第7話 迫り来る白い影
「――ねえ二式、あたしと一緒にお昼でもどう?」
「――ねえ二式くんっ、ボクと一緒にランチしようよっ!」
翌日の昼休み。
自分の席で授業の後片付けをしていた二郎は、2人の女子に迫られ中だった。
片やパンフレットをあげて以降なんだか懐かれた金髪白ギャル・富山里穂。
片やダメ絶対音感を持つ黒髪ボーイッシュ少女・仁科美奈。
そんな2人からランチの誘いを受けてしまった二郎は、白目を剥きたい気分に陥っていた。
(……くそ……なんでこんな陰キャにまとわりついてくるんだ2人とも……)
一式一人であることをひた隠す二郎としては、敬虔なるぼっちで在り続け、平穏な学校生活を送りたいわけである。
だというのに、この有り様。
冴えない陰キャを演じているのに、女子との交友を持ってしまっている。
しかも目の前の2人は揃って一式推し。
こうして迫られるのはあまり良い状況とは言えない。
それこそ、可愛い2人に接近されているせいで周囲からの注目まで浴びてしまっている。
正体をひた隠す二郎としては、どうにかしたい状況だった。
そんな中、里穂と美奈が何やらメンチを切り始めていた。
「てか、なんなの美奈? 別のクラスからわざわざ二式のもとに来るほど仲良しだったわけ?」
「里穂こそ、暗めの男子は趣味じゃないとか言ってなかったっけ?」
そんな風に言い合って、里穂と美奈は顔を突き合わせている。
今の会話を聞く限り、どうやら2人は見知った仲であるらしい。
「2人は……友達なのか?」
気になって尋ねると、里穂と美奈は同じタイミングで首を横に振った。
「違うし。こいつは友達じゃなくて、幼なじみ……って言い方もなんかイヤね」
「まぁ、ボクらは腐れ縁ってことでいいんじゃない?」
「そうっ、腐れ縁よ腐れ縁。こいつ昔あたしの人形借りパクしたことあんのよ。マジむかつく」
「里穂だってボクんちに来てボクのプリン勝手に食べたりしてたじゃないかっ」
(…………)
争いは同じレベルの者同士でしか発生しない。
そんな言葉を思い出す二郎なのであった。
(なんにしても……この2人とのランチは良い予感がしない。――申し訳ないが逃げよう)
そう考えて、二郎は席を立った。
「悪いが2人とも、その誘いはパスだ。僕は現状、昼休みは誰とも過ごさないことにしていてな……」
暗い表情を形成し、二郎はウソの理由をでっち上げていく。
「……不登校から立ち直ったばかりだし、今はまだ1人で気楽に過ごせる時間を大事にしたいんだ」
もちろんそんな主義は持っていない。
今作った設定である。
しかし若手ナンバーワン俳優としての顔を持つ二郎が行う
なので里穂にせよ、美奈にせよ、それで納得してくれたようだった。
「なるほどね。ま、そういうことならしょうがないか」
「うん、しゃーなしだねっ。じゃあいつか一緒に食べようっ」
思いのほか、2人の反応は優しいモノだった。
騙してしまっているので、心が痛い。
とはいえ、背に腹はかえられない。
「……ありがとう。じゃあ失礼するよ」
こうして二郎は教室をあとにした。
購買に向かい、今日はメロンパンを購入。
それからいつもの非常階段へと移動する。
そして――
※
「――待っていたわ」
「え」
静かなランチタイムを期待して訪れた非常階段には、まさかの先客が存在していた。
「ふふ、ご機嫌よう二式くん」
にこりと微笑む先客は、何を隠そう白銀髪の偶像様だった。
世間一の美少女とも呼ばれる若手ナンバーワン女優――白川清歌。
本日も超が付くほど見目麗しい彼女が、なぜか二郎を待ち構えていたのである。
「えっと……」
困惑しつつ、二郎は尋ねる。
「……ここで何してるんだ?」
「何って、それはもちろん二式くんを待っていたに決まっているじゃない」
「なんで……?」
「用があるの」
「用? ……白川さんはマジで僕にかまけてばかりだな」
相変わらずのご執心具合に、二郎は思わずため息を吐き出した。
「……こんな陰キャを優先していたら、そのうち友達に愛想を尽かされるんじゃないか?」
「平気よ。芸能人の考えていることはよく分からない、って納得されているから」
「……それはすでに呆れられているのでは?」
「本当に大丈夫だから気にしないで」
「そうか……まぁそれより、用っていうのは?」
「端的に言うなら、お願いがあるの」
「お願い?」
「ええ、とても……とても、私にとっては大切なお願いがね」
そう言って清歌はスマホを取り出した。
その表情はなぜか照れ臭そう。
そして若干モジモジしている。
(……なんだ……?)
明らかに様子がおかしいので二郎は身構える。
撮影で一式とのキスシーンすら乗り越えた清歌がこうして照れるほどのお願いとは、一体なんだというのか。
(……タダ事じゃないだろうな……)
何を言われても動揺しないよう、二郎は気持ちを強く持つことにした。
そして先を促す。
「……よほど変なお願いじゃない限り、叶えるよ。言ってみてくれ」
「ええ……じゃあ言うわね」
かくして――清歌が意を決したように口を開いた。
「お、教えて欲しいの……」
「……何を?」
「れっ……」
「れ?」
「――連絡先……っ!」
「え……それだけ?」
「それだけとは何よぅ!」
拍子抜けした二郎に対して、清歌は照れ臭そうな表情を維持しながら詰め寄ってくる。
「――昨日っ、隣のクラスの仁科さんと連絡先を交換していたわよねっ? ズルいわ……!」
「ず、ズルいて……」
「わ、私なんて去年から知り合いだというのに二式くんの連絡先を知らないのよっ!? そりゃ、聞きに行かなかった私が悪いのは百も承知だけれど……だけれど……うぅ……っ」
潤んだ瞳で上目遣いに見つめられ、二郎は息を呑んだ。
小さな嫉妬が垣間見えるその言い分は、あまりにも破壊力抜群。
二郎は現状、タジタジだった。
(た、確かに……二式二郎の連絡先は教えていなかったわけか)
一式一人の連絡先は仕事で交換済みだ。
しかしながら、プライベートでは清歌を避けていたこともあり、二式二郎としての連絡先は未だに交換していない。
清歌としては、それを寂しく思っていたのかもしれない。
「教えて……もらえる?」
清歌が更に一歩踏み込んでくる。
もはや清歌の息遣いが感じられるほどの至近距離。
迫り来る白い影は、二郎の前髪の奥を見据えながら懇願してくる。
「……お願い」
上目遣いと共に繰り出されたその短い言葉は、改めて破壊力抜群だった。
演技では生み出せない寂しさを内包しているのが、なんとも庇護欲じみたモノを掻き立ててくれる。
二郎は正体バレに気を配り、身体ごとあさっての方向を向いた。
それから、高鳴る動悸を抑えながらなんとか応じる。
「ま、まぁ、連絡先の交換くらいは別に構わないが……」
「ほ、本当にっ?」
「ああ……」
むしろここで拒んだ方が余計な好奇心を生むことに繋がり、色々と探られる可能性が高くなるはずだ。
秘密を抱える身としては、それは避けたかった。
「……でも、大丈夫なのか? 僕みたいな普通の男子と連絡先の交換なんて……」
「あぁ……えっと、男子との連絡先交換は基本的にやめてくれって事務所に言われているから、良いか悪いかで言えば悪いのかもしれないわね」
「おい……」
「でもいいの……気に掛けている二式くんは特別だから」
そう言って清歌は、どこか穏やかに微笑むのだった。
(白川さんの中でどんだけVIP待遇なんだよ二式二郎……)
単なる陰キャを演じているというのに、清歌から好待遇を受けてしまうのはツイてない。
里穂や美奈といった一式推しの女子に目を付けられつつあるのもツイてない。
普通の男子にとっての幸運は、二郎にとっての不運だ。
(それでも……上手くやっていくしかないな)
そんな風に気分を改めて、二郎は清歌との連絡先交換を済ませた。
「――嗚呼っ、ふふ、うふふ……ありがとう二式くん、すっごく嬉しいわっ……!」
清歌は今までにない笑みを見せながらスマホを胸に抱き締めていた。
「ちなみに言っておくと、私の方から連絡先の交換を持ちかけた男の子は、二式くん以外だとこれまでの人生で一式くんだけなのよね」
「へえ……」
「つまり二式くんは――今をときめくあの若手ナンバーワン俳優と同列ということだからね?」
(どっちも僕じゃないかよ)
盛大にそんなツッコミを入れたくなったのは言うまでもない。
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