要だ。

 この探索者証は、ダンジョン協会という国の機関が行っている試験を経ることで免許のように取得できる。

 試験内容はダンジョン一階層で探索し、拾得物を持ち帰ること。

 国によって開催日や期間が異なるが、この国では殆ど毎日行われている。


 この免許証は本人のDNA情報と連動しており、その強固なセキュリティから保険証やパスポートとしても使用出来るというのだから驚きだ。

 これもダンジョンから得られた資源で開発された技術であり、今のところ不正利用の成功率は1%未満らしい。


 この免許は誰でも受けることが可能で、必要なのは提出書類とDNAを採取できるもののみ。

 受験料はこの国では取っていないらしい。理由は20年ほど前、貧困によって探索者証を得られなかった人物が、魔窟災害で驚異的な活躍をしたことがあったからだそう。


 提出書類に書き込み、異能の欄は空欄にしておく。

 こういった部分で嘘をつけば後になって苦労するのだ。


 受付で職員に提出すると、怪訝な目で見られる。


『おい兄さん。あんた、20後半の外国人ってだけで変なのに、能無しか?自殺願望者はお断りだが』

『いいや、違うよ。生憎、老衰以外で死なないと決めてるんでね』

『…そうかい。試験内容はダンジョン一階層での探索を行い、拾得物を持ち帰ること。死んでも責任取らねぇぞ』

『分かってるよ。ノープロブレムさ』

『それじゃ、回収石を渡す。決まりだから説明しておくが、この石はダンジョンで収集された素材を回収できる宝玉だ。試験に合格すればそのままお前のものになる』

『ほーん。便利な石だな』

『その代わり、ダンジョンの中でしか使えねぇけどな。あと、配布される回収石は容量も決まってる。確か部屋一つ分ぐらいだったはずだ』

『なるほどね…了解。あとは?』

『特にない。…おまえ、本当に大丈夫なんだろうな?』

『大丈夫。この試験に受かる算段はもうついてるからな』


 そう、試験内容は

 俺のポケットの中には、合格要件が既に入っているのである。


 試験証を貰い、ダンジョンへと向かう。

 見張りの軍人が別人であることは協会に向かっている最中に確認済み。

 試験証を見せて、中に入る。


 そして周りの試験者や他の探索者が試験に夢中になっている中、俺は羽黒流の技を使う。

 ミスディレクションと歩法の合わせ技である。音もなく移動し、常に視線から外れるか、視線の集まる場所の反対方向を位置取る。

 すると、誰も俺の事を認識し続けることが出来なくなる。


 そうして人目のない場所を移動し、時間を潰す。

 1時間ほど時間を潰して、ダンジョンから出る。


『おい、お前試験を受けてるんだろ?』

『あ、あぁ。それがどうかしたか?』


(ヤバい、バレたか?流石に早すぎたのか?)


 軍人と目が合い、思わず冷や汗が出る。


『討伐したモンスターはどうした?試験は諦めたのか?』

『ああ、それなら心配ないよ。ちゃんと拾得物は持ってる』

『そうか。合格おめでとう』


 そう言って手を差し出してきた軍人と握手する。

 試験の不正合格がバレるかと思ってヒヤヒヤしたが、問題なく通過できそうだ。

 そのまま出口を足早に離れ、協会へ向かう。


 ―――――――――――――――――――――――


 協会の職員は、俺が帰ってきたのを見ると目を丸くする。


『おい、もう帰ってきたのか。試験は諦めたのか?』

『それ、さっき軍人さんにも聞かれたよ。そんなに早いか?』

『試験を受ける奴らは、金に困ってるやつも多いからな。多く換金するために、持ち切れるギリギリの量までモンスターの素材を集めたり、アイテムを収拾する奴が多い。1時間で返ってくるのは珍しい部類だな』

『20後半、外国人の時点で今更だろ』

『それもそうか。で?何を持ってきたんだ?』

『これだ』


 そう言って、受付にあの部屋で手に入れた石を出す。

 俺の出した石を見た職員は、その石を受け取ってカウンターの奥へと持っていく。


『あ、おい!どこに持っていくんだよそれ!』

『解析するに決まってんだろ。俺はただの職員。これがどんな素材かなんて、そんな知識持ってる奴は先進国のダンジョンぐらいにならないといねぇよ』

『…そうなのか』


 職員にジトっとした目で見られてから数分。

 奥に引っ込んだ職員が、血相を変えて出てくる。


『おいお前!こんなもんどこで取ってきた!?』

『え、いや』

『浅い階層でこんな大物が出るってことは、ダンジョンの中で何か起きてるに決まってやがる!災害が起きる前に言え!』

『探索してたら、小部屋があって、そこで見つけたんだよ。物色してると角から黒い渦が出てきて部屋が消えちまったから、そんだけ持って慌てて出てきたんだ』

『んだとぉ…?ちょっと待ってろ』


 職員は俺の返答を聞くともう一度中に入っていく。

 また数分して出てきた職員が、神妙な顔をして出てくる。


『新人。お前が見つけたのは、【気狂いピエロの宝物庫】だ。クレイジー・ピエロっつうモンスターがいるんだが、そいつは気に入ったもんを、ダンジョンのどこかに隠しとく習性があるんだよ。よほど運が良くねぇと見つからねぇんだがな』

『なら、部屋の角から出てきた黒い渦はなんだったんだ?』

『さぁな、それは知らねぇ。ピエロが部屋をどっかに動かしてたんじゃねぇのか?』

『そうか…それで、その石はどのくらいになるんだ?』

『だいたい…4500ベンスくらいか』

『だと…今はどのくらいなんだ?』

『普通の奴らが1ヶ月働いてもらえるのが大体500ベンスだよ』

『てことは、7ヶ月分かよ!?』

『だからあんなに慌てたんだろうが…これはモンスターの魔石だ。こんだけの値段がつくってなりゃ、それ相応のモンスターになるからな』


 職員の話を聞いて、さっきの慌てたわけに納得する。

 浅い階層にそんなモンスターがいると勘違いしたのか。


『んで、試験については合格だ。ピエロの部屋を見つける観察力、欲張らねえですぐに引いた判断力は十分。能無しにそもそも戦闘能力は求めてねぇからな』

『そうかい。そりゃどうも』


 職員の顔からして、悪気はない。

 おそらく、現在の世界ではこれがスタンダードなのだ。差別とかではなく、純粋な区別。持てるものと持たざるものの間に生まれる壁が、目に見えた世界なのだろう。


『これが探索者証だ。再発行には500ベンスかかっから、絶対になくすなよ』

『そんなにかかるのか…他に注意事項はあるか?』

『免許の更新は一年に一回だ。それをしなければ、免許は失効になる。更新自体は協会に所属してる国ならどこでもできる。それと、探索してきた素材を換金する時には、手数料がかかるぞ』

『なるほどね。了解だ』


 探索者証には『HAGURO SYUUHEI』の名前と、俺の顔写真が入っている。

 それを手に取り、無くさないよう仕舞い込む。


『他に何もなければ終わるが?』

『それなら…一つお願いがある』


 職員にそう言いながら、置いていった仲間たち、そしてサラームのドッグタグを手に取る。


『これを、この国の墓地に埋葬してほしい。こいつもここで眠ったほうが本望だろう』

『これは…随分と古風なもん持ってんだな。今時ドッグタグなんてつけてる奴はそうそういねぇぞ』

『いいから。してくれるのか?』

『わかったよ。共同墓地に埋葬しておく。もういいか?』

『あぁ、ありがとう』


 傭兵としての俺は、サラーム達と共にこの国で死んだ。

 これからは探索者として生きていくことに一抹の寂しさを覚えながらも、協会を後にする。


 青い空に羽ばたいている鳥が、俺の門出を祝ってくれているような気がした。

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