第5話 ライバルの内心
「にーしーきくーん……体育の時間は富山さんと組んで楽しそうだったわね?」
「げ、白川さん……」
――昼休み。
誰も居ない非常階段の踊り場でいつものように惣菜パンをかじっていた二郎。
そんな彼のもとにジト目の清歌が襲来し、じわりじわりと詰め寄られているところだった。
「ストレッチ、富山さんといちゃいちゃしてて本当に楽しそうだったわね……私というものがありながら……」
「私というものがありながら、ってなんだよ……」
二郎は一歩しりぞいて釈明する。
釈明する必要性がない気もするが、一応しておく。
「アレは富山さんが善意で来てくれただけであって、それ以外の何物でもないんだよ……というか、僕らのストレッチを見ていたのか」
「――見るわよっ。二式くんと組もうとしていたのに直前で横取りされた私の気持ちが分かるっ!?」
清歌はムッと頬を膨らませておかんむり。
「何よ富山さんったらっ。泥棒猫っ。きぃー! もぅ! 二式くんをサポートするのは学級委員長である私の役目だというのに!」
(あ、荒ぶっていらっしゃる……)
「二式くんも二式くんだわ。べったりと密着されて嬉しそうだったわね?」
「別にそんなことは……」
「ウソおっしゃい! 胸とか押し付けられてデレデレしていたでしょうに! 私だってこうしてあげるわ! こうよ! これでどうかしら!」
「お、落ち着け……!」
おしくらまんじゅうみたいに密着されたので、二郎は優しく清歌を引き剥がした。正体バレの可能性もあるので、あまり近付かれるのはよろしくない。
「若手ナンバーワン女優が陰キャと密着はやめとけよ……」
「別に良いじゃない。誰も見てないわ」
「男側のセリフじゃないかそれ……」
「ま……そうね。はしたないのはやめておきましょうか」
清歌はひとまず落ち着いたようだった。
それから、片手に持っていた小ぶりな弁当箱をチラつかせてくる。
「ところで、私もここでお昼を食べていいかしら?」
「まぁ……僕は別に非常階段の主じゃないし、ご自由にとしか」
本当は立ち去って欲しいところだが、そんなことを告げれば傷付けてしまうだろう。それは望むところじゃない。
かといって自分が立ち去るのも癪だ。
普通に食べる分には正体バレの可能性は低いはずなので、とりあえず受け入れておく。
「ふふ、ありがとう。一緒に食べたいなら誘うんじゃなくて、押し掛けるのが正解だったということ?」
「……かもしれないな」
踊り場の手すりに肘を掛けながら、二郎は惣菜パンを立ち食い。
一方の清歌は、踊り場の一段上の段差に腰を下ろして自前のお弁当を広げ始めていた。
「そういえば……白川さんって連日学校に通えるほど、今はスケジュールが緩いのか?」
二郎はそれとなく探りを入れてみた。
「その通りよ。今公開されている映画があるでしょう? そのPR活動が一段落したから、学業に注力出来るように仕事のスケジュールを緩めてもらえたの。来年にはもう受験生だから、とね」
(……案の定、僕と似た感じになっていたか)
となれば、清歌と顔を合わせる機会が増えるのは確実と言える。
良い状況とは言えないが、仕方の無いことと割り切るしかない。
「まぁ、長期休暇を狙って大きな仕事を入れられそうではあるけれどね。――あ、そういえば」
「……なんだよ」
「二式くんって映画の試写会に来てくれていたのよねっ? 今朝、富山さんと色々やり取りをしていたじゃない?」
「あ、ああ……たまたま抽選に当たった、ってだけだがな」
事実は言えないので、その設定をゴリ押しするしかない。
「映画は面白かった?」
「……まぁ、良かったよ」
「私の演技はどうだった?」
「……それも良かった。迫真だった」
「じゃあ一式くんと比べた場合、どっちの演技が良かったかしら?」
「そりゃ、白川さんの方が良かった」
自画自賛する気はないのでそう告げる。
すると――
「………………」
清歌が無言ですごい表情を浮かべ始めていた。
こいつマジか、と言わんばかりの流し目である。
「え……なにか気に障ることでも言ったか?」
「言ったわ」
言ってしまったらしい。
「ここだけの話だけれど、私は一式くんの方が上だと思っているの。私が明確に下。だから私の方が良いと言う人は全員――節穴だわ」
まさかの言葉だった。
清歌はメディアにおいて一式のライバルとして扱われている。
それこそ、メディアに出演した清歌が率先して一式の悪態をつき、一式もメディアを通じて悪態をつき返す、という一種のプロレスめいた因縁の関係である。
断じて仲が悪いわけではない。
繰り返しになるが、台本もなしに場外でプロレスをやっているような関係性だ。
だからこそ、今の言葉は意外だった。
一式のライバルとして堂々と胸を張っているのが、白川清歌という少女だ。
決して自分の負けを認めるキャラじゃない。
にもかかわらず、清歌は今自分の方が明確に下だと言った。
そんな清歌を見たのは初めてだった。
「世間やメディアが、私と一式くんを同格のライバルとして扱っているじゃない?」
「ああ……」
「私はその期待に応えようとして高飛車な感じを演じているけれど、同格なわけがないのよね。知ってる? 彼って台本の内容を他の演者の分まで全部きっちり覚えて現場にクランクインしてくるのよ? それは私には絶対出来ないことだわ」
清歌は一式のすごさを語り始める。
その表情はともすれば、憧れのプロ野球選手について話す野球少年のようだった。
「しかもね? 彼は役作りが変人レベル。たとえば今回の映画って時代劇なわけで、一式くんは武士の役だった。そこで彼はわざわざ独自に時代考証をした挙げ句、当時の剣術を今に伝える道場にわざわざ通って一定レベルの殺陣が出来るように修行してきたんですって。すごいと思わない?」
(ハズい……! 自分の褒め言葉を伝聞されるのはなんかハズい……!)
「今回の映画と関係ないところで言えば、ドラマで帰国子女の役を請け負ったときはネイティブレベルの英語をわざわざ会得して撮影現場に来たとか、そういう逸話がたくさんあるのよね彼って」
実際、二郎は役作りにトコトンこだわるタイプである。
請け負った役の得意分野は最低限極めようとするのが基本スタンス。
ゆえに様々なスキルが高いレベルで身に付いているのが一式であり二郎という男だ。
「そういうストイックな在り方が、まさに芸能人という感じよね。私なんて、見てくれだけの小娘よ。ライバルだなんておこがましい。世間やメディアがなんと言おうとも、私にとって一式くんはライバルではなく、――憧れなのよ」
「…………」
「こんなこと、恥ずかしくて本人に向かっては言えないけれどねw」
(思いっきり本人に言っているんですがそれは……)
目の前に居るのがプライベートの一式だと知ったら、清歌は一体どんな反応を見せるだろうか。
気になったものの、平穏を守りたい以上、正体を明かすような真似は出来るはずもない。
(まぁ……聞かなかったことにしておくか)
清歌の今の言葉を覚えていたら今後のプロレスに支障が出かねない。
一式と清歌は良きライバルであり、二郎的には同格だと思っている。
(白川さんは白川さんですごいところがある。憑依型の演技とかマジですごいからな)
若手ナンバーワン女優の称号は伊達じゃない。
そして、そんな清歌にこうして気に掛けてもらえているのはありがたいことだ。
正体がバレない範囲で仲良く出来るなら、それは望むところである。
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