第4話 FLY HIGH

 

僕は財布を拾おうとして車いすをおりた。


実は僕の足にはどこも悪いところはない。


車いすにのっているのは別の理由があるからだ。



 僕は財布をとろうとして手を伸ばした。


 手を伸ばした瞬間…



財布が急に遠くに移動した。



いや、違う。



僕が財布から遠ざかっていた。



 僕は体が見えない力によって上へ上へと押しあげられるのを感じた。


地面があっという間に見えなくなって、空に投げだされた。


冷たい空気が顔にあたり、風を切る音がすべてをかき消した。


 しばらく上昇がつづいていたが、ふいに体を押し上げていた力がなくなった。


内臓がひっくりかえるような浮遊感とともに、地上への落下がはじまった。


地面がどんどん大きくなり、道を歩く人がはっきり見えてきた。


 僕は矢のような速さで地面に墜落したが、衝撃はいっさいなかった。


今まで空を飛んでいたのが噓のような、おだやかな着地だった。



 着地した場所は国道沿いの交差点だった。


道路のわきに「注意!交通事故多発」の看板が立てられていた。


僕はふたたび空に飛ばされないように看板をつかんだ。


 ふう、と胸をなでおろして、僕は“ネクスタ”のチャットアプリを起動し、家族チャ

ットに『HELP!』のスタンプを送った。



 ネクスタとは、生体埋め込み型コミュニケーション端末(Body-implanted Communication Device)のことで、頭文字がBCDであることから、


アルファベットで“A”の“次(next)、あるいは新世代(next age)


とかけて、“next(ネクス)-a(タ)”と呼ばれている。


 ネクスタの機能によって、視界にはホログラムのようにチャット画面や各種アプリケーション画面を表示することができる。


 ネクスタは聴覚にもアクセスすることができ、昔の人間が使っていたイヤホンなどの端末がなくとも耳に直接音声を伝えることができるのだ。



 僕が救援信号を発してからしばらくして、道路のむこうからこちらへ歩いてくる人影が現れた。


 その後ろに無人の電動車いすがあった。


 人影が僕に話しかけた。



 「耀佑(ようすけ)、あんたまた飛んだの」



 車いすを僕に渡し、あきれたように話しかけてきたのは、凛堂若菜だった。


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