第七話 進路 ー2032年11月ー
おそらく学校側としても現役進学率を上げたいだろうから、彼女の担任である
「……進学は選択にないのですか?」
「進学はいいかな。特にやりたいこととか、夢もないし」
「やりたいことを見つけるために進学するという考えもありますよ」
学校の進学率を上げるために貢献したいのではない。「就職」と口にしたときに、いつも真っ直ぐに私を見つめて好意を告げる上原さんが目を逸らしたことが引っかかったのだ。
担任クラスの生徒ではないとしても、教師としては生徒が本当に望む進路を選んでほしいという気持ちがあるのは当然だ。
上原さんは明らかな作り笑いを浮かべた。
「でも、ママがさ。やりたいこともないのに大学に行くのは意味がない、それだったらすぐに働いて家にお金を入れるべきだって言うから。親に反対されちゃったらどうしようもなくない?」
なるほど、そういうことか。
自分が成人しているとそういう感覚がすっかり薄れてしまってよくない。高校生にとって、お金を出してくれる存在はいつだって保護者なのだ。
「上原さんは本当にそれでいいのですか?」
「今日の先生は積極的だね。なんだか照れちゃうな」
「茶化さないでください。私は教師なので、こういうときのために存在しているのです」
真面目に見つめる。上原さんも私を見ている。
「私はいつだって、上原さんの味方です」
上原さんの視線が、たどたどしく下を向いた。
「…………大学って面白そうだなとは、思う」
風が吹けば消えてしまうようなか細さで、絞り出すように口にした言葉。
願望を隠すように告げられたその呟きこそが、彼女の心の声だと推測する。
「それは、できれば行ってみたい、と言い換えても問題ないですか?」
「……うん、そうかも。ま、まあ、無理なんだけどね」
そう言って笑う上原さんの顔を見て、推測は確信に近づいていく。
「十分にわかりました。就職するという選択は、上原さん自身の意思によるものではないということですね」
「ん? ……あー、うん。そうだね?」
私は人の心を読み取ることに自信がない。だから言質を取るために確認したのだが、上原さんがちゃんと声に出して言ってくれてよかった。教師として、少しは信頼されている証左に浮かれそうになる。
「では、上原さんのお母様がご在宅の日を教えてください。家庭訪問をします」
「え⁉ な、なんで⁉」
「なんでって……上原さんの進路について話をしに行くのですが?」
当たり前のことを提案しているだけなのに、上原さんはなぜか狼狽していた。
「いやいやいや、なんでよ……だって先生、別にあたしの担任じゃないじゃん!」
「担任ではありませんが、教師ですから。生徒の進路について意見を言うくらいの権利はあると思います」
担任じゃないくせに生徒の家庭の事情に口を出すのはよくない、なんて思わない。大きなお世話だと言われたとしても、悪いことをしているわけではないと信じている。
上原さんは躊躇っていたけれど、私とのしばしの押し問答を経て、ようやく折れてくれるまでに至った。
「……わかった。一応、ママに予定を聞いておくね」
「はい。私も矢部先生に事情を話しておきますね」
矢部先生に「出しゃばらないでほしい」とでも言われたら、そのときは矢部先生自身に行ってもらうか私が同行すればいい話だ。
大学受験を考えていなかったのであれば、上原さんは今まで受験勉強を一切やっていないはずだ。間に合わせるためには家庭訪問もできれば早いほうがいいけれど……なんて考えていたら、上原さんがじっと私を見ていることに気づくのに遅れてしまった。
「なんでしょう?」
「別に? 先生のこと好きだなーって再確認しただけ」
「そうですか」
突拍子もない発言に首を捻る。
もしかしたら彼女は家庭訪問されることに緊張しているのかもしれないと思った。
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