第4話 フライング・ヒューマノイド
僕が初めて空を飛んだのは小学六年生の時だった。
修学旅行で京都に行っていた。清水寺で記念写真を撮ろうと友だちのカメラにむかってピースをしたら、僕の身体が宙に浮き上がった。僕は文字通り清水の舞台から飛んだ。
僕はしばらく空をただよって、
僕は困惑したが、先生たちはもっと困惑した。人がいきなり空を飛ぶなんて、その場にいた友だち以外だれも信じなかった。先生は僕が観光コースを抜けだして、勝手に行動をしていたと結論づけた。僕はなんと書けばいいのかわからない反省文を書かされた。
その後も登下校中に空に飛ばされたことが三回あった。遅刻で怒られるのはどうでもよかったが、ずっと遠くの知らない町まで飛ばされたらどうしよう、という不安がいつもつきまとっていた。
そんなとき、若菜が僕に『浮遊病』の存在を教えた。
若菜は幼馴染で、家も近かった。小さいころはよく一緒に遊んだが、学年が上がるにつれて次第に遊ぶことがなくなった。小学六年生になったら、たまに登校中に会うくらいしか接点のない関係になっていた。
ある日、僕が登校中に宙に舞ったとき、若菜は偶然その後ろを少しはなれて歩いていた。僕が空を飛んだ瞬間を目撃した彼女は、すぐにネクスタの視界レコーダーに残っていた映像を検索にかけた。
検索結果のほとんどは一世紀前の『フライング・ヒューマノイド』という生命体についてのオカルト記事だったが、若菜はその中から、『浮遊病』という未知の病に関する論文を見つけた。
論文を書いたのは
川村教授は隣町の大きな屋敷に住んでいた。屋敷のインターホンを鳴らすと、灰色のセーターを着た白髪交じりの老人が中から出てきた。
「川村です。どうぞあがって」
教授に案内されたのは屋敷の大きさからするとずいぶん小さな部屋だった。部屋の中には円形のテーブルがあり、簡素な造りの椅子がふたつ置かれていた。部屋の隅にも椅子のようなものが一つ置いてあったが、それには毛布がかけてあった。
「コーヒーは飲めますか?あいにくわが家には紅茶がありませんので」
教授がコーヒーカップとお菓子がのったお盆を持って部屋に入ってきた。コーヒーにはミルクを入れてもらった。
「では、お話を聞きましょうか」
教授は静かに手を組んで僕の話を待った。
◇ ◇ ◇
「浮遊病は世界でもほとんど例のない、きわめてまれな現象です。この病気にかかった人はなんの前ぶれもなく空に浮き上がり、数百メートルから数十キロ離れた場所まで飛ばされることが確認されています。興味深いことに、彼らは皆、着地する際に衝撃がほとんどないと証言しています。浮遊病の症状になんらかの重力の異常が影響しているのは明らかでしょう」
教授はここでいったん話を区切り、僕の反応をうかがった。僕は教授の目を見てうなずいた。
「浮遊病の原因について、私は地球の自転が関わっていると考えています。私の仮説では、浮遊病とは『地球の自転からとり残される
我々がなぜ回転する地球の表面に立っていられるのでしょうか。それは重力によって地表におしつけられているからです。 浮遊病にかかった人は、この重力が作用しなくなります。
つまり、重力のおかげで自転とともに回転できている周りの世界からとり残される、ということです。
浮遊病は『浮遊する
僕はこのあたりの説明がいまいち理解できなかった。僕にとっては原因なんかどうでもよくて、どうすれば元の生活にもどれるか、ということの方が大事だった。
「川村教授、それで浮遊病をなおすにはどうしたらいいですか」
「重力の異常は今の科学ではどうすることもできません。 ただ、いままでの症例から、自分より重いものに固定されていれば、空を飛ばなくなることがわかっています。奥村君も”おもり”になるものをつけて生活していればよろしい」
教授は後ろの椅子にかけてある毛布をめくった。そこには肩と腰にシートベルトのついた車いすが立っていた。
「これは浮遊病対策のために私が作った電動車いすです。重さが100キログラムあり、肩と腰についているベルトを着けていればまず空を飛ぶことはありません。とにかく重いので、まわりの人の足をふまないように、人が近づきすぎたらネクスタに警報が通知されるようになっています」
教授が車いすの前に足をつきだすと、耳元でビーッという警報音がなった。
「もちろん、特定の人には警報がならないように設定することもできます。そうしないとうるさくて誰もあなたに近付けなくなってしまいますからね」
教授は「ははは」と笑ったが、僕は笑い事とは思えなかった。
「そういえば、これは
教授との話はこれで終わった。僕は教授に門まで送ってもらい、屋敷をあとにした。
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