第23話 出来ること、変わること 6
「あら、良い景色ね」
山頂にたどり着いた二郎たちは、そこからの景色を堪能し始めていた。
清歌が気分良さげに深呼吸している一方で、里穂は及び腰で身構えている。
「うぅ……あたし高いとこ苦手……」
「あら、それなのに登山が趣味なの?」
「あ、あたしは自然を上り詰める感覚が好きなだけであって、景色目的ではないっていうか……」
里穂は急傾斜を覗き込んではひぃひぃと震え上がっていた。
「まぁ無理はするなよ富山さん。そういうことならひとまず休もう」
そう告げて、二郎は山頂の中ほどへと引き返した。
山頂に売店などは存在しないが、ベンチやテーブルが幾つか存在している。
そのうちのひとつを陣取って、3人は昼休憩を取ることに。
「――私、お弁当を作ってきたの」
清歌が背中のリュックをテーブルに降ろし、中から小型のクーラーバッグを取り出し始めている。
その中身が二郎の分も含んでいることを、二郎は事前に連絡を受けていたので知っている。ゆえに二郎は弁当を持参していない。
清歌は釘を刺すように口を開く。
「当然ながら、急に同行することになった富山さんの分はないわよ? 平気よね?」
「へーき。自分のは自分で持ってきてるし」
そう言って里穂もクーラーバッグを取り出していた。
そんなわけで、テーブルの上には清歌と里穂の弁当がそれぞれ広げられることになった。
清歌の弁当は、重箱というほどではないが、割と大きめのサイズ感。その中には唐揚げや肉団子、卵焼きといった定番のおかずがぎゅうぎゅうに詰められていた。
別の弁当箱にはおにぎりもそれなりに用意されている。
「はい、遠慮せずに食べてちょうだいね」
「悪いな……白川さんを元気付けるためのハイキングなのに、僕の方がもてなされている感じだ」
「いいじゃない別に。私は誘われた時点で充分に元気を貰えているわ」
隣に腰掛けながらそう呟く清歌を見ていると、二郎としてはなんだか救われた気分になれた。
「白川さんのお弁当って、もしかして全部手作りなわけ?」
と里穂が尋ねると、清歌は頷いた。
「そうよ。そう言う富山さんこそ、手作りっぽく見えるわね」
「うん、実際手作りだしね」
里穂がクーラーバッグから取り出した小さなバスケットの中身は、数種類のサンドイッチだった。可愛いサイズ感のたまごサンド、ハムサンド、ツナサンド、BLTサンド等が10切れほど綺麗に詰め込まれている。
「白川さんの定番弁当も良いけど、富山さんのサンドイッチも旨そうだな」
「じゃあ食べてみる……?」
正面に座っている里穂が、いそいそとバスケットを差し出してくる。
「いいのか?」
「うん……見ての通り結構あるし」
「えっと、じゃあそうだな……ハムサンドをもらうよ。いただきます」
軽く焼き色のついたパンのあいだにハムとチーズが挟まれているそれを手に取って、二郎は早速だがひと口頬張ってみた。
「ど、どうかな? チーズは一応自家製なんだよね。あたしが趣味で作っててさ」
「なるほど、自家製か……道理で濃ゆいわけだ」
噛み締めていると、香ばしいパンの味わいとハムの塩みに混じって、濃厚なクリーミーさが口の中いっぱいに広がるのだ。安物にしては濃すぎるほどに濃く、かといって高級なチーズに比べると味の中に雑味があった。自家製と言われて、納得した二郎である。
二郎はふた口目でぺろりと平らげ、率直な感想を告げた。
「チーズの合う合わないで結構好みが分かれそうだけど、僕は好きだな」
「よ、良かった……」
安堵した様子の里穂をよそに、隣では――
「二式くん……私は今、ちょっとだけおこよ?」
清歌がムッと頬を膨らませていた。
恐らく、清歌の弁当よりも先に里穂のサンドイッチを食べたことが、そのムッとした表情を引き出してしまったのだと思われる。
確かに里穂のサンドイッチを先に食べたのは失策だったかもしれない、と反省した二郎は、謝るのではなくて行動で誠意を示すことにした。
「――いただきます」
清歌の弁当箱から箸で唐揚げを持ち上げてひょいっと口の中に放り込む。
クーラーバッグの効果でずっと冷やされていたにもかかわらず、確かなジューシーさが感じられる美味しい唐揚げだった。
続いて卵焼き。
次いで肉団子。
そしておにぎりを頬張って――
「
口の中いっぱいに清歌お手製の品々をリスのように蓄えたまま、二郎はそう言った。これが誠意だと言わんばかりの――謝る以外の、二郎なりの謝罪手段である。
「ぷっ」
すると清歌は、今しがたの不機嫌な表情を一転させ、小さく吹き出してから呆れたように呟いた。
「もぅ……子供じゃないんだから、そんなに詰め込まないの。まったく」
「
「はいはい、分かったからまずはしっかり噛んで飲み込みなさいね」
そう言われたので、二郎はしっかり噛んで、ごくんと嚥下。
清歌が自前の水筒からお茶をコップに注いで手渡してきたので受け取り、飲み干す。それから、改めて告げた。
「旨かったよ」
「まさか今のひと口だけでお腹いっぱいだ、とは言わないでしょうね?」
「まさか。残さず食べるさ。でも僕が平らげるわけにはいかないし、白川さんも食べたらどうだ?」
「言われずとも、いただくわ」
そう言って唐揚げを箸でつまむと、清歌はそれを自分で食べるのかと思いきや、なぜか二郎の口元に差し出してきたのである。
「……? えっと、なんの真似だ……?」
「私も食べるけれど、まずは二式くんのお腹をいっぱいにしてあげるのがミッションかしらね。私は節制も兼ねて、残り物で充分だから」
とのことだった。
「はい、食べて?」
「いや……自分で食えるんだが」
「いいから食べるのっ。――んっ」
有無を言わさぬ態度で唐揚げを突き付けられ、二郎は拒めなかった。
こうして清歌による餌付けタイムが始まり、清歌はそのあいだ満足そうに笑い続けていた。
その様子をジッと羨ましそうに里穂が見つめるそんな中――
山頂の上空には、仄暗い雲がわだかまり始めていた。
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