第五話 佐々木涼香 ー2032年11月ー

「ね、筧先生って神奈川出身なんでしょ? 神奈川の人って出身地聞くと『横浜』って答えるのってほんと?」


 どうやら、佐々木さんもまた上原さんを通じて私のことをよく知っているようだ。……どこまで話しているのかは気になるところだが。


「人による、としか答えようがないですね」


「ブナンな解答だ! やっぱせんせい、大人なんだね! すごーい!」


 佐々木さんの感心ポイントが全くわからず苦笑していると、上原さんが面白くなさそうな顔をしていた。


「ちょっと涼香。ふたりが仲良くなるのはあたしもうれしいけどさ、先生とイチャイチャしないでよ」


「これでイチャイチャ判定食らうの? 厳しすぎない? ウケんだけど」


 上原さんは私への想いを佐々木さんにも話している、と言っていた。


 同性に恋心を抱くのは、今の世の中ではまだマイノリティーに属される方だと思う。だから私は、どうしたって大多数側からの視線が気になってしまう。


 ゆえに私は、自分の秘密こいを誰かに話したことはない。ずっと、胸の中に必死に押し殺してきた。


 だけど今の時代の風潮なのか、上原さんたちの年代は意識が違うのか。あるいは彼女たちがたまたまオープンな子たちなのかはわからないけれど、上原さんが佐々木さんに私への恋心を話しているということは、私には考えられない行動だった。


「っていうか、メイサって好きな人の前だとそんな感じになるんだね。今までの彼氏の前と全然違う! かわいい~!」


「『かわいい~』じゃないでしょ。あたしが不破の前で涼香の元カレの話したら、どう思う?」


「……『なに余計なこと言ってんだ』って、思う。ごめん」


 思ったことをすぐ口に出してしまうとは、こういうことか。


 私は上原さんに彼氏がいたことは知っていたし、むしろいないほうがおかしいと思っていた方だったから気にしなかったけれど、上原さんも佐々木さんも目に見えて暗くなってしまった。


「あ、えっと……に、二年生は来週から修学旅行ですね。いいですよね、北海道。おふたりとも、準備は済ませましたか?」


 ここは大人として、教師として、仲を取り持たなくてはと思って慣れないフォローに入った私の棒読み具合に気づいたのだろうか。


 ふたりは顔を見合わせて、ふっと笑った。


「ごめんね先生。涼香のデリカシーのなさはいつものことだから。元カレがいたとしても、あたしが初めて好きになったのは先生だけだからね」


「メイサが筧先生を好きな気持ちは本当だし、この子超イイ子だからね! 嫌ったりイラついたりするのはわたしだけにしておいて!」


「……そっちはあまり、気にしていませんよ。おふたりが仲直りしたみたいで、よかったです」


 友人の前で恥ずかし気もなく好きって言葉を言えるのは、上原さんの特徴? それとも、今時の若い子ってみんなこんな感じなのだろうか?


「ねーメイサ、北海道って信じられないくらい寒いっていうし新しい服買いに行こうよ。あったかくてかわいいやつ!」


「いいね、行きたい。でも別に今話すことじゃなくない? あとで連絡するからそろそろ出てったら?」


「わかってないなあ~メイサ。これはさっきのお詫びを兼ねた、親友のスーパーアシストなんだから!」


 さっき叱られたばかりだというのに、佐々木さんは上原さんの「出てって」を聞かなかったフリをして私を見た。


「ね、筧先生はメイサに三日も会えないのって、寂しくない?」


「寂しくはないですね。二年生が不在だと校内が静かになるとは思いますが」


「ちょっと筧先生、そこはウソでも『寂しいですよ』って言うのが大人としての社交辞令ってやつじゃないの~⁉」


 慌てる佐々木さんの様子を見ながら、上原さんは笑っていた。


「ダメダメ、先生にそういうのは全然通用しないから」


「だってさ、いつもメイサが追いかける姿ばかり見てたから、つい……筧先生の口からメイサが喜びそうな言葉を言ってほしかったんだもん」


「うれしいけど余計なお世話だって。あたしはあたしで頑張るから、大丈夫」


 ……だから、どうして私が目の前にいるのにそんな話ができるのだろう。気まずさからいたたまれない気持ちになった私は、ふたりから目を逸らした。


「というわけで筧先生、わたしは帰るね! メイサのことよろしくね!」


「よろしくと言われましても……あ、佐々木さんもこのまま勉強会に参加してみてはいかがでしょうか?」


「メイサの邪魔はしたくないっていうのが建前で、これから颯真くんとデートだから無理っていうのが本音です! それじゃ、失礼しました~!」


 嵐のように去っていった佐々木さんの勢いにあっけにとられていると、


「涼香ってほんとに、裏表のない性格してるでしょ?」


 上原さんはそう言って、今日一番の笑顔を見せた。


          ◇


 一週間後、二年生は二泊三日の修学旅行へ旅立って行った。


 引率もない私は他人事だったけれど、上原さんの顔を見ない放課後は驚くほど静かであり、若干の寂しさを覚えてしまったことは否定できない。


 修学旅行二日目の夜、北海道にいる上原さんからメッセージが届いた。


『北海道やばい。楽しい。先生にも来てほしかったな』


『無理ですよ。学校行事ですから』


『じゃあ、今度ふたりで旅行とか行かない?』


『行きません』


 我ながら素っ気ないメッセージだとは思うけれど、教師と生徒がふたりで旅行に行くだなんてたとえ同性であっても考えられないことだ。


『上原さんが卒業したら、』


 ここまで文字を打って、手をとめた。そして少しだけ逡巡してから全消去して、なかったことにした。


 何を血迷っているのやら。二年生の不在で授業編成にも多少変更があったし、通常の感覚が少し麻痺しているのかもしれない。


 今夜は天気がいいから、窓の外を見ると星がよく見える。


 北海道の天気はどうだろうか。埼玉よりもずっと綺麗に見えるであろう星空を、上原さんも見上げていたりするのだろうか。


 一度しかない高校での修学旅行を目一杯楽しんでほしい。そして、旅行中の話を楽しそうに話してほしいと思った。


 二年生は明日、帰ってくる。私は早めに就寝の支度をすることにした。

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