第8話 恋敵

 凛堂若菜は一人ではなかった。車いすのさらに後ろに、不機嫌そうな顔をした背の高い男が立っていた。若菜はその男に向かって手を動かした。


 『すみません。もう帰りますから』


 どうやら手話で会話しているようだ。男はふんと鼻を鳴らして腕を組み、道路を走る車を眺めていた。


 「なにぼーっとしてんの。海山(うみやま)先輩が待ってるから早く乗ってくれない?」


 若菜に言われて僕は少しいらっとした。海山先輩といえば、今の若菜の彼氏だ。


 僕はこれ見よがしに不機嫌な顔をして車いすに乗り、肩と腰のベルトを締めた。


 若菜はそれを見届けると、海山先輩の手を握り、いかにもカップルですと言わんばかりに肩を寄せ合って帰っていった。



 若菜にまたしても助けられた。もう何度目かわからない。


 しかも今度は不愉快な光景のおまけつきだ。僕はずっといらいらしていた。


 若菜にこっぴどく振られ、自分でも若菜を好きになるのはやめようとしても、若菜が他の男と付きあっているのを見るのは我慢がならなかった。



 車のクラクションの音が聞こえて、僕は我に返った。


 グリーンの中型ワゴン車が歩道に寄せてきて、僕のとなりに止まった。

 

 車のドアがあいて、ラフな格好をした女性がおりてきた。


 僕の母だ。母は両腕に義手をつけている。


 「耀佑(ようすけ)、あんたまた飛んだの?いいかげん外で車いすおりるのはやめなさい。若菜ちゃんにいつまでも迷惑かけたらだめよ。


 まったく、あれだけ痛い目を見ているのに、どうしてあなたは車いすをおりるのかしら」


 母が車いすを車に乗せるためのタラップを取り出しながらそう言った。


 「だっていいかげんうんざりなんだよ」


 僕は車に乗り込みながらそう言った。


 それを聞いて母は少し悲しそうな顔をしたが、何も言わずに車のドアを閉めた。

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