第14話 テスト結果

 6月も下旬に差し掛かり、二郎が通う高校では期末テストが執り行われた。

 翌週にはテスト結果が通知され、生徒らは歓喜に打ち震える者と、平凡な結果を良しとする者と、絶望に打ちひしがれる者の主に三つの勢力に分かれていた。


「――ねえ二式、期末何位だった?」


 その日の昼休み。

 二郎が教室で授業の後片付けをしていると、白ギャルの里穂がこちらに近付いてきた。

 最近染め直したらしい蜂蜜色の髪が明るく目立っている。


「……僕の順位?」

「そう、何位だった?」

「人に何かを問うときは、自分から言うもんだ」

「あ、あたしはまぁ……145位」

「……274人中であることを考えれば、まぁ、悪くないがなんとも言いがたいな……」

「ほ、ほっといてっ」


 里穂が恥ずかしそうに声を張る。

 一方で、廊下から別のクラスのボーイッシュ女子がこちらに駆け寄ってきていた。


「やあやあ二式くんに里穂っ。期末は何位だった?」


 言うに及ばず、美奈である。

 彼女と腐れ縁の里穂は鬱陶しそうな目付きで二郎の言葉を真似た。


「人に何かを問うときは、自分から言いなさいっての」

「ふふんっ。ボクはなんと144位っ」

「――っ。……負けた……」

「お?w 里穂は何位だったの?w」

「……145位」

「wwwwww」

「ひ、ひとつしか違わないんだからそんなに笑うんじゃないわよ!」

「でもボクの勝ち~w」

「くっ……」


 楽しそうに笑う美奈と、悔しげに歯を噛み締める里穂。

 腐れ縁の2人はテストのたびにこんな感じの煽り合いをしてきたのかもしれない。


「で? で? 二式くんは何位だったの?」

「僕? ……そりゃ1位だが」

「――っ。こないだ言ってた通りガチで頭いいんだねっ!」


 美奈がそう言ってはしゃぐ一方で、里穂は「1位って実在すんのね……」と若干引き気味の表情を浮かべていた。


 そんな二郎たちの会話が聞こえていたのか、周囲では「……え、あいつが1位かよ」「マジ?」「ただの不登校じゃなかったんだな……」などと二郎について語る声が幾つも囁かれていた。


(少し目立っているな……あまり良い状態とは言えない)


 目立てば目立つほど、一式だと気付かれる可能性は高まってしまう。

 平穏なプライベートを過ごすにあたって、とにもかくにも影が薄い陰キャを心掛けなければならない。

 そんな考えのもと、二郎は席を立った。


「じゃあ……僕は1人で飯を食いたいからこれで」


 そう言ってそそくさと廊下に出て、購買に向かう。

 今日はメンチカツサンドを購入し、それからいつもの非常階段に移動した。

 すると――


「――期末テストの結果、1位だったそうね?」

 

 その場には先客が存在していた。

 何を隠そう、世間一の美少女様である。

 里穂たちとの会話中にひっそりと教室から出て行くのを見かけていたが、まさかこうして先回りされているとは思わなかった。

 とはいえ、二郎は少し驚きつつも、平静を失うことはない。


「……なんで白川さんがここに居るんだ?」

「二式くんに感化されて、この場所が結構好きになってきたのよ。誰の視線も浴びずに落ち着いて過ごせるのって、案外悪くないわよね」

「……そうだな。まぁ……好きにしてくれ」


 本音としては好きにされたくない二郎だが、だからといって「居なくなってくれ」とは言えない。

 二郎は踊り場に移動すると、いつものように手すりに肘を付けてパンの立ち食いを始める。

 清歌は段差に腰掛けている状態だ。


「にしても、二式くんって本当にすごいわね」

「……なんのことだ?」

「当然、期末の順位のことよ。去年からずっと1位なんでしょう?」

「……去年からっていうか、中学時代からそうだった」

「ほんとに?」

「ああ。……テストには必ず答えがあるだろ。答えがある物事をわざわざ並べ立ててくれるんだから、難しいとは思えないんだ」


 天才肌気質なセリフだが、二郎は別に天才ではない。

 否、天才ではあるのかもしれないが、才能型ではなく努力型だ。

 どんなに仕事が忙しいときでも、移動時間等の合間を縫って勉強をしていた。

 今は仕事がセーブされている分、より確実に充分な勉強が出来ているため、二郎にとって期末テストなど朝飯前であった。


「白川さんは何位だったんだ?」

「私は10位だったわ」

「なんだ、全然悪くないな」

「ええ、今回が最高順位。仕事量をセーブしてもらった影響でしょうね」


 自己最高の成績をたたき出した割に、清歌はそれほど喜んではいなさそうだった。

 どこか淡々としている。


「……嬉しくないのか?」

「嬉しいのだけど、今言った通り仕事量をセーブしてもらった影響だからね。私はマルチタスクな処理能力が低いということが裏付けられたようで悲しくもあるわ。以前聞いた話だと、私と似た立場の一式くんは忙しくても上手くやれていたようだから特にね」

「…………」

「一式くんはね、映画の撮影で忙しかった時期も含めて、ずっと1位だって言っていたの……はあ、化け物だわ」

「…………」

「憧れであるのと同時、一式くんはライバルだから負けたくない部分もあるのよ。だというのに、私は仕事をセーブしてもらってようやく10位。一式くんの才能と比較したら、私は全然ダメなんだなって思えてきてイヤになるわ……」

「そ、そんなことはないと思うけどな……白川さんはよくやってるさ」


 一式のせいで清歌が落ち込んでいるのがイヤなので、二郎は擁護に回った。


「この学校は結構な進学校なわけで、そこで10位なんだから上等だ」

「……そうかしら?」

「ああ。それに一式のずっと1位って話がすごいかどうかは、一式の環境次第だ。偏差値の低い学校でブイブイ言ってるだけかもしれない」

「まぁ……確かにね」

「だろう? だから白川さんは自信を持っていいんだ。白川さんもすごいんだよ」


 そう告げると、清歌は小さく笑って「ありがとう」と目を合わせてきた。


「そういえば、二式くんはどうなの?」

「どうって……何が?」

「一式くんみたいにマルチタスクな処理に長けているのかどうか」

「いや、長けてはないな……学業一点集中だから1位に居られるだけであって……」


 実際は長けている張本人なわけだが、当然のように誤魔化しを図った。


「ふぅ、なんだか安心したわ。そうよね、普通はそうなのよね。あの一式一人という男が化け物なだけよね」

「……そ、そうだな」

「ライバルとして、憧れとして、彼は非常に良い男だけれど、あまりにも完璧過ぎて人としての面白みがないのよね。それに比べたら、二式くんは随分と人間味があって素敵だと思うの」

「ど、どうも……」

「……だけれど、こうして愚痴をこぼしているようでは、彼の居る高みには届かないんでしょうね。――きっと私がこうしてあーだこーだ言っているあいだにも、一式くんは自己研鑽をしているに違いないわ!」


(いや……君のすぐそばでパン食ってるんだが……)


「よしっ、一式くんに負けないように私はとにかく引き続き頑張ることにするわ!」

「……が、頑張るのは良いけどほどほどにな。何かあれば力も貸すし」

「ええ、ありがとう。二式くんも何かあれば言ってちょうだいね? 私に出来ることがあればなんでもするからっ」


 清歌ほどの地位があればもう少し驕った態度でも良いはずなのに、決して偉ぶることなく、むしろ歩み寄る姿勢。

 そして向上心の高い頑張り屋。

 だからこそ、そんな清歌を騙している申し訳なさが二郎の中にはあると言える。


(……僕が一式だよ、と言ってしまえたら楽なんだけどな)


 しかし、言えば何か取り返しのつかない変化が――起こるかもしれない。

 何より、正体を知る情報源は少なくあるべきだ。

 

 だから、二郎は清歌を騙し続ける。

 少なくとも、今はまだ――。

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