第7話 メイド

   ※side:義和※


「――2人の様子はどうだ?」

『特に進展はありませんが、同棲が難しくなるような異常もありません』

「つまり状況としては普通というわけか」


 義臣とエレーナの同棲が始まって1週間が過ぎたこの日の夜、義臣の父・義和は黒服からの報告を耳にしていた。

 自宅の書斎でマッサージチェアに座りながら、1日の疲れを癒やしつつのことだ。


「まぁまだ1週間が経っただけだしな。それでいいだろう。引き続き2人の様子を見守ってくれ」

『お任せください』


 こうして黒服との通話を終える。

 今黒服に告げた通り、まだ同棲開始から1週間。

 義和の中に焦りはない。

 しかしだ。


「……2人をくっつけるための策を、一応打ち始めるとしようか」


 出来るだけ早くくっついてもらえる方がいい。

 そんな思いから、ぱちん、と指を鳴らす。

 直後、書斎のドアが開いて長い黒髪の美人メイドが現れる。


詩乃しの、出番を頼めるか?」

「当て馬をやればよろしいのですね?」

「ああ。くれぐれもやり過ぎるな」

「どうでしょうか。わたくしは坊ちゃまのことが大好きですので」


 そう言って優美に微笑む彼女は、一条寺財閥のお抱え使用人家系・神楽坂かぐらざか家の長女、神楽坂詩乃である。

 年齢はハタチ。現在は大学に通いながら使用人をしている。

 歳が近いということで昔から義臣のお世話を任せていた彼女に、今回は当て馬の役目を担ってもらうことにしたのである。

 懸念点としては、


(……今詩乃自身が言った通り、義臣のことが好き過ぎること……)


 当て馬を通り越して変なことにならないとも限らないのが、不安と言えば不安だった。


「……いいか詩乃? エレーナちゃんをその気にさせるのがお前の役目だ。そのためにエレーナちゃんを煽りながら義臣を誘惑したりすることを許可するが、やり過ぎは禁物だからな?」

「ふふ、承りました」


 恭しく頭を下げてくる詩乃。

 黒服の目もあるので大丈夫だとは思うが、義和はやはり不安を拭えないのであった。



   ※side:義臣※



「ご機嫌よう、坊ちゃま」

「え……詩乃さん?」


 翌日。

 学校からマンションに帰ってきた義臣は、部屋の前の廊下に1人の美人メイドが佇んでいることに気付いた。

 彼女は何を隠そう、実家で義臣のお世話係だった神楽坂詩乃。

 優雅に微笑みながら一礼を行ってくる。


「このたびは同じマンションに住まうことになりましたので、ご挨拶をば」

「なんでここに住むことに?」

「1人暮らしをすることで家事炊事に幅を広げてこいと指示されました。言うなれば修行期間でしょうか」

「なるほど」


 修行の舞台として、この一条寺と咲宮の私物と化したマンションはちょうど良かったのだろう。


「時に坊ちゃま、咲宮のご令嬢とはどのような生活をなさっているのですか?」


 ジッと据わった目を向けられる。


「まさかアレほど嫌っていたかの令嬢といかがわしい真似はなさっていませんよね?」

「と、当然だよ詩乃さん。エレーナは仇敵。ほだされてない」

「安心致しました」


 そう言って表情をにこやかなモノに戻すと、詩乃は改めて一礼しつつ、


「では坊ちゃま、これからたびたびお会いする機会が増えると思いますので、何卒よしなに」

「ああ、よろしく詩乃さん」


 義臣にしてみれば、勝手知ったる詩乃が近くにやってくるのは落ち着くところである。


 しかしこれが嵐の前触れであることに、義臣はまだ気付いていなかった。

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