第10話 同調症
「本日はシャトル「かごめ」にご搭乗いただき誠にありがとうございます。ソラノマチから種子島宇宙センターへの所要時間は2時間45分を予定しております」
行きと同じアナウンスが機内に流れていた。僕と父は帰りの便に乗り、種子島宇宙センターへと向かっていた。
優喜音がソラノマチでとった写真をネクスタに次々と送ってきていた。しかし、僕はそれどころではなかった。
父の調子がかなりひどくなっていた。顔は蒼白に、くちびるは紫に変色し、額には汗がにじんでいた。呼吸は荒く、今にも吐きそうな様子だった。ネクスタでバイタルをチェックしてみると、心拍数が150を超えていた。
父があまりにも苦しそうなので、見ているほうまで具合が悪くなりそうだった。父の顔をのぞくと、うっすらと開いたまぶたの内側の瞳と僕の目が合った。
そのとき不思議なことが起こった。
体中にぞわっとした震えが走り、急に息が吸えなくなった。いままでなんとも思わなかった“自分は高いところにいる”という実感がとても恐ろしくなって、急にこのシャトルが真っ逆さまに落ちて全員死んでしまうかもしれない、という考えが頭をうめつくした。
僕はすぐに自分のバイタルをチェックした。血圧と心拍数の数値が高くなっており、息切れや発汗、脳の異常動作などが確認された。
さらに、画面には『同調症のおそれあり』という真っ赤な警告が表示されていた。
“同調症”とは、高所恐怖症などの精神疾患のなかでとくに重度の疾患を持つ人が発作を起こしたとき、近くの人間にも同じような症状が現れてしまうことだ。その原因ははっきりとはわかっていないが、発作を起こしている人間から微量の精神伝達物質が粒子となって拡散され、それを吸い込むことで同調症が起きるという説が有力だった。
とにかくナントカ恐怖症の人が重度の発作を起こしているときには、その人に近づくには十分注意しなければならないのだ。
僕はまさしくこの同調症を発症し、激しい頭痛と吐き気におそわれた。頭をロープで絞めつけられるような鈍い痛みと、頭に針を刺されたようなズキズキとした鋭い痛みが同時に襲ってきた。僕は呼吸がほとんどできず、酸欠で視界がだんだん狭まっていくのがわかった。
僕は最後の気力を振り絞って機内の呼び出しボタンを押し、そのまま意識を失った。
浮遊病 黄金かむい @o_gone_kamui
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