第16話 白ギャルとの放課後 後編
「読者モデルやってるって話だったが……それは好きでやってることなのか?」
引き続き、ファストフード店の中。
カウンター席でそれぞれハンバーガーやポテトを食べ始めたその一方で、二郎は興味本位でそんなことを尋ねていた。
里穂は視線だけをこちらに向けてニカッと笑う。
「当たり前じゃん。最新のトレンドを先んじて着せてもらえるし天職。しかも着た衣装をそのまま貰えることもあるしね」
「なるほど」
「でも衣装が目的でやってるわけではないかな」
「じゃあ、真の目的は?」
「真の目的は、一式くんとの共演っ」
里穂は力強くそう言った。
「今は単なる読モだけど、読モからでもタレントとか女優の道には進めるじゃん? だから最終的にはそっちの道に進んで、一式くんと共演するのが目的っ」
(……なら、僕が富山さんを業界に引き込んでしまったようなもんか)
里穂の言葉を聞いてそう思う。
あまりポジティブな感情ではなかった。
芸能界は華やかな一方で――残酷でもある。
正直に言って茨の道だ。何モノにも成れなかった無数の屍の上に、綺麗な桜が咲き誇っているだけなのだ。
二郎はまかり間違っても、自らの意思で誰かを芸能界に招こうなどとは思わない。だから、里穂が一式の影響で芸能界に来たことを手放しでは喜べなかった。
「まぁ……富山さんがどういう目的で活動してようが自由だと思う。でも仮に富山さんが大成出来なかったとしても、一式は責任なんか取ってくれないぞ?」
「分かってるしそんなの。ママみたいなこと言わないで」
里穂は多少ムッとしながら言葉を続ける。
「ちゃんと進学するし、無理そうならキッパリ諦めるっての。でも狙えるだけ狙ってみたいって話じゃん。夢見るなら若いうちじゃないと無理だしね」
どうやら軽い考えで生きているわけではなさそうだった。
二郎はホッとする。
「一式との共演にこだわるのは、やっぱりファンだからか?」
「愚問過ぎ」
「そりゃ失敬。……なら、そこまで一式を推している理由を是非聞きたいもんだな」
興味本位で尋ねてみると、里穂はどこか遠い眼差しを浮かべ始めた。
「んー、まぁ……ちょっとクサい話にはなるかもだけど、一式くんに救われたから、かな……」
「救われた……?」
「うん……あたしさ、中学時代は身体弱くて学校行けない生活を送ってたことがあってね。ずっと病院から出らんなくて、そのせいで留年までしててさ」
「留年?」
「そ。だからあたし、本来なら高3なんだよね」
「それは……驚いたな」
「けど、今更年上扱いはやめてよね?」
釘を刺すように言われ、二郎は頷いた。
「でさ、その病院生活で暇してるときに、美奈がオススメの映画やドラマを教えてくれたわけよ。それがぜーんぶ一式くんの出演作でやんの」
「そのときはまだ、特にファンでもなかったのか?」
「そ。でも教えてもらった映画やドラマを見てるうちに、沼ってた。それでファンレター送ったら、返事もらえたんだよね」
と言われ、二郎はふと思い出すことがあった。
(そういえば、3年くらい前に病気の女の子からファンレターをもらったことがあった気がする……アレがまさか……)
ファンレターなんて幾らでも届く二郎だが、3年前のそれは、初めて病気の子から届いたファンレターであった。励ましの返事を書いたのを覚えているが、アレがもしかしたら里穂だったのかもしれない。
かもしれない、と曖昧なのは――二郎のもとに届けられるファンレターは事務所が検閲し、送り主のプライバシー保護の観点から名前と住所が省かれた状態で手渡される。
返事に関しても、二郎が綴ったモノを事務所が代わりに送付してくれた形だ。
なのでファンレターの主についての情報は手紙の内容でしか分からず、アレが里穂だった確証はないのだ。
しかし恐らく、アレは里穂だったと推測される。
「あたしね、めっちゃ嬉しかったんだ」
返事が来た日のことを思い出しているのか、里穂は小さく笑いながら言葉を続ける。
「病気の愚痴みたいな内容のファンレターを送ってさ、今思えば失礼だったと思うんだけど……一式くんはそれをきちんと読み込んで、直筆で返事をくれたんだよね。頑張って病気治してください、応援してます、って感じの内容が丁寧に書かれてて……ほんとに、すごく、嬉しかったわけ」
「……だから、一式推しになったってことか?」
「そ。アレ以来あたしは一式くんを一生推そうって決めた。じゃないと、一式くんに失礼じゃん」
「そういえば……先日サイン会に行ったって聞いたが、一式にそのことは伝えたのか?」
二郎は一式本人なのだから、今の話を伝えられていないことは分かっている。
ゆえにその問いかけの意図としては、里穂がそれを伝えなかった理由をそれとなく知れたら御の字、という考えである。
「あー、それは伝えてないね」
「なんで伝えなかった?」
「だって忘れられてたらハズいじゃん。話せる時間も限られてたしね」
「……でも言えば思い出してくれた可能性だってあるだろ?」
「まあね。でもその可能性があるなら、その話は夢が叶って一式くんと共演出来たときにしてみようかなって思ってる。その方がなんてゆーか、ロマンチックじゃない?w」
そう言って笑う里穂を見て、二郎は「なるほどな」と頷いた。
(……そういうことなら、この話は聞かなかったことにしておくか)
里穂が夢を叶えるそのときまで、二郎は彼女の事情を出来るだけ忘れておくことにした。
※
「そういえばさ、ごめん二式」
「えっと……なんの謝罪だ?」
小腹を満たした2人は、ファストフード店をあとにして地元の駅まで帰ってきた。そして別れ道が来るまで帰路を共に歩いていたら、いきなり謝罪されたので二郎は困惑したのである。
「なんの、って……そりゃ、アレじゃん」
「……アレ?」
「いやほら……去年から最近まで、あたしって二式が登校してくるたびにちょっとイヤな感じで絡んでいくウザいヤツだったでしょ?」
「そのことか……まぁな」
「だから、ごめん……そのこと、しっかり謝ってなかったなって思って……」
確かに里穂はパンフレットの一件があるまで、二郎の不登校をイジってくる嫌味なイキリ女子だった。
しかし二郎はそれを気にしてはいない。むしろ病弱だったという過去を耳にしたことで、ああいった態度だったことに納得出来たくらいである。
「別に気にしなくていいさ……富山さんは多分、これといって病気を患ってるわけでもないのに不登校をかましてる僕がイヤだったんだろ?」
そう告げると、里穂はハッとしたように二郎を見つめてきた。
どうやら正解だったようなので言葉を続ける。
「病弱で学校に行けない時期があればこそ、富山さんは学校生活の貴重さを知っているわけだ。一方で、僕は病気でもなんでもない単なる不登校だった。そりゃ病弱だった富山さんにしてみれば、腹立たしい相手のはずだ。健康なのに学校に来ないんだもんな。嫌味のひとつやふたつ、言いたくもなるさ」
二郎はもちろん、芸能活動で忙しいという正当な理由ありきで不登校をやっていた。
とはいえ――その事実を隠しているのだから、どう思われても仕方が無い。
そこに里穂の事情が合わされば、彼女のかつての言動には納得出来るのである。
「だから気にしなくていいよ。僕の方こそ悪かった」
「や、やめてよ……悪いのはあたしだから、謝らないで」
「なら、富山さんも謝らなくていいんだよ。なんせ僕は気にしてない」
そう告げると、里穂は瞳をうるっと潤ませて、それでいて小さく笑ってみせた。
「……ありがと、二式」
「あぁ、どういたしまして」
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