第6話 夜食
「……腹減ったな」
エレーナとの同棲が始まって数日。
翌日から週末ということで義臣はこの夜、いつもより遅くまで勉強していた。
現在時刻は午前0時過ぎ。もう少し勉強するつもりだが、小腹が空いたので冷蔵庫を覗きにリビングへ向かう。
(夕飯の残りはなし……食材はあるけど、作るのが面倒だ)
冷蔵庫を覗いての感想がそれ。
パパッと食べられそうなモノは特になかった。
ちなみにリビングは無人である。
エレーナは個室に籠もっている。
起きているのか寝ているのかは不明。
たとえ起きていたところで「夜食を作ってくれ」とは言えない。
ので、スマホ片手に徒歩数分のコンビニへ。
そこでカップ麺をひとつ買って帰宅すると――
「あら……どこに行っていたの?」
白いフェイスパックを貼り付けたエレーナ(シルクのパジャマ姿)がリビングでホットミルクを飲んでいるところだった。どうやらまだ起きていたらしい。
「コンビニだよ」
「何を買ってきたの?」
「小腹が空いたからカップ麺」
「――なんですって!?」
エレーナがクワッと目を見開いた。
フェイスパックのせいでちょっとしたホラーである。
「こんな夜中にカップ麺だなんてあなた死ぬわよ!?」
「大袈裟過ぎる……」
「大袈裟でもなんでもなくカップ麺は埋伏の毒よ! 蓄積されたそれが将来年老いた義臣を蝕んで高血圧だの動脈硬化だのを引き起こすんだから!!」
「……なんだよ、普段は俺をけちょんけちょんに貶すくせに気遣ってんのか?」
「っ……き、気遣ってるんじゃなくて、アレよ……」
「アレとは?」
「け、貶し続けるために長生きして欲しいということ……」
「なんじゃそりゃ……」
「と、とにかく夜食を摂るのは良いとしてもカップ麺はNG……っ」
そう言って義臣に近付いてくると、エレーナがコンビニの袋を取り上げてしまう。
「あ、オイ何すんだよ……」
「ふん。小腹が空いたなら私がそれにふさわしいモノを作ってあげるわよ」
「え」
「何よ、文句でもあるのかしら?」
「いや……別にないが、なんでわざわざ作ってくれるんだ」
「な、なんだっていいじゃない……ふん」
エレーナはキッチンに移動し、本当に調理の支度を始めてしまう。
もしかすると、エレーナなりに歩み寄ろうとしてくれているのかもしれない。
「そもそもこの時間まで起きてあなたは何をしているわけ?」
食卓でエレーナの調理風景を漫然と眺めていると、そんな風に問われた。
「勉強だよ」
「へえ、殊勝じゃない」
「エレーナこそなんで起きてたんだ」
「同じく勉強よ」
「成績悪いのか?」
「悪くないわよ。学年3位だもの。そう言う義臣は?」
「1位」
「ふ、ふん……偏差値は私が通っている高校の方が上だもの」
「確か1違うだけだろ?」
「び、微差は大差よ」
「微差は微差だ」
こんな夜更けであろうとも2人は口喧嘩を行う。
とはいえ、さすがに勢いは弱い。
「はい、出来たわ」
やがて5分ほどが経った頃、皿に盛り付けられた夜食が差し出される。
ひと口大に切り分けられた豆腐に色白な餡が掛けられた一品だ。
「……麻婆豆腐?」
「ええ、塩麻婆。これなら大したカロリーにはならないし、刺激的な調味料も入っていないから胃に優しいし眠くなるのを邪魔しないわ」
夜食のためのひと品、といった感じだろうか。
普通の夕飯でこれが主菜だと物足りないだろうが、夜食としてなら良さそうだ。
「……いただきます」
渡されたレンゲで早速ひと口目を頬張ってみる。
途端、単なる塩味ではなく若干コンソメ風味なのが分かった。
濃くはなく、優しい味わい。
咀嚼して気付いたが、わずかにツナが混ざっている。
それが食感と風味にバリエーションを生み出してくれるのが良い。
すぐにふた口目を頬張るくらいには、義臣はこれが気に入った。
「どうかしら?」
「ああ……お前が作ったとは思えない優しい味だな」
「御曹司のアホ舌に合ったようで良かったわ」
そう言って肩をすくめながら、エレーナは自室に戻っていった。
今夜はこれでお別れかと思ったら、直後にはエレーナが勉強道具を持って食卓まで戻ってきたので意外に思う。
「……なんだよ、ここで勉強すんのか?」
「気分転換にね。あなたも食べ終わったらここで勉強したら?」
「いや、フェイスパック姿が面白すぎて集中出来なくなりそうだから遠慮しとく」
「なんですって!?」
そんなこんなで、2人は結局いがみ合う。
それでも少しずつ、その犬猿の仲っぷりはナリを潜めているような気がしないでもなくはなかった。
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