第2話 ランチタイム
若手ナンバーワン俳優・
本名――
趣味――特になし。
私生活では正体を隠してひょうひょうと生きている彼はこの日も、芸能活動の合間を縫って学校に登校していた。
「――ねえ二式くん、一緒にランチでもどうかしら?」
「……ランチ?」
「ええ、どうかしら?」
そしてこの日の昼休み。
4時間目の授業が終わってすぐの教室において、二郎は昼食に誘われていた。
その相手は、白銀髪のハーフ美少女――奇跡的にも同じ学校に通っている若手ナンバーワン女優のクラスメイト・
なので、すだれのような前髪の内側で二郎は盛大に顔をしかめていた。
(……白川さんめ……マジでお節介の世話焼きママだな……)
このクラスの生徒たちは二郎のことを「たまにしか学校に来ない不登校くん」だと思い込んでいる。そして大半のクラスメイトはさして関わってこない、あるいは面白がって茶化してくる程度のモノである。
しかしそんな中、学級委員長の清歌だけはやたらとお世話を焼いてくる状態が続いている。二郎を不登校だと思い込んでいるため、登校するたびに気に掛けてくれているのだ。
(勘弁して欲しいよな……白川さんに接近されると気が気じゃない)
平穏な私生活のために、二郎はプライベートでは一式一人であることを隠して過ごしている。
仕事で割と共演することの多い清歌に近寄られると正体を看破される可能性があるため、出来ればあまり関わって欲しくないのが本音なのである。
(僕と同じくらい忙しいはずなのにいつも学校に居るしな……どうなってんだか)
聞くところによれば、遠方で撮影するときを除いて、清歌は基本的に毎日学校に顔を出しているらしい。かなり几帳面かつ真面目で堂々とした性格であるため、学校への出席は可能な限り行いたい意向なのだろう。
「ねえ二式くん、話聞いてる?」
思考を巡らせる二郎をよそに、清歌は二郎の真横でラーメン屋の店主か何かのように腕組みをして、頬を膨らませていた。
「ラ・ン・チ、一緒にどうかしら?」
「……興味ないね」
二郎はいつも通りの返事を行った。
正体を隠し通すにはなるべく関わらないのが一番である。
「気持ちだけ、受け取っておく」
「そう……」
清歌がしゅんとしていた。
心が痛い。
しかし正体を隠し通すためなので仕方が無い。
「――なあ白川さん! そんなヤツとじゃなくてさ、俺と食わね?」
一方で、陽キャ男子のクラスメイト・石井が清歌に声を掛けていた。
「俺ってば今をときめくあの一式一人にも負けないくらいイケてっし、そんな陰キャよりも楽しいランチタイムを提供してやれると思うんだよね~」
「はあ……残念ながら、君のイケてる度合いは一式くんの足元にも及ばないわ」
清歌は鬱陶しそうにひと息ついて、石井の断罪を開始した。
「一式くんならきっと、いちいち他人を貶めるワードを使って誘いに来たりしないもの。そんな誘い方をしている時点で、君は一式くんと比べるのもおこがましい下等な存在だわ」
「そ、そっか……」
「ええ。君と一式くんを一緒にしないで。消え失せてもらえる?」
「……うっす……」
あえなく追い払われた石井はトボトボと教室の隅に向かい、友人たちから「どんまいw」「ナイスファイトw」「お前も不登校になればいんじゃね?w」などと笑われていた。
一方で、二郎はそんな彼らなど眼中になく、清歌の態度をありがたく思っていた。
一式と清歌はライバル関係だが、そのライバルを引き合いに出し、石井をしりぞけてくれた。
清歌が一式をリスペクトしてくれているその感じが、なんだか嬉しかったのである。
「ともあれ、二式くん」
そんな中、清歌が気を取り直したように視線を向けてくる。
「本当に私とのランチタイムに興味はないの?」
「……今はな」
「そう……。なら、いつか一緒にお昼を食べてくれる日が来ると信じているわ」
「まぁ……信仰はご自由にどうぞ」
「ええ、じゃあ今はこれにて」
そう言って清歌が女子の友人グループのもとに戻っていった。
それを見送りつつ二郎は席を立つと、購買に移動して惣菜パンを購入した。
それから非常階段への移動を始める。
無人のオアシスたる非常階段でのお昼が、二郎が学校生活において一番好きな時間なのである。
「――見てこれ! 一式くんのクリアファイル!」
「ちょーカッコいいじゃん!」
「本物はもっとカッコいいんだろうねー!」
非常階段への移動途中、一式一人について語らう女子生徒らが目に付いた。
(本物ならここに居るぞ……とは絶対に言わない)
二郎が一式一人であることはどんな情報よりも機密事項である。
心の中でファンの彼女らに感謝しつつも、気にせず無視して、何事もなく過ごした。
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