第19話 出来ること、変わること 2

「――わっ、本物の一式くんじゃん! 握手してよ握手! 好きなんだよね~君のこと!」

「ありがとうございます」


 そんなこんなで週末。

 二郎は都内某所にある高級ホテルの広間に居た。

 

 それなりにお金をかけて催されている祝賀パーティー。

 数百名の映画関係者が来場し、厳かに立食形式の祝宴が執り行われている。


 二郎は一式としてお偉方と歓談し、やはり連れて来られていた愛人と思しき女性たちの相手をしていた。

 面倒だが、その内心をおくびも出さずファンサービスに徹する。

 

 そんな二郎から少し離れたところには、今作の助演女優である清歌の姿も確認出来る。

 本日の清歌はシックな黒いドレスに身を包んでいた。髪色と対照的なその衣装が彼女のスタイルの良さを際立たせ、周囲の男性陣の視線をこぞって集めている。

 そんな彼女は彼女で、お偉方の家族を接待している様子だ。


(……お互い大変だな)


 なんて思いながら、二郎はやがて接待から解放された。

 ひとまず小腹を満たそうと思い、ビュッフェに近付いて料理を取り分けていく。

 そうしていると――


「よお一人かずひと。くだらねえ接待は終わったか?」


 唐突に、渋い声が鼓膜を震わせた。

 背後からのそんな声に振り返ると、そこには1人の老人が佇んでいた。

 白髪を無造作に伸ばした、スーツ姿のお爺さんだ。

 とはいえ、しなびた気配はなく、どこか屈強な雰囲気を纏わせるがっちりとした身体付きをしている。

 そんな老獪な男を視界に捉えた瞬間、二郎はフッと力を抜いて微笑んだ。


「お久しぶりです淳三じゅんぞうさん。接待はまぁ、なんとか終わりましたよ」

「そいつぁ重畳」


 そう言ってニヒルに笑った彼は、今回の映画において重要な脇役を演じた事務所の先輩、石井淳三その人だった。

 芸歴52年。

 御年67歳の大ベテラン。

 脇役を演じさせれば右に出る者無しの呼び声が高い名伯楽。

 事務所が営む演劇スクールにおいては教官を務めており、それこそ幼き日の二郎に演技のいろはを叩き込んでくれたのは淳三である。


「疲れたか? 接待」

「全然です。言っちゃなんですが、手を抜いていましたから」

「相変わらず器用だな。お前さんはなんでも出来ちまう。全力の接待に見せかけて、力を抜くのもお手の物か」


 感心したように呟きながら、淳三もビュッフェの料理を取り皿に盛り付け始めていた。


「しかし器用なお前さんと違って、そういうのが不得意な輩も居る。たとえば――」


 そう言って淳三が視線を動かす。

 捉えたのは、現在も接待を続けている白銀髪の若手ナンバーワン女優だった。

 

「白川の嬢ちゃんは不器用だわな」

「……ですね」

「ああ。あの子は常に全力だ。手を抜かねえ。良くねえなあ、って思わねえか?」


 そう問われ、二郎としては頷かざるを得ない。

 清歌は本当にいつも全力だ。

 現場では当然として、こういった場でもそうだし、プライベートでもそうだ。

 堂々と過ごし、自分をさらけ出している。

 それが良いことかどうかで言えば、良いわけがないのだろう。


「持たねえんだよな、全力投球の子は。どっかで疲れちまう」

「精神的に、ってことですよね?」

「そう。あとは当然肉体的にもだ。気付かないうちに精神を摩耗し、ストレスで身体をやられちまう。そういう若い役者を何人も見てきた」


 淳三はやるせなさそうに呟く。


「なんつーか、白川の嬢ちゃんは真鈴ちゃんと被って見えちまうな」

「……母さんとですか」

「ああ。お前を身ごもるずっと前から真鈴ちゃんを知ってるが、そっくりだ。もちろん見た目じゃねえぞ? 在り方、役者としてのスタンスの話だ」


 淳三は料理を取り終えると、壁際に移動していく。

 二郎もそれに続いた。


「いつでも芸能人オーラ全開で堂々としてんのは良いんだが、やっぱり四六時中それじゃあ持たねえんだ。真鈴ちゃんもいつでも堂々と自分を見せて時代を駆け抜け、一世を風靡した。フィーバーが落ち着いたあとも一線級で働き続けて、常に隠れず堂々と生きてた。カッコよかった。でもそのせいで疲れちまったんだろうな……お前さんを遺して自ら逝くなんてよっぽとだ」

「…………」

「そんな真鈴ちゃんと、白川の嬢ちゃんが、俺には重なって見える。あの子は気を張り過ぎてると思う」

「かも……しれませんね」


 母の真鈴はプライベートでも自らを隠さなかった。

 さすがに人が大勢集まるような場所に外出するときは混乱防止のために変装をしていたが、近所を出歩く分には隠さなかった。そんなプライベートであろうと、記念撮影を求められれば応じていたし、サインも出し惜しみせず書きまくっていた。

 そのスタンスは確かに清歌と同じだ。

 

 ならば、清歌も母と同じ破滅の道を歩む可能性があるのかもしれない。

 そう考えると、二郎は気が重くなった。


「白川の嬢ちゃんは、きちんと遊んだり息抜きしたりしてんのか? お前さん、同じ学校なんだろ?」

「さあ……僕はそこまで白川さんのプライベートには踏み込んでませんから」

「そうか。でも多分、あんまり遊ばねえタイプだろうな。遊ぶ暇があったら将来に有意義な自己研鑽を積む。そういう求道者タイプに見える」


 二郎にもそう見えている。

 教室での様子を見る限り、友人が居ないわけじゃない。

 しかし清歌の社会的地位が高すぎるがゆえに、周りが深い友人付き合いを遠慮している感じが否めない。それこそ里穂や美奈だって、清歌と親友かと言えば微妙だろう。


「……淳三さん、ひそかに疲れていそうな彼女に対して、僕に出来ることがあるとすればなんだと思いますか?」

「まぁ、難しく考えるこたぁねえさ。友人として休日に遊ぶとか、そんだけのことでいいんだ。人ってのは、そんだけのことで充分に英気を養えるもんだからな」


(遊びに誘う、か……でも遊びに誘うのはリスキーでもある……)


 二郎と清歌が一緒に出かけるというのは、若手ナンバーワン俳優と若手ナンバーワン女優のお忍びデートという有り様になってしまう。

 撮られたら面倒だ。


(……誘うなら一式としてじゃなく、二式としてだな)


 行き先にしても、山や渓谷といった自然環境に出かけるのが安全かもしれない。そうすれば記者連中に撮られる心配はなくなる。


(とはいえ、二式として誘えば……当然ながら白川さんに対して正体バレの可能性が浮上する)


 しかしそれは、二郎が気を付けるだけでどうとでもなることだ。


(本当に問題なのは、二式としての誘いに白川さんが乗ってくれるかどうか、って部分だろうな)


 二郎と清歌は友達ではある。

 しかし休日に外出した経験は一度もない。


(まぁ、誘うだけ誘ってみるか)


 もはやダメ元である。

 どこか疲れて見える清歌のためを思えば、放っておくことも出来ない。

 

 そう考えた二郎は、週明けにでも気分転換へと誘ってみることにした。

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