第6話 恋敵

 そして現在、僕はまたしても浮遊病の発作にあい、またしても凛堂若菜の手を借りている。

 

 今回は彼女は一人ではなかった。車いすのさらに後ろに、不機嫌そうな顔をした背の高い男子生徒が立っていた。若菜はその人に向かってなにやら手でサインを送っていた。


 『すみません。もう帰りますから』


 どうやら手話で会話しているようだ。男はふんと鼻を鳴らして腕を組み、道路を走る車を眺めていた。


 「なにぼーっとしてんの。海山うみやま先輩が待ってるから早く乗ってくれない?」


 僕は少しいらっとした。あの男は今の若菜の彼氏だ。僕はこれ見よがしに不機嫌な顔をして車いすに乗り、肩と腰のベルトを締めた。


 若菜はそれを見届けると、海山先輩の手を握り、いかにもカップルですと言わんばかりに肩を寄せ合って帰っていった。


 若菜にまたしても助けられた。もう何度目かわからない。しかも今度は不愉快なおまけつきだ。僕はずっといらいらしていた。


 若菜にこっぴどく振られ、自分でも若菜を好きになるのはやめようとしても、若菜が他の男と付きあっているのを見るのはつらかった。


 少しセンチメンタルな気分に浸っていると、車のクラクションが鳴って僕は我に返った。グリーンの中型ワゴン車が歩道に寄せてきて、僕のとなりに止まった。車のドアがあいて、ラフな格好をした女性がおりてきた。僕の母だ。母は両腕に義手をつけている。


 「耀佑ようすけ、あんたまた飛んだの?いいかげん外で車いすおりるのはやめなさい。若菜ちゃんにいつまでも迷惑かけたらだめよ。まったく、あれだけ痛い目を見ているのに、どうしてあなたは車いすをおりるのかしら」


 母はトランクから車いすを乗せるためのタラップを取り出した。


 「だっていいかげんうんざりなんだよ」

 

 僕は車に乗り込みながらそう言った。それを聞いて母は少し悲しそうな顔をしたが、何も言わずにドアを閉めた。

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