ご、ご利用……ありがとうございました
へズちゃんのお母さんの言葉で、心臓の鼓動が加速していく。
わたしたち魔女の瞳は、不自然なほどの輝きを帯びている。もはやごまかせないし、言い逃れはできなかった。
へズちゃんのお母さんは恐ろしいものを見たような表情をしたのちに、こちらへと歩み寄る。そしてわたしの手を勢いよく叩き、きっと睨みつけてきた。
「うちの子の手を離して」
「え、あの……」
「――また、不幸にするつもり?」
吐き出されたのは、殺意に近い敵意。わたしは呼吸がおぼつかなくなり、首を横に振るのがやっとだった。
ただ、仲良くなりたいだけ。
言葉は喉元まで出かかるのに、吐き出せない。
「お、お母さん? ロアさんは……」
代わりに、へズちゃんが不安そうな声を絞り出す。わたしが魔女だと言われて、きっと戸惑っているに違いない。縋るような表情が物語っている。
「へズ、今日からこの魔女を家に呼ぶのは禁止よ。今度は耳まで奪われちゃうから」
へズちゃんのお母さんはそう言って、再びわたしを睨みつける。自分の娘をぎゅっと抱き締めた細い腕から、何があっても絶対に守り抜くという意思のようなものを感じた。
このままだと、へズちゃんともう会えなくなってしまう。
でも、普通に考えれば、配達員なんかより母親の方が強いのは明確だ。それに、へズちゃんの瞳が魔女に奪われたのは紛れもない事実。
「――聞こえなかったの? もうここには来ないでって言ってるの。人間のフリをして、裏では私たちを嘲笑ってるんでしょう?」
「ち、ちが……」
「魔女は魔女らしく、兵器としてどこかの戦場を駆け回っていればいいのよ」
視線と言葉で気圧されてしまい、ついに何も言えなくなる。このまま、立ち去るしかなかった。
「ご、ご利用……ありがとうございました」
やっとの思いで振り絞った言葉は、わたしの立場を完全に決めてしまった。
玄関で頭を下げ、扉を閉める。その瞬間に視界に映ったへズちゃんは俯いていて、表情が窺えなかった。
でもきっと、失望してる。
いままで正体を隠されていたことにショックを受けている。だってわたしは、へズちゃんの事情を知っていたのに、告白を先延ばしにしていたのだから。
外は相変わらず静かで、コバルトブルーをぶちまけたような空は見上げれば落ちそうなほどに深い。波の音、海鳥の声、潮風で回る小さな風車。それらすべての情報が、ゆっくりとわたしの心に墨を広げていった。
もう、会えないんだ。
その事実が毒のように、ゆっくりと全身に回る。箒にまたがって『リヴレ・ヴォン』に戻っている間も、呼吸がおぼつかなくなる。わたしは空中で何度もふらつきながら、なんとか事務所へとたどり着いた。
「――アンタ、体調でも悪いのかい!?」
そんなわたしを見て、アンナさんがすぐに駆けつけてきた。体調が悪いというのは正確じゃないけれど、あながち外れてもいない。現に、わたしは全身にびっしゃりと汗をかいていた。
「……だ、だ、大丈夫です」
「どう見ても大丈夫じゃないよ、それは。今日はもう上がりな」
「で、でもまだ全然配達が残って……」
「心配無用だよ。そのぶんシャルに頑張ってもらうから」
アンナさんは冗談めかした様子でそう言った。シャルちゃんの負担が増えるのは可哀想だけど、今のわたしが役に立つとも思えない。箒でまっすぐ飛ぶことすらできないのだから。
「す、すみません。じゃあ今日は、これで失礼します……」
わたしは深々と頭を下げて事務所を出る。昼下がりのメリバルは活気に溢れているのに、すべての喧騒が遠く感じる。商通りに飾られた花も、心なしか
色あせて映った。
もし、初めてあった日に自分が魔女だと打ち明けていたら、結果は変わっていたのだろうか。いや、魔女であるわたしには、へズちゃんと仲良くする権利なんて最初から無かったのかもしれない。
「ああ……苦しいなあ」
視界が滲んでくる。わたしは堪らず空を見上げ、ずっと洟をすする。その瞬間、硝子の空にヒビが入り、音もなく砕け散った気がした。
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