第20話 出来ること、変わること 3
週明けの月曜日。
この日の昼休み、二郎はいつもの非常階段でパンを囓っていた。
踊り場の手すりに肘を掛けての立ち食い状態。
そして背後には、段差に腰を落ち着ける世間一の美少女の姿もあった。
自前の弁当を広げて、もぐもぐと食事中である。
「最近、よく来るな」
振り返らずに学外の景色を眺めながら、二郎は呟いた。
「偶像様は、堂々と過ごすことにお疲れ気味か?」
「どうかしらね……そんなつもりはないのだけど、気付くとここに来ているってことは、人目を逃れたい気持ちがあるのかもしれないわね」
(……半ば認める形か)
やはり先日淳三が言っていた通り、そして二郎自身が薄々感じていた通り、清歌は知らず知らずのうちに精神を疲弊させているのだと思われる。
(堂々とし過ぎなのが疲弊の原因だろうが……仕事をセーブし始めたことで、生徒との交流機会が増えた影響もありそうだな)
事務所の意向で――これは二郎もそうだが――清歌は学業に専念し始めているのは知っての通りである。
これまでは撮影の現場に居る時間の方が長かったため、清歌はそういった場所でならあくまで「数居る芸能人のうちの1人」という見られ方だった。もちろん若くて可愛くて勢いもあるため、現場でも常に注目を浴びていたが、それでも扱いとしては普通の部類だった。
ところが現場を離れれば、芸能人はツチノコか何かのように扱われる。見つかれば取り囲まれ、言い寄られ、注目を浴び、自由を奪われる。逃げようものならファンサ最悪、などとSNSに書き込まれる。
それがイヤで二郎はプライベートをひた隠しているが、清歌は堂々と過ごすことを選択している。それは現場で過ごす時間が長い場合はさほど苦にならないのだろうが、一般人と同様のスケジュールで生活するようになった途端、牙を剥いてくるのだろう。
清歌がサービスとして開くサイン会以外の場でも、生徒にサインを求められ、写真を撮られる。
下校時にストーキングされている、という噂もあるくらいだ。
しかもその手の男子生徒が何人も居るらしいのだから、なんとも呆れた話である。
(でも……僕に言わせれば白川さんの自業自得だ)
そうなるリスクを考えずに堂々と振る舞っていたのが悪い。
スラム街に豪邸を建てておきながら、泥棒対策を何も施していないのは馬鹿げている、という話に近い。
(とはいえ、一番悪いのは泥棒だ……豪邸はあくまで被害者)
ノーガードの豪邸があろうとも、そこに押し入って金品を盗むヤツが一番悪い。
ゆえに清歌を責めるのはお門違いである。
(まぁだから……リフレッシュが必要だろうな)
清歌は精神がすり減っている状態であろうことは疑いようもない。
遊びに誘って息抜きをさせるべきだ。
(僕の母さんみたいに破滅する前に……)
一世を風靡した天才女優・一式真鈴(本名・二式真鈴)が自殺した動機は今もよく分かっていない。
しかし当時の状況からすれば、一式真鈴として振る舞うことへの疲労感や悩みが原因でどうしようもなくなったのだろうと推察されている。
清歌が自殺するとは思えないが、母が自殺するとも思わなかった。
だから手遅れになる前に手を差し伸べておく。
陰キャの二式二郎を気に掛けてもらっている恩もあるがゆえにだ。
「なあ白川さん、ちょっと分を弁えない誘いをかけてもいいか?」
「……何かしら?」
「今週末、予定は空いてるか?」
「日曜なら空いているけど……何か?」
「遊びに行かないか?」
二郎は振り返りながら尋ねた。
清歌のぽかんとした表情が目に入る。
そして清歌は直後に目を大きく見開き、頬を火照らせてみせた。
「――あ、遊びにっ!?」
「そう、遊びに」
「わ、私と二式くんでっ?」
「そう。一応変装してもらって、どこかの山でハイキングでもどうかと思ってる。街中だと人目を完全に避けるのが大変だろうし」
「どうして、いきなりそんな誘いを……?」
「まぁ、気分転換した方がいいんじゃないかって思ったんだ、白川さんがな」
「……心配、してくれているの?」
「まぁ、そうなるな。最近やっぱり元気ないと思うんだよ」
胸を張ってズンズン突き進む感じのバイタリティーに欠けているのは間違いない。
「……私としては、別に元気なつもりだけどね」
「元気なつもりでも、多分じわじわと有名税のダメージが蓄積しているはずだ……予定がないなら、パーッと出かけないか?」
そう言ってパンをかじり、二郎は後ろ頭を掻く。
「まぁ、こんな陰キャの誘いがイヤなら全然断ってくれて構わない……最初に言った通り、出過ぎた真似をしている自覚はあるからな」
二郎は返事を待つ。
正直、断られて然るべきだと思っている。
二式二郎と白川清歌は釣り合わない。
ところが――
「ええ……いいわよ。行きましょうか、ハイキング」
清歌はどこか嬉しげにそう言ったのである。
二郎は驚いた。
「……いいのか?」
「ええ、二式くんとのお出かけは新鮮で楽しそうだもの」
「でも……僕だぞ?」
「二式くんだからいいの」
清歌はそんなことを言った。
「不登校だった二式くんが、そういう誘いを掛けてくれるのが、なんだか成長を感じられて嬉しいの。だったら、君を気に掛けていた私としては、断ろうだなんて思えない」
(……こういうときでも、世話焼きなんだな)
手を差し伸べたというのに、逆にこちらが気遣われたように思えた。
二郎の成長を嬉しがるそんな優しい性格だからこそ、色々と溜め込む部分があるんだろうな、とも思った。
「じゃあ……本当に出かけてくれるのか、僕と」
「もちろん。ハイキングだなんて久しぶり。楽しみにしているわ」
そう言ってにこやかに微笑まれてしまっては、もはや決行するしかないという話だった。
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