第15話 白ギャルとの放課後 前編
「随分しけたところでお昼食べてんのね」
暑さが増してきた7月上旬の昼休み。
日陰になっているいつもの非常階段でパンを囓っていると、いつもは来ない人物が顔を出してきたので二郎は驚いた。
「……富山さん?」
そう、やってきたのは里穂である。
夏服を着崩してネイルだのなんだのとオシャレをかましている白ギャルのクラスメイトが、この非常階段を訪れたのであった。
「あんたって、いつもこんなところでパン囓ってんの?」
「悪いかよ……ていうか何しに来たんだ?」
珍しい来訪者が隣に並んできたので二郎はイヤな顔をする。
一式推しに近付かれるのは、清歌に近付かれるのと同じくらい苦手だ。
正体を看破される可能性があるがゆえに。
「用事があって来たに決まってるでしょ」
「……用事?」
「そう。放課後空いてる? 空いてるわよね? どうせ友達なんてあたしか美奈か白川さんくらいしか居ないでしょうし、暇でしょ?」
「暇だが……放課後になんの用だよ」
「付き合って欲しいの」
「……何に?」
「買い物」
「……なんの?」
「一式くんプロデュースのアクセが今日発売だから、それに付いてきてくんない?」
(……僕プロデュースのアクセ……? あぁ……)
二郎は思い出す。
数ヶ月前、男性向けのシックなブレスレットをデザインし、それを商品化するというプロジェクトが動いていたことを。
(……ブレスレットのデザインをしたあと、僕の手から離れて稼働してたプロジェクトだからな、すっかり忘れてた……)
思い出した二郎は、その情報を踏まえて問いかける。
「……アレ男向けなのに欲しいのか?」
「ん? 二式もあのブレスレット知ってんの?」
「ま、まあな……」
「ふぅん、まぁいっか。確かにあんたの言う通り男向けなんだけど、一式くんのグッズは出来るだけ集めときたいのがあたしなの。分かる?」
一式のサイン会に応募して当選し、実際に足を運んでくれていた里穂。
間違いなくガチ寄りのファンなのだろう。
「分かったが……なんで僕に同行して欲しいんだ?」
「買えるお店が限定されてて、そのお店っていうのが男性向けのショップなのよね。だからまぁ、あたし1人だと入りづらいっていうか」
「……なるほど」
「どう? 付き合ってもらえる?」
改めて問われ、二郎は悩む。
一式推しの里穂と過ごす時間は、なるべく減らしたいのが本音だ。
(……でも僕プロデュースのグッズを欲しての、お願いなんだよな)
で、あるならば。
なかなかどうして断るわけにはいかないのが、二郎、もとい一式としての心境であり信条であった。
「まぁ分かった……一緒に行くだけなら別に構わない」
「ホントに?」
「ああ……でも僕でいいのか? 彼氏は?」
「い、居ないし彼氏なんか!」
「なんでそんな必死に否定するんだよ……」
「な、なんだっていいでしょ! とにかくOKってことなら、また放課後にね!」
そう言って里穂が立ち去っていく。
二郎はやれやれと思いつつも、来たる放課後へと備えることにした。
※
そんなこんなで放課後である。
二郎は里穂と一緒に学校を出て、電車に揺られていた。
原宿の男性向けアパレルショップを目指している。
「思えば……仁科さんは一緒じゃないんだな」
病的に一式を推してくれている里穂の腐れ縁ボーイッシュ少女は、今回は影も形もなかった。
「美奈は水泳部だし、期末終わったからそっちで忙しくなってるっぽい」
「あぁ……そうなのか」
「だからあいつにお金押し付けられて『ボクの分もお願いっ』て言われてきてるし」
「……なるほど」
そんな諸事情を把握しながら、やがて電車が原宿に到着する。
駅前を歩き始めたそんな中、里穂が「ぷっ……」と急に吹き出すように笑い出す。
「……なんだよ?」
「い、いやね、なんかこう、二式って原宿似合わないなって思ってw」
「……そんなヤツをツレにチョイスした自分のセンスの無さを恨め」
目が隠れるほどの海藻ヘアに丸メガネに猫背ノッポの陰キャ。
事実として原宿にふさわしい存在ではない。
しかし髪の毛をかき上げて一式オーラを全開にすれば、間違いなくこの場は一瞬にして大騒ぎになるのも事実である。
無論、そんな自殺行為に出るつもりはないわけだが。
「――あ、ここじゃん」
引き続き歩いていると、目的の男性向けショップを発見した。
女子1人だと確かに入りにくい趣き。
とはいえ、一式プロデュースのブレスレットを求めてだろうか、女子同士で訪れている客が割と見受けられる。
「今更だが……仁科さん以外の友人を誘えば良かったんじゃないか? 富山さんには取り巻きが何人か居るし、彼女たちも一式のファンなんじゃないのか?」
「あ、あいつらはそこまでガチ勢じゃないしね。誘ったけどパスって言われて」
「なるほど」
納得する二郎。
しかし二郎は知るよしもないことだが――
実のところ、里穂はウソをついている。
里穂はそもそも取り巻きに声すら掛けていない。
パンフレットを譲られて以降、里穂はずっと二郎のことが気になっているため、少しでも単体で距離を縮める機会が欲しくてこの買い物に誘ったのである。
里穂は当然ながらその真意を恥ずかしいのでひた隠している。
秘密を抱え持っているのは、二郎だけじゃないのである。
「と、とにかく入りましょ。ほら、早く」
里穂に手を掴まれ、二郎はショップの中に連れ込まれた。
一式プロデュースのブレスレットは、ショップの入り口付近に専用の売り場を設けられ、大々的に販促されていた。
ブレスレットの形状は、ミサンガチックな細めのデザイン。
手首に巻いても邪魔になる代物ではなく、ファッションを彩る軽めのアクセントとして気軽に使用可能なアイテムである。
お値段に関しては、ちょっと奮発したランチ代程度のモノだ。
若い子でも手を出しやすい価格帯にしてくれ、というのが二郎からの要求であり、それが実現した形だ。数量限定商品でもないため、在庫はまだ潤沢そうだった。
「――んふふ~、買っちゃった~♪」
そんなこんなで、里穂が上機嫌な表情で会計を済ませ、二郎のそばに戻ってきた。美奈の分もきっちり確保した様子だ。
「そういえば二式は買わないの?」
「僕はまぁ……ファンではないしな」
そのものである。
「ふぅん、ま、良いけどね。――あ、そだ。このまますぐ帰るのもなんだし、そこでなんか食べてかない?」
と、里穂が指差した先には誰もが知るファストフード店。
小腹が空いていた二郎は、その誘いに乗ることにした。
「おごったげるから、なんでも好きなモノ頼みなよ」
「……え?」
「付き合ってくれたお礼ってことでさ」
ファストフード店にたどり着くと、そう言われた。
「いや、でも……」
「いいからいいから。あたし読モやってて割とお金あるんだよね」
何気に里穂の初プライベート情報をもたらされ、二郎は内心驚く。
(読モか……まぁ、やっててもおかしくない外見ではあるか)
清歌と比べてもスタイルに遜色はなく、全体的に可愛い雰囲気だ。
こうして行動を共にするあいだにも、何度か道ゆく男性にチラ見されていたのを目撃している。
異性の目を惹く見た目なのは間違いない。
「ほら、遠慮は要らんし、はよ頼も?」
続けてそう言われたこともあって、この場は素直におごられておくことにした。
里穂の場合、厚意を蹴ったら機嫌を損ねそうなのが怖くもある。
こうして二郎はセットメニューを頼んで、里穂と共にカウンター席に座った。
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