第11話 友達の家 中編
そんなわけで放課後である。
二郎はこの放課後、3人の女子をはべらせての下校中であった。
「私、こうして同級生と一緒に下校するだなんて随分と久しぶりだわ」
そう呟いたのは清歌である。
白銀の長い髪の毛を風になびかせながら歩くその姿は優雅。
すれ違う通行人には必ず二度見されていた。
「まぁ、あたしが知ってるだけでも、白川さんって今まで忙しそうにしてたわけだしね」
応じたのは里穂だ。
清歌と並んでも見劣りしないスタイルを持つ里穂の隣には、彼女と腐れ縁の関係にある美奈も並んで歩いている。美奈もすらりとスレンダーな体型であり、他の2人に負けていない。
その光景はまさに、美少女3人揃い踏みといったところだろうか。
「白川さんってさ、今は仕事のスケジュールゆるゆるなの? ボクが調べてる限りじゃ、一式くんも最近あんまし活動してないっぽいんだけど、なんか知ってる?」
「私も一式くんも、学業に専念し始めている感じね」
「あぁやっぱり? んー、そうなると一式くんの露出はちょっと減っちゃうのかなあ」
若手ナンバーワン女優。
一式推しの白ギャル。
一式推しのボーイッシュ女子。
タイプの違う3人が、お喋りしながら二郎の前方を歩いているという状況。
そんな様子を眺めながら、二郎は思考を巡らせていた。
(さて……問題の放課後がやってきてしまった。勉強会……白川さんまで参戦してしまい、非常にリスキーな状態と言える……)
正直、清歌が参戦してきた時点で逃げる選択肢もあった。
しかし二郎は、役者としての経験を得るためにリスクを犯すことを選んだ。
――友達の家にお邪魔した経験がない。
役者としてどうなんだ、というより、人としてどうなんだという話ではなかろうか。
ゆえに二郎は自分の引き出しを増やす意味合いも含め、美奈の家に向かうことを決めたのである。
(目の前に居る3人は、いずれも一式推し、白川さんに至っては共演多数の同業者……ヘマをすれば、正体がバレかねない)
名目上は勉強会だが、二郎のイメチェンを強制執行された場合が怖い。
(まぁ、その場合の対策も考えてあるし、あまり心配はしてない)
なので割と穏やかな心持ちで、二郎はやがて美奈の家にたどり着くのだった。
※
「――あらー! 本物なの!? 本物の白川さん!?」
「ええ、はじめまして仁科さんのお母様。本物の白川清歌です」
美奈の家に足を踏み入れると、在宅ワーク中だという美奈の母親が玄関に現れた。清歌と対面し、エキサイトしている。
「同じ学校だとは聞いていたけど、こんなちんけな家によくぞまあお越しくださってっ。美奈とはお友達なの?」
「はい。まだ知り合ったばかりですが」
「ありがとねえ。――あ、そういえば映画観たけど、一式くんとのキスシーン羨ましかったわ。おばさん妬けちゃうw」
どうやら美奈の母親も一式推しであるらしい。
実はこの場にその一式も紛れているのだと知ったら、果たしてどのような反応を見せるのだろうか。
気になるところだが、もちろん正体は明かせない。
「あら、よく見たら男の子も一緒なのね。美奈の彼氏?」
「ち、違うよ母さんっ。彼は二式くんって言って、ボクの友達だからっ」
ども……、と陰キャ風に頭を下げておく。
「気のせいかもしれないけど……ちょっと一式くんに似てる気がするわね」
「あっ、母さんもそう思うっ?」
(なんだと……)
「まぁでも、似てるだけよね」
「そりゃそうだよっ」
(ふぅ……)
「じゃ、ゆっくりしてってちょうだいね」
こうして二郎たちは美奈の私室に移動した。
ドアを開けた瞬間、室内が一式グッズの宝物庫じみた様相であることが分かって二郎は唖然とする。
「うわ、相変わらず一式くんまみれ……」
「里穂だって似たようなもんじゃないのっ?」
「いや……美奈には負けるし」
一式のポスター、一式の抱き枕、一式のハンドタオル。
一式のインタビュー記事掲載雑誌を揃えた本棚。
その本棚の一角には、出演作のブルーレイBOXがひと通り揃っているという有り様。
他にも一式プロデュースのアイテムが大々的に飾られている。
先日のサイン会で撮ったチェキは額縁に入れられていた。
(……ガチ過ぎるな仁科さん……)
清歌を妬んでいたのにも頷ける。
「結構、一式くんのアイテムが揃っているのね」
清歌も感心するように部屋の中を見回していた。
そしてどこか得意げな表情で、
「だけれど、私は一式くんが撮影で使っていた汗ふきタオルを持っていたりするわよ?」
と、急に謎の張り合いを始めていた。
「撮影後に放置されていたモノをこっそり回収しておいたのよね」
(……何やってんだよ白川さん……)
「えー! 汗ふきタオルいいなあ!」
美奈が羨ましそうに目を見開く一方で、里穂が興味深そうに質問する。
「白川さんて……割と一式くんフリークだったりするわけ?」
「どうなんでしょうね。でもひとつだけ確かなことは、一式くんは私の憧れにして目標だということよ」
清歌は壁に貼られている一式ポスターを見据えながらそう言った。
「容姿ばかりが取り沙汰されるけれど、彼は役者としても遙か高みに居るわ。自身を磨くためなら、役作りのためなら、努力を惜しまないのよね彼って。多少リスキーな行動も選ぶくらいに」
(僕に対する理解度がすごい……)
「時代劇に出演すればわざわざ時代考証をするし、帰国子女の役を演じるためなら英語をネイティブレベルに極めてくる。正直狂っているところもあるくらいに、彼は過剰な役作りをするの。でもそういう努力を見習いたいから、私は彼のアレコレを知ろうとしている。汗ふきタオルの回収も、その一環みたいなモノよ」
「なるほどね。んで、そういう思いの丈って一式くん本人には伝えたりしてるわけ?」
「いいえまったく。こんなの……恥ずかしくて面と向かって言えるわけないじゃない」
(すまん……マジですまん……)
先日もそうだったが、清歌の密やかな思いをひっそりと知ってしまうのが申し訳ない二郎である。
「……なあ3人とも、ひとまず勉強を始めないか?」
これ以上この話題が続くことを耐えがたく思った二郎は、そう告げることで空気を変えようとする。
「ま、それもそうだね」
と美奈が同調。
里穂が全員の顔を見回す。
「そういえば、この中で一番頭がいいのって誰なわけ? その人が先生やってよ。ちなみにあたしは頭そんなに良くないから」
「ボクも良くない」
「私は普通といったところね」
そう言って女子3人が二郎に視線を向けてくる。
「二式はどうなん?」
「思えば、二式くんって去年から不登校だったのに進級出来ているわけよね? ということは、去年の期末テストの結果が通期で相当良かったということではないの?」
清歌の疑いは正しくない。
二郎は一式としての活動のために不登校にならざるを得なかったため、芸能活動の実績を考慮されて危なげなく進級出来たという経緯が正しい。
しかしながら、だからといって二郎は勉強が出来ないわけでもなかった。
「まぁ……去年1年間の期末は毎回1位だったな」
「「「!?」」」
目を見張る清歌たち。
二郎たちの高校は、テストの順位が掲示板に貼り出される校風ではない。
そのため、二郎の頭の良さは表には一切広がっていない情報であり、彼女らが驚くのは当然と言えば当然と言えよう。
いずれにせよ、二郎は相当に頭が良い。役作りのために何もかもを極めたがる男が、勉強を疎かにしているはずがないという話である。
「に、二式ってひょっとしてすごい?」
「ハイスペ疑惑浮上だねっ」
「であれば、二式くんがみんなの勉強を見てくれるということでいいの?」
「……まぁ、別に構わないが」
むしろ場を支配出来るならそれに越したことはない。イメチェンの方向に行かないよう、場の流れを阻害出来るかもしれない。
そんなこんなで、二郎が先生役を務める形で勉強会がスタートすることになった。
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