第7話 団欒(だんらん)
家に帰ると僕はようやく車いすから解放される。家の中には階段や廊下のあちこちに手すりが取り付けてあって、普段はそれをつかんで生活していた。
僕は二階にある自分の部屋のベッドに倒れこんだ。ベッドには夜中に体が浮いて天井に頭をぶつけないようにベルトがつけてあった。僕はベルトを無視してベッドの上に寝転がり、夕飯の時間まで眠った。
「ごはんできたよー」
母の声が聞こえたので僕は身を起こした。ゴツン、という音がして頭が天井にぶつかった。僕はまた浮遊していたらしい。あくびをしながら部屋の扉を開けると、ちょうど向かいの扉が開いて、部屋から妹の
「ふがふが、ふがふがふがふが」
「優喜音、また入れ歯つけてないのか。なんて言ってるのかわからないよ」
優喜音はうしろを向くと、手に持っていた入れ歯を口にはめた。優喜音には生まれつき歯がほとんどないのだ。
「だって不潔じゃん」
そう言うと優喜音は先に階段をおりていった。
僕たちが食卓についたころ、玄関の扉があいて、「ただいまぁ」という気の抜けた父の声が聞こえてきた。父は疲れている様子だった。というか、父はたいてい疲れてくたびれていた。
「おかえりなさい。きょうは寄せ鍋にしました」
母が台所から鍋を持って出てきた。
「母さん、熱くないかい」
「なあに?義手だもの。全然平気よ」
「そうか。いや、きょうは義手の温度伝達機能の実験をしていてね……」
父は義手や義足を開発している会社の研究員だった。母がつけている義手は父が開発したものだ。
「さあさあ、仕事の話はあとにして、ご飯にしましょう」
母が土鍋のふたをあけると、ほんのりと和風な香りがただよった。
僕たち一家は鍋をつつきながら談笑した。食事が進んでまもなく、母がたずねた。
「お父さん、正月はいつまで休みなの?」
「ああ。三日まで休みだよ」
「そう。どこかお出かけできるといいわね」
すると優喜音が、
「父さん、わたしソラノマチに行きたい」
と言った。優喜音の言葉を聞いて食卓の動きが止まった。
「優喜音、高いところはお父さんが……」
「この間クラスの友達がソラノマチに行ったってわたしに自慢してきたの。くやしいから自分も行きたい」
母はなにか言おうと口を開いたが、父がそれをさえぎった。
「いいよ、行こう。父さんもあそこの研究施設には興味がある」
そう言った父の手は少し震えていた。父は極度の高所恐怖症なのだ。
「やった、ありがとう父さん」
優喜音はお椀に残っていた〆のうどんを飲み込むと「ごちそうさま」と言って、すぐに入れ歯を磨くために洗面所に向かった。
「はあ。やっぱり入れ歯って不潔」
優喜音の心底嫌そうなつぶやきが僕の耳に聞こえた。
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