第10話 友達の家 前編
※side:腐れ縁※
「――ほら見なさいよ美奈っ、あたしってば昨日一式くんのサインゲットしてきたんだけどw 羨ましいでしょ?w」
「あ、ボクもゲットしてきたよ?」
「え゛」
週明けの月曜日。
白ギャルの里穂と、ボーイッシュ女子の美奈は、一緒に登校していた。
腐れ縁の2人は家が近いため、高校への通学時はいつも大体一緒になることが多いのである。
「ボクを煽るつもりだったんだろうけど残念でした~。里穂がサイン貰うとこ、列に並んで後ろから見てたもんね~」
「い、居たならなんで声かけなかったわけ!?」
「え、だってボクら別に友達じゃないじゃん。腐れ縁ってだけでさ」
「だ、だとしてもなんかあるでしょ普通!」
「ないない」
にべもない美奈であった。
「それはそうと、本物の一式くんに会ってボク改めて思ったんだよね。やっぱり似てるよ」
「……似てるって、一式くんが誰かにってこと?」
「そう――二式くんに似てると思わないかいっ」
「いや……名前だけでしょ」
「はあっ? 美奈の目と耳は節穴かい!? 声も背格好もそっくりじゃないかっ」
「……まぁ、言われてみれば雰囲気はある……かも?」
釈然としない部分もあるが、里穂はそう思った。
二式二郎という男子は、よく見るとスタイルが良いのだ。
すだれのような前髪の向こうに隠れた顔はきちんと確認出来ないものの、少なくとも輪郭はスッキリとしており、だらしなさは微塵も感じられない。
「……でも、二式が一式くんに似てるからなんだって言うのよ? まさか一式くんのプライベートの姿があいつだとでも言いたいわけ?」
「いやいや、さすがにそれはないよw ……ないよね?」
「あたしに聞かれても困るけど……まぁないでしょ」
とはいえ、一式一人のプライベートは謎に包まれている。
これだけSNSが発達し、個人の情報発信が容易になった現代であろうとも、一式のプライベート目撃談はゼロという異常な状態なのである。当人がSNSをやっていないこともあって、どういう日常を送っているのかが本当に謎なのだ。
だからこそ、一式推しのあいだでは「どういうプライベートを過ごしているのか」という部分が割と議題として挙がりやすく、SNSでは色んな妄想がぶつかり合った末にファン同士が解釈違いで揉めたり炎上したりとなかなかに酷い有り様だったりする。
傍から見ていると率直に言って地獄である。
いずれにせよ、一式のプライベートはベールに包まれすぎて謎なのだ。
彼は私生活で変装している説、が有力視されており、ゆえに一式を推す者たちは周囲に一式が潜んでいるんじゃないかと夢を見ていたりする。
しかし、だからといって二式二郎が一式一人であるとは思えない里穂である。
「でもボクはさ、身なりをきちんと整えた二式くんが見てみたいよっ」
グッと拳を握り締め、美奈がそう言った。
「別に一式くん本人だとは思わないけど、身なりを整えた二式くんがどれだけ一式くんに近付けるのか、見てみたくない?」
「それは……ちょっと興味あるかも」
「でしょっ? じゃあさじゃあさ、今日の放課後二式くんをボクんちに誘ってみようかなって思ってるんだけど、里穂も参加する?」
「……す、する」
「じゃあ同じクラスの里穂が二式くんを誘っといてよっ。いいかな?」
「あ、あたしっ? ……ま、まぁ分かったわ。任せといて」
「じゃあ任せたっ」
※side:二郎※
「え……今日の放課後、仁科さんの家に行かないかって?」
「そ、そう。期末近いからあたしと美奈の2人で勉強することになってるんだけど、そこに二式も一緒にどうかなって思って……」
この日の昼休み。
二郎は里穂からそのような誘いを受けていた。
そして返事に迷っている。
迷っているというか、警戒していた。
(この誘い……一見すれば勉強会への誘いだが、多分違うんだよな。富山さんの言葉の裏に、仁科さんの思惑を感じる……)
昨日のサイン会にて、美奈がこう言っていたことを思い出す。
『――あ、そうだ聞いてくださいよっ。実はボクの同級生に一式くんと背格好が似てて声もそっくりな男の子が居るんですっ!』
『ちょっと地味めな男の子なんですけど、髪を整えてメガネも外したらホントに一式くんっぽいなって思うんですよっ。週明け学校で会ったらイメチェンさせてみようかなって思ってます!』
(恐らく……勉強会の誘いにかこつけて僕をイメチェンさせるつもりだ。富山さんもそれに乗っかった形だろうな)
となれば、二郎としてはその誘いに乗るわけにはいかない。
イメチェンさせられたら確実に一式であることがバレてしまうからだ。
(しかしながら……行きたい思いがない、わけでもない……)
芸能活動の影響で、二郎は小学生時代から友達付き合いが希薄だった。
そのため、誰かの家に遊びに行った経験が一度もなかったりする。
ゆえにその経験をしておきたい――そんな思いが二郎の中にはあった。
(役者を進化させるのは、経験だからな……)
二郎は芝居の探求者だ。
役作りにおいては過剰すぎるほどに過剰な努力を費やしている。
時代劇で武士の役を引き受ければ、時代考証と共に剣術を習いに行く。
青春ドラマで帰国子女の役を引き受ければ、英語をネイティブ並に極める。
高校球児の役を引き受けた際は元プロ野球選手に指導を依頼し、ボクサーの役を引き受けた際にも元プロボクサーに指導を依頼し、死ぬほど減量した。
二郎の役者魂に妥協の2文字はない。
すなわち、自分が未経験の領域には強烈な興味を抱き、自分の糧として吸収したいと思うのが、一式であり二郎なのである。
なればこそ、二郎はリスクを承知でこんな返答を行った。
「分かった……じゃあ放課後は是非一緒に勉強をさせてくれ」
「ま、マジ?」
「ただし条件がひとつ。――勉強しかしないからな?」
それはもちろん、イメチェンなんかしないぞ? という遠回しのさりげない牽制である。
すると里穂はぎくりとした表情を浮かべた。
「な、何言ってんのよ。むしろ勉強以外に何をするのって話じゃん……」
(なんて白々しいんだ……まぁ、変なことをされそうになった場合の対策も練っておくべきだな)
そう考えて、二郎は放課後へと臨むことになった。
※side:世間一の美少女※
一方で、そんな二郎と里穂の会話に聞き耳を立てている生徒が1人居た。
(――きょ、今日の放課後、二式くんが仁科さんの家で富山さんも交えて勉強するですって……!)
そう、世話焼きお節介女優の清歌である。
(な、なんてこと……最近の二式くんは富山さんだの仁科さんだの、いきなり女子との交流を持ち過ぎなんじゃないかしら……それは良いことではあるんでしょうけれど……なんだかモヤモヤするわ……)
二郎に対して若干入れ込んでいる清歌。
そんな彼が他の女子と仲睦まじくなっている現状は、あまり面白い状況とは言えなかった。
(このまま指をくわえて見ているのは簡単だけれど……私の行動力がそれを許さない……!)
清歌は席を立つと、2人のもとに向かった。
「放課後の勉強会って聞こえたけれど、迷惑じゃなければ私も参加させてもらいたいのだけど、可能かしら?」
そしていきなりそう告げた。
里穂がギョッとして、二郎がなぜか頭を抱え始めていた。
「へっ? し、白川さんも勉強会に参加したいわけ?」
「ええ、私も期末テストに向けて勉強面を強化したいと思っていたところなの。是非お願いしたいわ」
表向きの動機としてそう告げる。
「し、仕事は平気なわけ?」
「今日の放課後は問題ないわ」
「なるほどね……まぁ、あたしは別に参加ウェルカムだけど、主催者の美奈はどうだろね……あいつ、白川さんを妬んでるっぽいから」
「……私が映画で一式くんとキスをしたから、よね?」
「そう」
「なら謝りに行って、そのついでに許可を貰ってくるわ」
そんなわけで、清歌は美奈のクラスに向かった。
「――うわっ、白川さん……! ボクの宿敵……!」
周囲の注目を浴びながら美奈に近付いたその瞬間、怪獣と対峙するウルトラマンのように身構えられてしまった。
「な、何しに来たのさ白川さんっ! 一式くんとちゅーしやがって羨ましい……!」
「お、落ち着いてちょうだい。私は今日の勉強会に参加させてもらいたいだけよ。だから仁科さんと仲良くさせてもらえたらありがたいのだけど」
「なんで参加したいのさっ」
「それはもちろん勉強面を強化したいからよ」
ここでも当然、表向きの理由を告げる。
そして美奈を懐柔するために、手土産を取り出す。
「仁科さん、もし私と仲良くしてもらえるのなら――これを差し上げるわ」
清歌が取り出したのは、スマホ。
差し上げるというのは、その中身。
共演時に清歌がなんとなく撮影しておいた、一式のオフショットである。
「わっ――こ、この写真の一式くん胸元はだけちゃってるよ……!」
「欲しいでしょう?」
「う、うんっ!」
「なら、これから仲良くしてもらえるかしら?」
「もちろんだよ!」
(チョロいわ……!)
こうして美奈との繋がりを得た清歌は、無事に勉強会へと潜り込めることになった。
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