第4話 2人組
「――はいお前らさっさと2人組作れー」
人によってはどんな呪詛よりもキツい指示が体育教師の口から発せられていた。
(2人組を作れだって……?)
ストレッチをやるための2人組作り。
二郎はこれまで、仕事による不登校の影響で体育の授業にほとんど参加してこなかったため(参加しても仕事の疲れで見学していたため)、このシステムを経験するのは初めてのことだった。
男女混合のこの時間。
周囲では仲の良い男子と男子、女子と女子、中には男女でペアを組んでストレッチを開始する者たちが存在する一方で、二郎は途方に暮れていた。
不登校の陰キャとして扱われている二郎に友達は居ない。
少なくとも、自分から組みに行く相手は皆無である。
しかしながら、ジッとこちらを見据える視線を感じ取った。
ハッとして振り返ると、案の定――白銀髪の美少女様が、半袖ハーフパンツ姿で虎視眈々と二郎を見つめていた。
陽キャ男子からストレッチの誘いを受けようとも、無慈悲なまでにその誘いを右から左へと受け流す世間一の美少女こと
彼女の目的は、二郎の世話を焼くこと。
去年から気に掛けている不登校男子がついにまともに通い始めてくれたと勘違いし、生真面目で優しい彼女は二郎のサポートに徹しようとしているのである。
(くそ……白川さんとはなるべく組みたくないな)
しかしながら、二郎は清歌の優しさを素直に受け取れることが出来ない。
なぜなら
なので彼女からロックオンされている現状はあまりよろしくないと言えた。
(かくなる上は、白川さんに迫られる前に先生と組んでしまえば……)
と、清歌から逃れる術を考えたそのときだった。
「ね、ねえ二式……」
唐突に背後から声を掛けられた。
恐る恐るといった感じの声色。
女子の声。
まさかと思って振り返ると、そこに佇んでいたのは――蜂蜜色の髪を指でクルクルしている白ギャルだった。
「……富山さん?」
そう、背後に居たのは富山里穂であった。
今朝、意趣返しをしたら泣かせてしまい、限定パンフレットを譲ることで手打ちとした彼女に、なぜか歩み寄られていたのである。
「……僕に何か用でも?」
声を掛けられた理由が分からず、二郎は尋ねる。
すると、里穂は引き続き髪を指でクルクルしながら目線を合わせずに口を開く。
「な、何か用でもって……この状況で声掛けたんだから、そ、そんなの言わなくても分かるでしょ?」
目線をチラリとこちらに向けて、なぜか頬を赤らめる里穂。
二郎は眉をひそめた。
「えっと……まさか僕と組もうってわけじゃないよな? まさか嫌味ったらしい富山さんが、僕と組もうとするわけがないもんな?」
「な、何よそれっ。そのまさかだったらなんか文句でもあるわけっ!?」
「え」
予期せぬ言葉に驚く二郎。
一方で――こちらに歩みを進めていた清歌も目を点にし、その数秒後には里穂を見据えて何やらムッと頬を膨らませ始めていた。
二郎はその様子に気付かないまま里穂との会話を続ける。
「……僕と組もうするのはなんでだ?」
「な、何よ……迷惑だって言いたいわけ?」
正直、清歌に比べればマシ程度であって、里穂と組むのも憚られる部分はある。
なんせ彼女は一式推しである。
一式への愛があればこそ、二郎がその推しだと気付く可能性があるわけだ。
だから迷惑と言えば迷惑である。
しかし今朝の一件で里穂が打たれ弱い泣き虫であることが判明している。
断ればまた泣かせてしまうかもしれない。
そう考えると、断るに断れない状況と言えた。
なので里穂と組むことを視野に入れ、二郎は会話を続ける。
「まぁ、別に迷惑ではないよ。ただ、僕と組む理由が単純に知りたい」
「ぱ、パンフレットのお礼……」
里穂は照れ臭そうに呟いた。
「アレ貰えたのマジで嬉しかったから……なんかお礼したいなって思ってて……。そしたら二式、ストレッチで誰も組んでくれる人居なくて可哀想だったから、あたしが組んであげようかなって思って……」
「……なるほど」
頷く二郎をよそに、遠くの方では「里穂がんばーw」と里穂の取り巻きたちがからかうようなヤジを飛ばしていた。
里穂が振り返って「うっさい!」と牙を剥く。
そして再び二郎に目を向けてくる。
「い、言っとくけどお礼以外の他意はないからね! あいつらのこと気にしなくていいからね! 勘違いしないでよね!」
「……あ、ああ」
「それよりっ、あたしと組んでくれんの? イヤなの? どっちなわけっ!?」
「まぁ……組んでくれるならありがたく組ませてもらうよ」
里穂と組めば清歌が世話を焼いてくる余地はなくなる。
前述の通り、里穂は里穂で一式のファンなのであまり交流を持ちたくない部分はあるものの、清歌に比べればわずかにマシである。
安全を第一に考えるなら教師のもとに駆け込むべきだが、その教師はすでに別のぼっちに手を差し伸べてしまっていた。
こうなればもはや、里穂と組むのが一番と言える。
「い、いいの? ホントにあたしと組んでくれんの?」
「まぁ、別にいいよ」
「ふ、ふぅん……じゃあ仕方ないからあんたと組んであげようじゃん」
「なんで上から目線なんだよ」
「う、うっさい……いいから黙って前屈されろっての」
こうして二郎は、里穂からやたらと密着されるような感じでストレッチをされることになった。
そのあいだ、二郎の相手役を取られた清歌がフグのように延々とムッとし続けていたが、二郎はやはりそれに気付くことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます