第6話 浮遊病

 

 僕は浮遊病の研究をしているという川村教授に連絡をとって会いに行くことにした。


 教授が住んでいたのは隣町の大きな屋敷だった。


教授の屋敷を訪(たず)ねると、灰色のセーターを着た白髪交じりの老人が、


「川村です。どうぞあがって」


と言いながら扉から出てきた。

 

 案内されたのは屋敷の大きさからするとずいぶん小さな部屋だった。


円形のテーブルに簡素な造りの椅子がふたつ置かれていた。


部屋の隅にも椅子のようなものが一つ置いてあったが、それには毛布がかけてあった。


 「コーヒーは飲めますか?あいにくわが家には紅茶がありませんので」


 教授がコーヒーカップとお菓子がのったお盆(ぼん)を持って部屋に入ってきた。


コーヒーにはミルクを入れてもらった。


 「では、お話を聞きましょうか」




 「浮遊病は世界でもほとんど例のない、きわめてまれな現象です。


 この病気にかかった人はなんの前ぶれもなく空に浮き上がり、数百メートルから数十キロ離れた場所まで飛ばされることが確認されています。


 興味深いことに、彼らが着地する際に衝撃がほとんどないことが確認されています。


 浮遊病の症状になんらかの重力の異常が影響しているのは明らかでしょう」


 ここまで話すと、教授はコーヒーを飲んでクッキーをひとつ食べた。


 「浮遊病の原因について、私は地球の自転が関わっていると考えています。


私の仮説では、浮遊病とは『地球の自転からとり残される病(やまい)』であると思っています。


 我々がなぜ回転する地球の表面に立っていられるのでしょうか。


それは重力によって地表におしつけられているからです。


 浮遊病にかかった人は、この重力が作用しなくなります。


つまり、重力のおかげで自転とともに回転できている周りの世界からとり残される、ということです。


浮遊病は『浮遊する病(やまい)』ではなく『まわりの運動から自分がとり残される病(やまい)』だと言いかえることができます」


 僕は教授の話がいまいち理解できなかった。


 原因なんかどうでもよくて、どうすれば元の生活にもどれるか、ということの方が大事だった。


 「川村教授、それで浮遊病をなおすにはどうしたらいいですか」


 「重力の異常は今の科学ではどうすることもできません。


 ただ、いままでの症例から、自分より重いものに固定されていれば、空を飛ばなくなることがわかっています。


 奥村君も”おもり”になるものをつけて生活していればよろしい」


 教授は後ろの椅子にかけてある毛布をめくった。


そこには肩と腰にシートベルトのついた車いすが立っていた。


 「これは浮遊病対策のために私が作った電動車いすです。


重さが100キログラムあり、肩と腰についているベルトを着けていればまず空を飛ぶことはありません。


 とにかく重いので、まわりの人の足をふまないように、人が近づきすぎたらネクスタ(体に埋め込まれたチップによって直接視覚・聴覚に情報を伝える情報端末)に警報が通知されるようになっています」


  教授が車いすの前に足をつきだすと、耳元でビーッという警報音がなった。


 「もちろん、特定の人には警報がならないように設定することもできます。そうしないとうるさくて誰もあなたに近付けなくなってしまいますからね」


 教授は「ははは」と笑ったが、どう考えても笑い事ではなかった。



 「そういえば、これは眉唾(まゆつば)な話ですが、浮遊病を克服した人は自由に空を飛ぶことができるといううわさがあります。あくまで“うわさ”ですが」



 教授との話はここで終わった。


僕は教授に門まで送ってもらい、屋敷をあとにした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る