第3話 どんな子でもファンはファン
週末。
「あ、見てよ二郎くん。ほら、また流れた」
「いちいち報告しなくていいですって」
映画のCMを見てはしゃいでいるのは、黒髪美人マネージャーの
場所は二郎が住んでいるタワーマンションの一室、そのリビングだ。
二郎はマネージャーの眞理と一緒に暮らしている。
女優だった母が自殺で他界済み、父も離婚の影響で居ないため、二郎はプライベートでは孤独だ。
ゆえに事務所がプライベートの過ごし方を監視する意味も兼ねて、眞理を保護者として同居させているのである。
「映画のCMなんか放映前チェックも含めて眞理さん何度も見てますよね? なんでそんなにはしゃげるんですか?」
リビングのローテーブルで自習中の二郎は、キッチンで夕飯を準備中の眞理に目を向けた。
「愚問だね。自分が担当中の若手スターが世の中を彩ってるわけだから、そりゃ嬉しいってもんよ。さ、それより冷めないうちに食べちゃってね」
出来上がった夕飯を食卓に並べ始める眞理。
今宵の献立は和テイストであった。
ご飯、豚汁、鶏モモ肉の照り焼き。
葉野菜のサラダ、デザートに果物が幾つか。
眞理は調理師の資格を保有しているため、料理の腕前はガチである。
空腹だったこともあり、二郎は勉強を切り上げて素直に食卓へと移動した。
早速食べ始めると、いつものことながら美味だった。
「……なんでこれで独身なんですか?」
「あーヤダヤダほっといてほっといて。私は仕事と結婚したのっ。……それとも二郎くんが私をもらってくれる?」
「荷が重いです……」
幾ら美人とはいえ、ひと回り上はさすがにためらいが生じるというものだ。
「ふん、別にいいですよーだ……」
拗ねたように言いながら、眞理も自分の夕飯を用意して二郎の正面に腰掛けた。
そして箸を持つ前に、スマホを操作し始める。
「えーっと、ところで二郎くん、今後のスケジュールについてなんだけど」
「なんか変更でもあります?」
「変更っていうか、映画のPR活動が一段落したこともあって、だいぶ余裕のあるスケジュールが組めるようになった、っていうのが1点。高校生の二郎くんにはやっぱり基本的に学業を頑張ってもらいたいし、長期の撮影が入るようなお仕事はお断りし始めているわ。今後は放課後や土日で済むようなお仕事なら受け入れる感じかな」
「となると、僕は今後、普通に通学出来る感じですか?」
「そうだね。学校には普通に通える、って思ってもらっていいかも」
(なるほど……まぁ、それは良いことだよな)
学生の本分は勉強である。
まだ高2の6月とはいえ、二郎は普通に大学受験も考えている。
勉強時間が増えるのは良いことに違いない。
(問題があるとすれば……白川さんも似たスケジューリングになっている可能性があるってことか)
事務所が違うのでなんとも言えない部分はあるが、もし学生としての在り方をきちんと考えている事務所であるならば、二郎と同じこのタイミングで仕事をセーブし始めてもおかしくはないだろう。
(となると……学校で白川さんと顔を合わせる回数が増えることになる)
そして接触回数が増えれば、正体を見破られる可能性も増えるということだ。
(まぁ……そこは僕が上手くやるしかないな)
※
週明けの月曜日。
この日からセーブしたスケジュールになった二郎は、久しぶりにゆったりとした朝を迎えていた。
眞理手製の朝食を食べて、それから本日はロードバイクで通学。
学校に到着したときには髪の毛が鳥の巣のようにぼさついていたが、前髪だけを目元までおろしてそれ以上は特に直すこともなく自転車置き場にロードバイクを駐輪。
なにあの頭ーw と女子らに笑われつつも、なんら気にすることなく度のキツい丸眼鏡のブリッジを押し上げ、教室を目指し始める。
全身から生気を消した猫背の二郎を、あの一式一人であると見破れる生徒は居ない。
やがて教室にたどり着くと、白銀髪のクラスメイト――世間一の美少女こと白川
「あ、おはよう二式くん。最近きちんと登校してくれるようになったのね。嬉しいわ」
そして清歌からにこやかに挨拶されたので、二郎は無言で片手を上げることで反応し、自分の席に向かった。
(……白川さんも緩いスケジュールになったのか否か)
現状だと判断出来かねる。
どこかのタイミングで探りを入れておきたいところだ。
そう考えていると――
「――ねえ二式、あんた最近、割と学校来てんね。なんかあったん?w」
そう言って1人の女子生徒が近付いてきたことに気付く。
蜂蜜色の長い髪。
スタイルの良い身体。
着崩された夏服がセクシーな、クラスメイトの白ギャルだ。
そんな彼女に続いて数名の女子が現れ、二郎の周りを取り囲んでくる。
(
言うまでもなく、教室には色んな輩が存在している。
真面目な者、お調子者。
大人しい者、優しい者。
そして目の前の富山
陰キャを演じる二郎とは真逆。
そんな里穂とは去年から同じクラスであり、二郎は登校するたびにからかわれている。
「僕がいつ学校に来ようが、僕の勝手だと思うんだ。富山さんには関係ないよ」
二郎に精神的な弱さはない。
臆せずそう告げると、里穂は取り巻きたちと顔を合わせてクスクスと笑った。
そして二郎の机に腰掛けてくる。
「ま、確かに関係ないねw でもなんで急に学校来るようになってんの? 人恋しくなって友達でも作り始めてるわけ?w」
「さあな。そう思うなら別にそういうことでいいよ」
「じゃあちょっとお喋りしよっか? 楽しく話題を合わせてくれたらあたしが友達になったげるw」
迷惑な話だった。
完全に遊ばれている。
周囲では取り巻きたちが「分かる話題出したげなよ~?w」などと里穂を煽っていた。
少し離れたところでは、清歌がこちらを注視している。看過できない事態になったら突っ込んでくるのは間違いないだろう。
「二式でも乗れそうな話題ってなんだろ。あ、一式くんの話題とか?w」
絶対乗れなさそ~w と取り巻きたちが笑い出す。
「ねえあんたさあ、一式くん知ってる?w」
「知ってるよ。一式一人だろ」
「そうそう、その一式くんねw あたし大ファンでさあ、ちょーカッコいいよね~。二式とは比べものにならないっていうか、名字はちょっと似てるけど、文字通り似て非なる存在っていうかw」
似て非なるどころか本物だと知ったらどういう表情をするのか気になったが、もちろん正体を明かすわけにいかないので沈黙を貫く。
「でさあ、土曜から公開された主演映画観た?w そこにおわす白川さんも出てるヤツ」
「……封切りでは観てないな」
「あ、観てないんだ? 旬の話題だし二式でも乗れそうかもって思ったんだけど、やっぱ引きこもりに映画館は難易度高めなわけ?w」
二郎を小馬鹿にした態度を全面に押し出して、里穂は流行マウントを取ろうとしていた。
二郎はため息を吐き出す。
(……一式を好きでいてくれるのはありがたいが……)
しかし、快くない態度で接されるのは正直面白くはない。
一式ファンの民度にも悪影響だ。
(少し、その鼻を明かしてやろうか)
良い加減、彼女には意趣返しをしたいと考えていたところだ。
腹を決めた二郎は、カバンを漁ってとある物品を取り出すことにした。
「富山さん……僕は封切りでは観てない、って言ったんだよ。一式のファンなら、これが何か分かるんじゃないか?」
「そ、それって……」
二郎が取り出した物品を見て、里穂が目を見開いた。
「し、試写会限定のパンフじゃん……」
そう、二郎が取り出したのは主演映画の試写会来場者限定の配布パンフレットである。
二郎は先日、主演として試写会の舞台挨拶に登壇している。
そしてお土産としてこの限定パンフレットをもらっていたのである。
このパンフレットの表紙には主演の一式がデカデカと描かれているため、一式ファンにはたまらない幻のアイテムとなっていた。
「え……二式まさか試写会行ったの? 抽選ですごい倍率だったのに当たったってこと?」
「そうだよ」
と二郎はウソをつく。
「一式とかいう俳優には別に興味なんてないが、暇潰しに応募したら当たったんだ」
「きょ、興味ない? ひ、暇潰し……?」
「そう。でもいざ行ってみたらなかなか良かったよあの映画。……あれ? そういえば富山さんは一式の大ファンらしいのに、まさか試写会に行ってないのか?」
「――っ、い、行ってなかったら何よ!」
「へえ、図星かよ。僕みたいな人間でも行けるようなイベントに行ってないくせに、一式の大ファンを名乗ったってことかい?」
「う、うっさい!」
里穂は悔しげにぷるぷるしながら机をバンと叩いた。
「あ、あんなクソ高倍率の抽選なんか当たるわけないでしょ! 当たればあたしだって行きたかったし!」
「当たらないのは努力が足りなかったんだろうな」
「抽選の努力って何よ!」
「まぁ、日頃の行いが悪い奴には当たらないってことでは?」
「……っ」
そう告げると、里穂はジワッと瞳を潤ませ、両手で目元をこすり始めてしまった。嗚咽まで漏らして、静かにメソメソしている。
(……う、打たれ弱いのかよ……)
まさかこの程度の反撃で泣くとは思わず、二郎は困惑。
な、なに里穂のこと泣かせてんのっ! と取り巻きたちも若干困惑気味に二郎を責めてくる。
(しょうがない……)
なんだかいたたまれない気分になった二郎は、気付くと限定パンフレットを里穂に差し出していた。
「僕が悪いとは思わないから謝りはしない……でもこれをやるから機嫌、直してくれ」
二郎としては、仮にもファンである里穂を泣かせるつもりはなかった。
里穂は二郎をからかってくるちょっとイヤな女子だが、きちんと試写会の抽選に応募していたり、映画を封切り直後に観てくれていたり、割と本気でファンをやってくれているのだと分かる。
二郎にしてみれば、なかなか憎めない存在と言える。
「い、いいの……? 非売品じゃん、それ……」
目元をぬぐいながら、里穂が恐る恐る尋ねてくる。
二郎はパンフレットを改めて差し出し、頷いた。
「別にいいさ。僕はこれといって一式のファンではないからな。ファンが持ってくれてる方が、きっと一式も喜ぶ。だから、ほら」
「あ、ありがと……」
半ば押し付けるように手渡すと、里穂はぽっと頬を赤らめてお礼を呟いた。
二郎は「どういたしまして」とだけ告げて、周囲の注目から逃れるようにトイレへと向かうことにした。注目され過ぎると一式だとバレる危険性があるので、場をクールダウンさせようと思ってのことだ。
「やるわね二式くん」
廊下に出ようとした寸前、清歌からサムズアップされながらそんな声をかけられた。
二郎はワカメじみた前髪の隙間から目だけを合わせて特に何も言わず、無愛想な陰キャを貫きながら教室をあとにするのだった。
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