安直で軽率な君を

marin

安直

 その男はいつも俺の隣に座った。最初は偶然だったと思う。その日はたまたま俺の隣しか空いていなかったから、男は断りを入れてから隣に座ったのだ。身長が元から高そうなのにヒールがついた靴を履き、顔も整っていてモテそうな上に、瞳の色が特徴的なその男に話しかけたのは、彼がこの店をもう一度訪れた時だった。

 俺は色々聞いた。仕事や生まれ、どうしてここを知ったのか。生まれはここより少し遠い所で、歳は俺より上で、夜型で、趣味は少ない。男は何でも正直に答えてくれたが、ついぞ仕事についてだけは話さなかった。それを聞くたびに、君の方はどうなんだと返されたのを覚えている。俺だって話したくないから、その話題はそれで終わって、また下らない会話に戻った。ただ毎日喫茶店に来て喋るだけの関係だったが、それがどうにも心地良かった。まぁ見目がいいから、見ていて飽きなかったというのもある。容姿を褒めると男はいつも微笑んで感謝を述べた後に、君もモテそうだと返してきた。それは当たっている。

 その男が死んだ。死体は海に浮かんでいて、それを見つけたのは俺だ。何故そうなったのかはよく分からないが、仕事関係なのだろう。警察を呼んでから詳細を知ろうと思ったが、男が話したがらなかったのでやめた。悲しいがそれ以上に寂しい。もうあの男が俺と話して笑ってくれることはないのだ。それが、寂しくて堪らない。

 今日も、俺はここに座っている。そして、あの男の事を考えている。例えば、俺はいつもホットコーヒーを頼んだが、男はアイスコーヒーを好んで頼んだことを思い出す。その理由を聞いたことはないが、氷が好きだったかもしれないなと思う。あと、彼は冷たいというよりは、熱い人間だった。いつも何かに浮かされているような顔をしていたのを、覚えている。あの紫の瞳で、男は何を見ていたのだろうか。それは分からないが、男が見ていた物なら美しく綺麗なんだろうな。俺も一緒に見ていいかと言えば良かったなぁと思う。男は拒まないし、一緒に目指してみますかと冗談めかして言ってきただろう。それは嬉しいが、俺は断っただろうな。そういうものは、自分だけの物であるべきだから。

 また会いたいなぁ。だが、それは難しい。彼に会うためには、俺も死ななければならないし、行き先がわからないからだ。あの世は2つに分かれているというが、本当だろうか。そういえば、どうせ行くなら静かな場所がいいと言っていたっけ。もし2つに分かれているのなら、どっちが静かなのだろう。やはり、天国だろうか。いやでも、予想に反して地獄の方が静かかもしれない。難しいな。いっそ、迎えに来てくれないだろうか。いや、それだ。それしかない。それを願って死ぬしかない。あぁでも男は安直で軽率な人間を、好まないのだった。なら、俺は生きるしかないか。結論が出た所で、すっかり冷えたコーヒーを啜りながら、今日の夕飯の事を考え始める。生きるといえばやはり食からだから。男はこんな俺を笑うだろう。そういう安直さは嫌いじゃないですよと言って。

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