お前自分の立場わかってんのか
三畳ほどの牢屋の中は、ランタン型の魔道具でぼんやりと照らされている。中に詰め込まれた魔石が耐熱ガラスの中で自然発火することにより、橙色に光るらしい。
従来のランタンと異なるのは、うっかり倒してオイルが漏れる心配がないところだ。
もしこれが魔道具じゃなければ、わたしはきっと油まみれになっているだろう。
そう言えるくらい、不注意でランタンを倒しまくっている。
「……ここが狭すぎるのが悪いんだよお」
わたしは不満を口にしながら、ごろりと寝返りをうつ。床は石造りだし、支給された布団はぺらぺら。どの体勢になっても骨が軋む。引きこもりとはいえ、さすがに牢屋は望んでいなかった。
本気を出せば脱出なんて朝飯前だ。けれど、さすがのわたしでも、それが重罪になることは知っている。シャルちゃんに付いてきた手前、これ以上は迷惑をかけられなかった。
「はぁぁ、暇だなあ。お菓子が食べたいなあ。シャルちゃんは今ごろ何を食べてるのかな。また魚でも食べてるのかな」
大きな独り言を呟いていると、かつかつと足音が聞こえてきた。それは大きくなり、やがてわたしの牢屋の前に現れる。
「おいクソガキ、うるせえぞ」
「――ひぃっ!」
荒々しい注意に、思わず飛び跳ねてしまう。この声は、わたしをここまで連行したおっかない憲兵さんだ。
「す、すみません……もう寝ます、寝ますので命だけはどうか……」
「そんなことしねえよ」
憲兵さんはそう言って、包装された食パンをぺいと放り投げてくれた。
「腹減ったろ、それでも食え。飲みモンも後で持ってきてやる」
「あ、ありがとうございます……」
わたしは食パンの包装を剥き、おずおずと質問する。
「あ、あの……すみません」
「なんだ?」
「と、トースターとバターはどこに……?」
「お前自分の立場わかってんのか」
どうやら、ないらしい。わたしは残念なきもちでいっぱいになり、仕方なく別の提案を口にした。
「じ、じゃあ、わたしの味覚を騙す魔法を使ってもいいですか?」
「……なんだそりゃ、そんなのあるのか」
「へへ、はい。わたしは天才なので……自分で魔法を創造するのが好きなんです」
幼い頃から、自分だけの魔法を編むのが趣味だった。
シャルちゃんが使うような由緒正しい魔法も悪くないと思うけれど、詠唱や発動方法が決まっているものはすぐに覚えられる。本音を言うと、あまり楽しくない。
「ふぅん……。まあ、厳密に言えば法で定められた魔法しか使えねえんだが、それくらいならいいだろ」
憲兵さんはそう言って、不器用そうに笑った。わたしは自分に魔法をかけて、食パンの味をバターたっぷりのトーストだと錯覚させる。すぐに香ばしい匂いが鼻腔をぐるぐる走り抜けて、口の中に涎が溜まってきた。
「い、いただきます!」
そのままかぶりつくと、バターの旨味が口いっぱいに広がった。焼き加減もちょうどよく、わたしがいつも家で食べているトーストとほとんど同じだ。
ただいつもと違うのは、この殺風景な場所と、わたしをじっと見つめる憲兵さんの存在。視線はまっすぐとブレることなくこちらだけを捉えている。
「……あ、あ、あげませんよ?」
「そういう目で見てたワケじゃねえ」
憲兵さんは強い口調で言い切ってから、馬鹿馬鹿しそうに吹き出す。態度は荒々しいけど、なんだか根は優しいのかなと思った。
「……いやな、魔女にもお前みたいなぼんやりしたヤツがいるんだなって」
「へ? ほ、他の魔女にも会ったことあるんですか?」
「会ったつーか、メリバルに住んでた魔女が居たからな」
「ええええええっ⁉」
驚きのあまり、思わずトーストを落としそうになる。わたしたちは、魔女の掟により同じ街に滞在を続けるのはタブーだ。丘の上や森の中に家を建てて、人里から離れた場所で暮らさなきゃいけない。
「えと、そ、その魔女の名前って……」
だから、タブーを犯すような魔女は悪い意味で有名人が多い。嫌な予感がせり上るのを感じつつ、わたしは憲兵さんの言葉を待った。
「ああ――家名がお前と同じルルリエルだった。親戚か?」
ああ、やっぱりそうだ。
でも、これは悟られちゃだめだ。絶対に面倒臭くなる。わたしは真相を誤魔化すようにして、笑顔を貼り付けるしかなかった。
「え、えと……ここに住んでる親戚は知らないので、他人だと思います。」
「そうかよ。それよりお前、気をつけろよ」
「へ? な、なにを、ですか?」
わたしが聞き返すと、憲兵さんは呆れたようにため息を吐いた。
「この街は広い。魔女を受け入れてくれる肯定派が大半だが……あとはわかるな?」
「……あ、はい。もちろんです」
わたしは何度も相槌を打ち、壁のひび割れを眺める。
数百年前、魔女は戦争兵器として扱われていた。国の威信をかけて魔法で多くの人間を殺し、罪のない人々の幸せさえ奪い去った。
今はもう戦争なんて滅多にないし、戦争が起きたとしても魔女が表立って参加することはない。
けれど、脈々と受け継がれてきた歴史は、簡単に割り切れるものでもないらしく、わたしたち魔女と人間の関係性は微妙な部分もある。
簡単に言えば、魔女が大嫌いな人がいる。
敗戦国出身の人や、魔女に直接危害を加えられた人。それらの負の感情を表に出すような『否定派』には気をつけなきゃいけない。
「この街に住んでた魔女は、人との関わりが薄かった。だから観光客や仕事で来るようなヤツらは存在すら知らなかったと思う。けどな……長年ここに住んでたヤツは、あの魔女を良くは思ってなかったよ」
わたしは返事を挟めずに、黙って聞くしかなかった。だって、その魔女がどんな人かを知っているから。
サラキア・ルルリエル。
この世に魔道具を広めた功労者であり、知的好奇心の怪物であり、幾つもの顔を使い分ける大罪人。
そして、わたしのお婆ちゃんだ。
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