第2話 悪口

 僕は食堂にひとりで座っていた。今日のメニューはかき揚げうどんだ。うどんは好きな食べ物だった。ひとりでうどんをすすっていると、隣の席の女子たちの会話が耳に入った。


 「ほんとに好きだったのにぃ」

 「うんうん、わかったわかった。ほら、ユーカ。これで鼻水拭きな。乙女のする顔じゃないよ」


 ユーカと呼ばれた女子は渡されたティッシュで鼻をかんだ。


 「それで誰に告白したの?」

 「たき先輩」

 「あー、瀧先輩ね。ありゃ、高嶺の花だわ」


 瀧先輩という人は僕でも名前を知っている。僕と同じ学校に通っている有名な全盲の高校生ピアニストだ。全国レベルのコンクールで賞を取っている。


 「あの先輩、けっこうモテるから、告白は片っ端から断ってるってうわさだよ。『顔がタイプです』って告白したら、『見た目で判断する人は嫌です』って断ったんだって。ユーカはなんて言って告白したの?」

 「あなたのすらっとした長い指が大好きです、って……」


 その答えを聞いた瞬間、同じテーブルにいた全員が吹き出した。


 「ええ……」

 「ウケる」

 「謎すぎる」

 「さすが『指フェチ』。視点が違うね」

 「もう!からかわないで」


 ユーカはとなりの女子生徒の肩を叩いた。


 「それより聞いた?瀧先輩、ほんとは好きな人がいるって話」

 「はあ!?誰よ!?」

 「ちょっとユーカ、声が大きい」


 女子生徒は肩を寄せ合って小声で話した。しかし隣に座っていた僕の耳にはその名前がはっきりと聞こえた。


 「凛堂若菜」


 女子生徒の誰かが舌打ちした。


 「またあいつ?いま普通に彼氏いるよね?」

 「うん、バスケ部の海山うみやま先輩」

 「カーストトップの人じゃん。それでもまだ満足できないの」

 「学年一位だからって、自分が特別な人種かなんかだと思ってんのよ、きっと」


 女子生徒は凛堂若菜の悪口で盛り上がった。 僕はもう話に飽きて、食器を持って席を立とうとした。


 そのとき、ユーカと呼ばれていた生徒が食べていたパンを床に落とした。


 「あーん、また手の調子おかしくなったぁ」


 彼女は右腕の義手を外した。あらわになった手には、指が一本もなかった。

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